八雲なLOG log.06『黒い決戦』 | 若端創作文章工房

八雲なLOG log.06『黒い決戦』


 頭に小さな六角形の帽子のような物を被った烏は、空中でロップと対峙した。
 ふと、イルネが八雲にこう声をかける。
『あれって……間違いないわ。彼が『烏天狗の影丸』よ!』
「ええッ?」
 八雲は仰天した。彼の頭の中で烏天狗と言う物は『カラス顔の人間』と言うイメージがあったのだが、あれではどう見ても、

只の烏である。その六角形の帽子のみが、自分は天狗だと辛うじて主張しているようだ。
 だが、あの烏は間違いなく、人間の言葉で喋っていた。それを考えると、あの帽子を被った烏が烏天狗だと言う事は充分説得

力がある。

「まさかお前が『影丸』なのか!?」
 八雲は帽子を被った烏に問いかけた。その烏は八雲を一瞥すると、
「無礼者ッ! 我輩は50年もこの空を飛び続けた烏であるぞ! 年長者に対する礼儀をわきまえんか小僧ッ!」
 と、一喝した。八雲は一瞬唖然としたが、改めてこう言い直す。
「し…失礼しましたっ。では改めて、貴方が『烏天狗の影丸』殿なのですかッ!?」
 思わず敬語になってしまった八雲のその声に、烏はこう答えた。
「……ん~、違うな。確かに『影丸』とは名乗っていたが、今は違う!
 …
 …
 『かーくん』と呼んでくれんかの?」
「は!?」
 その『影丸』改め『かーくん』のその答えに、八雲は面食らった。その側で由芽は明るい笑顔をかーくんに見せる。
「かーくん! 凄い、おしゃべりが出来るんだ! それより大丈夫なの、怪我は!?」
 『烏が喋る』と言うあまりにも不条理な出来事よりも、由芽はかーくんとの再会が嬉しかったようだ。
「ああ、ありがとうお嬢ちゃん。おかげですっかり、この通りじゃ!」
「感動の再会もそこまでのようだな」
 ロップの目が怪しく光る!
 次の瞬間、烏の群れが一斉にかーくんの前ではばたき始める。
「折角お前に取って代わって、人間どもを排除した烏の帝国を築いてやろうと思っていたのにな……」
「黙れ! 人間は全て汚れている訳ではないッ! このお嬢さんのようにな、優しい心の持ち主だっているのじゃ! 何故それ

が判らぬ!」
「カカカカカカカカ! たった一羽で何が出来る! もうこの群れのリーダーはこの俺なのだ! お前には昔の仲間の手によっ

て死んでもらう!」
 ロップの号令と共に、夥しい数の烏が一斉にかーくんに襲い掛かる!
 次の瞬間!
「……目を覚ませ馬鹿者どもがぁぁぁっ!!」
 叫びと共にかーくんが激しく羽ばたく!
 同時に巻き起こる突風!!
 まとめて次々と吹き飛ぶ烏達!!

 地上では八雲と由芽がその一部始終を眺めていた。
「すごい! 50年も生きるとあそこまでの力を持つものなのか!?」
「がんばれー、かーくん!」

 狼狽するロップ!
 笑う烏天狗!
「ぬっわははははは! あの時は不意打ちで負けてしまったが、これがわしの実力じゃ!
 烏の帝国? 笑わせるな! わしらはもっと自由でいい! 無理に人間と争わなくても、生きていける! いや、むしろ無駄

に争って犠牲者を出すより、自由気ままに餌を探す方が性に合っているのじゃ!
 誰が言ったか知らないが、鳴くのは烏の勝手ぢゃっ!!」
 力強く放たれた彼のその言葉に、吹き飛ばされた烏が一羽、また一羽とかつての主の下へ戻って来る。
「おのれ! もう貴様等など頼らん! 人間も烏も、皆このロップが切り刻んでやるッ!」
 ロップの目が妖しく光る!
 そして、猛然と羽ばたき始めるロップ!
 次の瞬間、ロップの翼から無数の羽根のような物が放たれ烏達を襲う!
 次々と傷付き、落ちていく烏達!

 その様を眺めていた由芽は、思わずこう叫んでいた。
「やめてぇぇぇぇぇ!!
 なんで、なんで仲良く出来ないの! 烏も人間も、同じ生き物じゃないの!」
 ロップの目が怒りに輝く!
「ゥ五月蝿いッ! 人間は所詮、自分のことしか考えない生き物なのだ! 山を汚し、海を汚し、そして自分の都合で『環境保

