八雲なLOG log.07『透明人間の夜』 | 若端創作文章工房

八雲なLOG log.07『透明人間の夜』


 とある夜の事。


 夜の町を一人で歩く若い女性の後ろに、迫る者……。


 その気配に女性はふと、振り向く。が、その視線の先には何も無い。


(……気のせいかしら……)


 再び女性は歩き始める。だが、確かに足音だけは彼女の耳に届いていた。


 彼女は心臓に何か冷たいものを感じた。

 たまらず走り出す女性!


 だが、足音は明らかに女性を追いかけている!!


 確かに聞える足音。だが、その姿はどこにも無かった!


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」

 走りながら女性は戦慄の悲鳴を上げていた!! 



 それが今、私の知る『謎の透明人間』の噂話だ。
 勿論、みんなは『都市伝説』なんて便利な言葉で片付けているけど。


 改めて、私は伊藤 由芽。K高校のオカルト研究会の会長。と、言っても会員は3人だけなんだけど。
 今私は、会員の中田 麻美……通称『まみちゃん』と、太田 瑠菜……通称『ルナっち』の二人を集めていた。勿論、今日の議題は『謎の透明人間』だ。

「と、最近そんな噂が立っているけど、みんなどう思う?」
 私の問いかけに、二人は首をかしげる。そもそも透明人間なんて見た人なんて誰もいないんだから、ピンと来ないのも無理はない。
「ん~、その話、私も聞いたことあるんだけどなぁ……。しかも、女の人しか襲わないみたいよ」
 そう答えたのはルナっち。彼女は更に続ける。
「私が聞いた話だと、今まで2、3人はその透明人間に襲われたらしいのよ」
 その時、まみちゃんが口を開く。
「まぁ、警察に相談した方がいいと思いますよ」
「……あのね、相手は透明人間……そうでなくとも得体の知れない何かよ。相手が人間じゃなかったら、警察は動かないって普通!」
 ルナっちはそう返した。
 確かに透明人間と断定するには早すぎるが、何人かの人が被害にあっているのは確かである。それ以前に、私の好奇心は止められなかった。
「じゃあ、私たちで確かめない? 噂の真相を!」
「ま……まじッスか!?」
 私の言葉に、ルナっちの表情が凍りついた。
「まぁ、それなら早速、準備しましょうか?」
 まみちゃんはおっとりとそう応える。彼女には相変わらず、緊迫感と言う物が感じられない。

 かくして、私たちは『謎の透明人間』の真相を探るべく、街へと繰り出した。
 まず向かうは、『雑貨 魔鈴』。『透明人間』なる得体の知れない物が相手なら、そこでバイトをしている『彼』が一番良く知っている筈だし、一番頼りになるからだ。



 『雑貨 魔鈴』に到着した私たちを待っていたのは、絶望的な怜子さんの言葉だった。
「八雲君なら、いないわよ」
「えー」
 予想外の展開だった。八雲クンって、大抵この時間はこの店にいるのに、何故今日に限って……。
「さっき、真司君……いえ、警察の人が来て、八雲君を連れて行ったわ」
 怜子さんのその言葉に、ルナっちがこう聞いた。
「え? 八雲さん何か悪い事したの?」
「違うわよ。何か、頼みがあって来たみたい」
 その言葉に、私たち三人は安堵を覚えた。だが、八雲クンに頼れない事は確かである。ここは私たち三人だけで確かめるしかない。



 時計の針……と言ってもデジタル時計だけど、午後8時5分を指していた。

 私達三人は、夜の街を歩いていた。勿論、透明人間を探す為である。
 突如、ルナっちが口を開いた。
「由芽ちゃん、そろそろ現れそうな雰囲気じゃない?」
 そう、私たちは人気の少なそうな裏路地を歩いている。勿論危険なことは承知の上だ。何かあったら、叫ぶくらいの覚悟は出来ている。勿論、叫ぶことしか出来ないけど。
「……そうね、確か噂だと、この辺りに現れたそうよ」
 その時、今度はまみちゃんがこう口を挟んだ。
「あの~、透明人間さんって、透明なのに、どうやって現れるんでしょう?」
「……って、そういう問題じゃないわよっ!」
 その時、私達の前に一人の若い女性が姿を見せた。私達は建物の影に隠れ、息を潜める。そう、この状況だ。透明人間が現れるのは……。


 やがて女性が私達の前を通り過ぎる。

 それから間も無く、何かの足音らしき音が私の鼓膜を刺激した。


「……聞えた?」
「…うん。あの女の人とは違うわ」
「私にも聞えました」

 その足音は次第に近づいて来る。だが、その姿は何処にも見えない。
 心臓が何故か激しく波打つ。そう、やはり透明人間はいたのだ。そして、今まさにその女性の後を追いかけている。

 はやる気持ちを抑え、私はもう少し様子を伺うことにした。
 足音は次第に近づき、やがて私たちの前を通り過ぎる。
 その時である。
(……あれ?)
 そう、私の目に映ったのは意外な光景だった。先ほどまで姿の見えなかった『透明人間』が私達の前を通り過ぎた瞬間、その姿を現したのである。その後姿は、3、40代の男の姿であった。
(……どう言う事?)
 私達三人は唖然とした。どうやら『透明人間』の後ろは透明ではなかったようだ。私はもっと身を乗り出してその後姿を確認しようとした。
 次の瞬間、私はバランスを崩した! 転ぶのはすんでの所で避けられたが、足音だけは避けることが出来なかった!
 その時、『透明人間』は私達の存在に気付いた! 彼は咄嗟に振り向く!
「誰だ!?」
 その次の瞬間、男の姿が消えた! やはり彼の正面は、透明だったのだ。だが私達にはそれを確認する余裕はなかった。私たちは急いで建物の影から離れ、彼から逃げる事にした!


