八雲なLOG log.05『黒い社会』 | 若端創作文章工房

八雲なLOG log.05『黒い社会』


 赤い夕暮れを覆う、黒い羽の集まり。それらは甲高い鳴き声を上げながら八雲と由芽の頭上を飛び回っていた。
 唖然と空を見上げる二人の前に、イルネがその姿を現した。
「どうやら 『人間は消えろ。これから我々が新たな社会を作るのだ。烏の社会を!』……って言っているみたいね」
 そのイルネの……いや、烏達の言葉に、八雲は驚愕した。烏の知能が高い事は知ってはいたが、すでに彼らの中で、一つの社会が出来上がっているとは思わなかった。しかも、それが人間を脅かすような物である事を!
「ねぇ? 貴方は?」
 イルネの出現に、思わず由芽がこう聞いた。
「あ、私は風の精霊のイルネよ。よろしくね」
「風の……精霊?」
「いや、細かい説明は後だ。今の問題はあの烏達だ」
 八雲が烏に向かって問いかける。
「何故だ! 何故我々との共存を拒む!?」
 同時に、イルネが烏のように鳴く。八雲の言葉を烏語に変換しているのだ。その声が届いたのか、暫くして、それに応えるかのように鳴き声が響く。
「んー、『共存だと!? 今まで我々の食事を邪魔して何を言うか! それだけならまだしも、お前たちは我々の山を汚しているのだ!』って言っているよ」
「……だからと言って、罪の無い人間も襲うと言うのか!?」
「『黙れ!』だって」
 次の瞬間、上空を飛び回っていた烏が次々と八雲達目掛けて急降下を始めた!
 八雲の影に隠れる由芽!
 杖を構える八雲!
「……ここは私がっ!」
 イルネは二人の前に立つと、両手をかざす。
 次の瞬間、突風が吹き荒れ、突進する烏達をまとめて吹き飛ばした!
 だが!
「!」
 一羽……そう、たった一羽の烏が突風をすり抜け、イルネを吹き飛ばした!
「イルネ!」
 八雲の叫びが響く。
 イルネの体は吹き飛ばされ、姿を消す。今の衝撃で実体化が解けてしまったのだ。
『いたたた……大丈夫! でも、私の突風をすり抜ける烏なんて……』
「いや! すり抜ける烏はいるかもしれないが、イルネに直接攻撃できる烏なんていない!」
 そう、風の精霊であるイルネを直接攻撃するには、それが不条理な存在でならなければならない。八雲は杖を構え、先ほどの烏を目で追う! そして……!
「お前、烏ではないな!?」
 と、叫んだ。その声に、先ほどイルネを吹き飛ばした烏が空中で止まり、八雲を睨む。その眼光は禍々しい何かを感じさせるに充分だった。その眼光に威圧されたかのように、由芽は八雲の後ろで身をすくめた。
「よく判ったな。俺は『棄てられたロップ』。東の山の烏達の新しいリーダーよ」
 その言葉は直接、烏……いや、ロップの口から発せられた。更にロップは続ける。
「俺は元々は車のタイヤだった。だが、遂には消耗し、そして東の山へ棄てられた。何ヶ月も雨ざらしにされた中、俺は目覚めたのだ。そう、道具を散々利用し、用済みとなると無造作に棄てる人間共に復讐する為にな! カカカカカカカ!」
 ロップは高く笑う。
「だからと言って、罪も無い人間を襲って何になる!?」
「黙れ人間! 全ての人間は罪深いのだ。タイヤだけでない。ありとあらゆる物を無造作に山に棄て、そしてこの烏達も行き場を失いつつあるのだ。だからこそ、烏達と手を結んだのだ! この体を烏に変えてな!」
 この時点で八雲の脳裏に一つの疑問が湧き上がってきた。そう、糠田が言っていた『烏天狗の影丸』の事である。影丸もこのロップに唆されたのか。だがその疑問は、ロップの次の言葉で解かれた。
「だが、烏達の今までのリーダーは人間との共存を望んだ。だから俺は、その烏を粛清し、新たなリーダーとして君臨したのだ! 人間に代わって、烏の社会を築く為に! カカカカカカカカカ!」
 これではっきりと判った。影丸は、ロップによって除かれた事を。
 ロップが望んだのは、烏達の黒い社会。それを聞いた由芽は、八雲の後ろで震えるしかなかった。そう、人間の業の深さに怒れる烏達に……。
 だが八雲は、毅然とこう返す。
「……確かに人間の仕出かした罪は認める。だからと言って、お前たちに支配される筋合いは、ない」
「カカカァーッ! 散々俺たちの暮らしを乱しておいて、その上で宣戦布告というわけか! 本当に人間てのは身勝手だな!」
 ロップが八雲に迫る!
 手にした杖を振り回し、それを防ぐ八雲!
「全ての人間が、穢れているわけじゃない!」
 対峙する八雲とロップ!
「だがな! お前たち人間には我々より劣っている部分がある! それは……」
 上空で旋回するロップ!
「カッカカー! 悔しかったらお前も空飛びな!」
 そしてロップが烏のように鳴く。やがて再び烏達が集まってきた。
「この数の突撃、かわせる物ならかわしてみろ!」
 嘲るように鳴く烏達!
『八雲、ごめん! さっきの一撃で暫く力が出ないよ……』
「くっ!」
 狼狽する八雲。
 震える由芽。
 その瞬間である!
「静まれ野郎ども!」
 突如響いたその声に、無数の烏達は沈黙した!
 その声は……東の空からやってきた!
 東の空から飛来する一羽の黒い影!
「い……生きてやがったかテメェ!」
 その姿に慌てふためくロップ!
 そう、それは他の烏より一回り大きく、そして頭には……小さい帽子のようなものを被っていた。
 それを見た由芽は、ふとこう呟いた。
「……かーくん?」


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 いや、実はこれ、一話で終わる予定だったんですが、気が付いたら3話構成になってしまいました(爆)

 次回、『烏社会編』完結です。


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 《おまけ》

 不条理体コレクション:3

 『棄てられたロップ』

 種別  :レベル2不条理体
 カテゴリ:物質昇華型
 形態  :烏
 能力  :烏を支配する。急降下攻撃

 とにかく強いらしいが、攻撃方法が烏そのもの。

 とにかく強いらしいが、笑い方も烏そのもの。

 要するに、とにかく強いらしいが、人間語話せるのと通常攻撃が効かない以外は

烏と変わらないようだ。
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