護』を掲げて自然を制御しようとしている! 
 身勝手で、残忍で、そしてご都合主義な人間など、滅んでしまえ! カカカカカカカカカカカカカ!!」
 その言葉と共に、ロップが由芽に襲い掛かる!
 次の瞬間、八雲が白いコートでロップの突進を受け止めた!
「君の人間への恨みはよく判った。だが僕は、人として、目の前の人を……」
 そして八雲の右手の杖がロップを狙う!
「守るッ!」
 気合と共に放たれた攻撃は、簡単にロップにかわされた!
「バカめ! 幾らお前が俺を攻撃できようと、空も飛べないんじゃ当てることすら出来まい!」
 その時、上空から声が響く!
「おりゃ! 烏天狗キィィィィーーーーーーーーーーーーーック!!」
 かーくんだ!
 だがその上空からの渾身の蹴りは、ロップの体をすり抜けた!
「お前もだ! お前の攻撃は効かない事を忘れたのか!」
 ロップは勝利を確信していた。
 一方の八雲は焦っている。こちらが空を飛べない分、攻撃を宛てるのは至難の業。しかもいつまでも防戦一方ではいられない

。八雲が倒れれば、誰も由芽を守る事が出来ない。そして影丸……いや、かーくんの攻撃もロップには効かないのだ。
 再び睨みあうロップと八雲。その側にはかーくん、そして八雲の後ろには由芽。ロップの攻撃は八雲が受けるしかなかった。
 ロップが笑う。
「面白いこと思いついたぜ!」
 ロップはゴミ捨て場に飛び、再び戻って来た。その足には、鋭利に尖った杭があった。そう、八雲の白いコートは第2種不条

理体の霊的攻撃を止める事は出来るが、物理攻撃には普通のコート程度の防御力しかない。つまり、その突進の直撃を受けるこ

とは命に関わる!
「これで終りだ封魔師!」
 杭を持ったロップが八雲に突進する! だが八雲がここで避ければ、後ろの由芽に傷を負わせてしまう!
 激しく八雲に突進するロップ!
 八雲の杖が空中に舞う!
「八雲クンっ!!」
 由芽の悲鳴に似た叫びが響く!
 だが八雲は、辛うじてその杭を両手で止めていた!
 止めている手からは血がにじみ出ている!
 苦痛に顔を歪める八雲!
 そして、勝利を確信したかのように笑うロップ!
「カカカカカカカカ! よく止めた! だが唯一の武器を手放したな封魔師!」
 だが八雲は、毅然とした表情でロップを睨み返した!
「……僕が……杖を……棄てると思った!?」
 次の瞬間である!
「電光烏天狗キィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーック!!」
 またかーくんだ!
「何度も同じ手をおお!?」
 笑いかけたロップの笑いが凍りついた! そう、かーくんの足には、八雲の杖がしっかりと握られていた! そう、かーくん

は八雲が空中に杖を放り投げたのを見て、それを掴んで烏天狗キックを試みたのである。それは極短い時間……刹那の間に八雲

とかーくんの意思疎通で行われたのである!
 杖はロップの体を貫通し、そのまま地面へと突き刺さる!
「今じゃ若僧ッ!」
「はぃいっ!」
 合図と共に八雲は再び杖を握った! そして……!
「封魔ッ!!」
 叫びと共に杖に光が走り、ロップは電子信号へ変換されSDカードに封ぜられた!


 戦いが終り、へたり込む八雲。その体を由芽が支えた。
「ご苦労様、八雲クン」
「……ああ、ありがとう由芽ちゃん」
 その2人の上空を、烏達の群れが舞う。
 八雲は上空を仰ぎ、こう烏天狗へ告げる。
「そしてありがとうございます、影丸殿」
「かーくんじゃ!」
 上空からこう返ってきた。
「此方からも礼を言うぞ。お嬢ちゃん、そして若僧……いや、若き封魔師よ。
 お前が人間を守るように、ワシも烏達を守っていく。もう、無意味ないがみ合いなどないようにな……」
 やがてかーくんを先頭に、烏達が隊列を作っていく。
「さらばじゃ! だがまたいずれ合おうぞ!」
 かーくんのその声と共に、夕陽に向かって彼らは飛び立った。
「お健やかに、烏天狗のかーくん殿!」
「さよーならー! 私、君の事忘れないよー!」
 その烏達に、八雲と由芽は手を振って見送った。
 そして二人は、夕陽に向かって消えていく烏達を眺めていた。

 赤い夕陽に溶け込んでいく、烏の群れ……。

 それはとても、幻想的な光景だった……。

 二人はそれを眺めながら、かーくんが平和な烏の社会を作り上げることを予感するのであった……。




 どの位経ったのだろうか? ふと、イルネの声が響く。
「あれ? あの烏達、東の山に帰るんじゃなかったんだっけ?」
 はっと顔を見合わせる二人。

 次の瞬間、八雲と由芽の思い描いていた烏達の明るい将来は、不安……というより心配に変わったのは言うまでも無い。 


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 遅くなりましたが、『烏社会編』完結です。


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 《おまけ》

 不条理体コレクション:4

 『烏天狗の影丸 改め かーくん』

 種別  :レベル1不条理体
 カテゴリ:突然変異型
 形態  :烏
 能力  :突風。人の言葉を話す。キック。

 天狗と言っても、人の姿をしておらず、烏そのもの。

 何年も生きている割には、洒落が通用する烏。

 簡単に改名、ドリフギャグ引用、そして必殺キックと、烏天狗の常識を

ある意味覆したスゲェ奴。
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