 足音が近づいて来る! 狙いは私達だ!

 必死に逃げる私達! だが、彼の方が速い!

 もっと速く走らないと! そう焦った瞬間、私は足首に激痛を感じ、その場で転んでしまった!
「由芽ちゃんっ!」
 ルナっちの叫びが聞える。だが、足音は私の前で止まった! 万事休すだ! 私は恐怖の余り叫び声をあげることも出来ず、その場にへたり込んでしまった。
 
 もう駄目だ、と諦めたその時である!

「……お陰様で、やっと見つけたよ。『屈折したヤミモヤ』!」

 突如響く聞き覚えのある声! その次の瞬間、その声の主は杖をかざし、『透明人間』の方へ突き立てる!
 閃光と共に、ガス状の物が姿を現した! そして……!


「封魔ッ!」


 彼の叫び声と共に光が走り、ガス状の物は杖に吸い込まれるように消えた!


 そう、そのガス状の物が透明人間の正体なのだ。
 そのガスはどうやら一種の『大気の精霊』らしく、光を屈折させる事により後ろの物体を透明に見せていたようだ。従って、『ヤミモヤ』が盾になっている前からはストーカーの姿を見ることが出来ないが、後ろからはストーカーの姿が確認できるのだ。


 私は突如現れたその若い男を良く知っていた。白いコートを纏った『封魔師』を。
「……八雲クン? どうしてここに!?」
「それはこっちの台詞だよ、由芽ちゃん」
 八雲クンはそう言うと、半分呆れたような、半分暖かい笑顔を私たちに見せた。


 透明人間の姿は無く……と言っても元々無いが、そこには40代位の頭の禿げた中年の男が座り込んでいた。男は八雲クンを睨みつけ、こう言い放っていた。
「……何だよオイ、その『ヤミモヤ』は俺のだぞ! 俺の楽しみの邪魔をしやがって……」
 その時、八雲クンの後ろから長身の男が現れた。長髪をオールバックにし、妙に香水が匂う30代後半の男だ。長身の男は中年に向かって歩み寄り、こう告げる。
「そのお前の楽しみとやらが、法に反しているだろぅ? ともあれ、婦女暴行の現行犯だ。『妖怪の仕業』なんて言い訳、通用しないぞ。しっかり、この俺が見ていたんだからな」
 どうやら長身の男は刑事のようだ。その刑事は中年に手錠をかけると、八雲クンのほうを向いてこう口を開く。
「八雲、ご苦労だったな」
「いいえ、相手が『不条理体』なら僕の仕事です。後は相手が人間ですから、朝霞さんの仕事ですよ」


 二人のやり取りを聞いて、全ての話が繋がった。どうやら八雲クンと朝霞という刑事は知り合いらしい。つまり、私たちが『雑貨 魔鈴』に着く前に、朝霞刑事が『透明人間の件について』八雲クンに依頼したようだ。
 どうやら『透明人間によるストーカー被害』が相次ぎ、警察では対応できない為、朝霞刑事が知り合いの八雲クンに頼んだわけだ。そして案の定、そのストーカー男はとある事で『ヤミモヤ』との交信に成功し、その能力を使って女性をつけまわし襲うと言った犯罪を繰り返していたようだ。


「ところで、この姉ちゃん達は?」
 朝霞刑事が私達を指差して八雲クンにこう聞いた。
「ああ、僕の知り合いの高校生ですよ。口説くなら卒業してからの方が良いですよ」
 八雲クンのその言葉に、朝霞刑事は苦笑いした。どうやらこの刑事、女癖は悪そうだ。
 彼は次に私たちのほうを向き、真顔でこう話し始めた。
「まぁそれよりも、一応職務として言っておくけど、女の子だけでこんな狭い路地に入るのは危ないって……わかっただろ?」
「……はい」
 私達は反論できなかった。ただ頭をうな垂れる私達三人を見て、朝霞刑事は急に笑顔を見せこう続けた。
「まぁ、『透明人間を見たい』という好奇心も解る。八雲と知り合いって言う時点で、な」
「朝霞さん、それじゃ僕が変人みたいじゃないですか」
「充分変人だろ?」
 次の瞬間、全員笑っていた。今までこの場に流れていた緊迫感は、当に吹き飛んでいた。



 こうして、私たちの『透明人間の夜』は終りを告げた。それは夏休みも終りに近いある夜のことだった。

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 今回はインターミッション的のもので、由芽視点の話を書いてみました。


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 《おまけ》

 不条理体コレクション:5

 『屈折したヤミモヤ』

 種別  :レベル2不条理体
 カテゴリ:自然思念体型
 形態  :ガス
 能力  :光を屈折させる。

 屈折した主の言うがままに、光を屈折させる。

 一種の光学迷彩妖怪だ!

 本人の性格も屈折しているのか、一言も喋らないうちに封魔された困ったやつ。
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