八雲なLOG log.04『黒い夕暮れ』 | 若端創作文章工房

八雲なLOG log.04『黒い夕暮れ』


 道路になにか黒い鳥のような物が落ちていた。
 それに最初に気が付いたのは、下校途中の伊藤 由芽だった。
 由芽は、それがまだ動いている事に気付くと、ゆっくりとそれに近づいた。
 それは、明らかにカラスであった。だが、逃げようにも何処か怪我をしているのか、飛び立てないようだ。
「大変、怪我してるのね?」
 由芽は慎重にそれを手に取り、優しく包み込むようにそれを抱いた。
「大丈夫、これから手当てしてあげるね」
 そんな由芽の顔を、カラスは不思議そうに見つめていた。

 そのカラスは、見た目は普通のカラスである。頭に何か、小さな帽子の様なものを被っている事以外は……。


 そして、数日が過ぎた。

 八雲の住むアパートに、一人の老人が訪れていた。
「……ふむ、いつ来ても、お前さんの淹れたお茶は美味いな……」
「ええ、いつ貴方が現れても、いつでもいい葉は取っておいてますからね」

 老人の名は『糠田 瓢兵(ぬかた ひょうべい)』。だがその名前は戸籍には載っていない。何故なら、彼もまた、不条理体だからである。
 彼の正体は『ぬらりひょん』と世間一般で言われている『妖怪』である。『瓢兵』と言うその名も、世間に溶け込むカムフラージュである。だが、彼は数百年も生き続け、人間社会にちゃんと溶け込んでいるのである。そんな彼を、不審に思うものは誰もいない。
『そこにいて、当たり前』それが、彼の能力である。
 そんな糠田は、町内でも長老的な存在である。そして、不条理体にも明るい彼は、八雲の『お得意様』の一人でもあるのだ。

 美味しそうにお茶を飲む糠田。そして茶碗を空にすると、静かに口を開いた。
「ご馳走様。さて、おかわりを頂く前に、お前さんにお願いしたいことがあってな……」
「糠田さん、何かあったんですか?」
「うむ、実は最近、しかもここ数日の間に、町内で烏による被害が続出している」
「それは僕も知っています。ニュースで噂になりましたね」
 烏による被害。少し前からこの町で、烏がゴミを漁るという事は頻繁に発生しているが、突如数日前から、人間そのものを攻撃すると言った被害が数件も発生しているのだ。
 八雲はコーヒー牛乳のパックにストローを通しながら糠田の話を聞いている。
「恐らくこれは、東の山に住む烏達の仕業でないかと読んでおるのじゃが」
「…ちょっと待ってください? 何故正確に『東の山』ってわかるのですか?」
 八雲の問いに、糠田は咳払いをし、こう続ける。
「東の山には、烏天狗の『影丸』が烏達を率いておる。じゃが、突如数日前に行方不明になってしまったのじゃ」
 糠田の話を聞き、八雲はふと考える。烏の被害が出始めたのも数日前、そして、『影丸』が行方不明になったのも数日前。これには、何か関連がある、と八雲はそう感じていた。
「……話は判りました。ですが糠田さん? もし貴方が烏の言葉が判るのなら、話し合いとかはしなかったのですか?」
「うむ、ワシも烏達と話したかったのだが、どう言う訳かワシの言葉が聞えていないようじゃ。せめて、影丸がいれば話は早いのじゃがな」
 そう言うと糠田は一気にお茶を啜る。そして、こう付け加えた。
「それに、どうも今回の件、なにやら得体の知れない……そう、『妖気』のような物を感じるのじゃ」
「……それならば、僕が行くしかないですね。ですが、烏と会話なんて出来ませんよ? 僕」
 その時、窓の外から声が響いた。
「大丈夫よ、私なら判るから。同時翻訳なら、このイルネちゃんにおまかせよっ!」
「……なんてご都合主義だよ……」
 イルネのその言葉に、八雲は呆れ気味に呟いていた。


 時計の針は、6時38分を示していた。
 八雲は『封魔師』の証である白いコートを纏い、夕暮れの街を歩いていた。烏の姿はまだ見えない。八雲はそれでも辺りを見渡し、時には空を見上げ、手がかりを探し続けていた。
 そんな折である。
「こんな暑い日にその姿って、充分怪しいよ、八雲クン?」
 八雲の背後から響いたその声は、彼にとって聞き覚えのあるものだった。
「由芽ちゃん?」
 八雲が振り向いたその先には、由芽の姿があった。彼女は目を輝かせながら八雲にこう聞いた。
「ねぇねぇ八雲クン、今日はどんなお仕事なの?」
「烏探し。最近、烏に襲われた人が多いって話だからね」
 その時、由芽の表情が変わった。そう、何かを思い出したかのように。
「あ! そうそう、私も探している烏がいるの!」
「由芽ちゃんも烏に襲われたの!?」
「違うよ! この間、怪我した烏を手当てしてあげたんだけど、今日学校から帰ったら居なくなっていたのよ! 仕事ついでに、一緒に探してくれる?」
 八雲は困惑した。
「……烏を探せって言われても……どうやって見分けるか判らないよ」
「……それもそうね……って、あるわ。名前は『かーくん』って言うの!」
「名前があっても、見分け付かないでしょ。まさか、体に直接名前が書いてあるの?」
「そんな訳ないって! あ、そうだ! なんか、頭に小さい帽子のようなものを被っていたわ」
「名前よりそっちが先でしょ、それが……って、帽子?」
 それは八雲の心に引っ掛かった。そう、普通に考えて烏が帽子を被るなど、不自然である。一体誰が、何のために被せたのか……?
 だが次の瞬間、心に直接響くイルネの声が八雲の思考を中断させた。
(八雲、上!)
 その声に空を見上げる八雲。だがそれも一瞬!
「危ないッ!」
 八雲は咄嗟に由芽の肩を掴み、上空から襲い掛かる『何か』を回避!
 その『何か』は地面に激突する前に再び上空に舞い上がった。八雲が再び空を見上げると、夥しい数の烏が集まっていた。それは八雲をあざけ笑うかのように不吉な泣き声を響かせながら飛び回っていた。

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 《おまけ》

 不条理体コレクション:2

 『ぬらりひょん 糠田 瓢兵』

 種別  :レベル1不条理体
 カテゴリ:人間進化型
 形態  :普通の老人
 能力  :違和感を感じさせず居座る事

 いつの時代からいて、どういう経緯でぬらりひょんになったのかは不明だが、

多分数百年は生きているお方。

 当然、電話帳どころか何処の戸籍にも載ってないが、気が付いたらそこにいるのが

当たり前なので、誰も気にしない。

 その知識はあのウィキペディアを超える!?
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