八雲なLOG log.03『白いコートの男 ~後編~』
その場にへたり込んでいる唯を中心に、対峙する八雲とシロガネ。
「封魔師だと? そんな棒切れで、この俺を封じるつもりか?」
シロガネは八雲に不敵な笑みのような物を見せていた。だが、八雲は毅然とこう返す。
「ああ、お前のような禍々しき存在は、僕が許さない」
そう言うと八雲は左の手でポケットから何かを取り出す。それは携帯電話などでよく使われる『SDカード』だ。
「もう一度言う。僕は『封魔師』。禍々しき魔を封じるのが僕の仕事だ」
言い終えると八雲は杖の根元についている端末のカードスロットにSDカードを挿し入れる。甲高い電子音が一瞬響いた。
そして杖を両手で構えなおし、先端をシロガネに突き出すような形で身構えた!
だが、シロガネも不敵な笑みを崩していない。むしろその表情には余裕すら感じる。
「面白い。現代の封魔は『壷』ではなく、そのような『欠片(カケラ)』か! 随分と舐められた物だ!」
そう吐き捨て、シロガネが八雲に猛然と突進する!
キツネのようなその体から、数本の触手のような物が八雲に襲い掛かる!
触手が八雲に触れた瞬間、放電音と共にその触手が弾かれた!
「っツ!!」
シロガネの表情から余裕が消えた。
「一体何だ!? 何故お前の体に触れない!?」
シロガネの狼狽の声に、八雲はこう話し始めた。
「……この白いコートは、お前のような思念体による『霊的衝撃』を弾くことが出来る。早い話が、お前は僕に触れることすら出来ない」
今度は八雲だ。手にしたその杖をシロガネの本体に向かって振り下ろす!
だがそれを、咄嗟にかわすシロガネ!
「そして、この杖は……」
更に杖を振り回す八雲!
それを素早く避けるシロガネ!
「お前を直接攻撃する事もできる!」
次々と攻撃を繰り出す八雲!
だが、シロガネもその全てを避け、隙を突いて後ろに跳ねる!
再び離れて対峙する八雲とシロガネ。だがこの間合いは、スピードに勝るシロガネに有利な間合いだ。
再び不敵に笑うシロガネ。
「やるな封魔師。だが、当たらなければ意味が無いんだよ!」
「……それはお前も同じ事ではないのか?」
八雲のその言葉に、シロガネは邪悪な笑みを浮かべる。
「確かにな。だがお前に触れなくても、俺には取って置きの手があるんだぜぇ!?」
そう言うとシロガネは再び突進する!
「……しまったっ!」
八雲はシロガネの意図に気が付いたが、遅かった! シロガネの触手が伸びた先……それは、呆然と座り込んでいる唯だ。
シロガネの触手が唯の体に絡みつく!
「……!」
唯はシロガネの触手にその動きを封じられていた。シロガネは勝利を確信したかのような表情を浮かべる。
「どうだ、これが俺のやり方よ。お前が黙ってこの場を去れば、この娘は離してやろう。さもなくば……この娘には死んでもらう。」
シロガネの額に角のような物が伸び始める。それがもし猛突進で唯に当たれば、間違いなく命は無い。
唯はそのシロガネに今までにもない恐怖を覚えていた。だが、声を出そうにも出す事が出来ない。
更にシロガネは続ける。
「……そうだ、人間なんて所詮自分の安全しか考えていない生き物だ。今この場を去れば、お前も、そしてこの娘も無事に助かる。
良く考えてみろ。そもそもお前にとって、この娘は何でもないはずだ。ならば、無駄に痛い目を見なくてもいいし、この娘も死ななくて済むよな?
だが、それでも戦おうと言う物なら、この娘は死ぬ。お前は一生、人を殺めたと言う後悔と重荷を背負って生きていく事になるのだ。それも、自分とは無関係な人間をな!
どうせこの娘は、お前に助けてもらっても何とも思わねぇ! どうせ『封魔師』なんて誰からも認められない職業だ!
逆にお前は、助けた相手に裏切られるのだ!
だからお前も、裏切られる前に裏切って逃げちまえよ!
クククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククク」
シロガネの笑いがこだまする。その歪んだ思想。だがそれが、彼の目から見た人間なのだ! そしてそれは、唯の抱いていた人間観の本質だという事に、彼女は気付いた。
唯は涙を流し続けていた。そう、騙すか騙されるか、それが人間。そして生き続けていく為には、人を騙し続けるしかない。彼女はそう思い込んでいた。そして、騙された。その時、彼女の抱いていた人間観がさながら吹雪のように唯の心を冷やし続ける。それに耐え切れないかのように、唯は泣いていた。
(……辛い……痛い……心が……生きていることが……)
唯の心は、絶望の二文字が支配していた。その心をさながら鎖のように束縛するかのように、シロガネの笑いが響き続けていた。
だが、その時である。
「黙れ」
八雲はシロガネを睨みつけこう放つ。その冷たい瞳の奥には、熱い怒りの炎が燃えていた。
その眼力に一瞬、シロガネが怯む。
「例え人に裏切られたとしても、僕は僕を裏切らない」
唯はその言葉の意味は解らなかったが、その言葉は何故か彼女の心に突き刺さった。
「はぁ? 何を訳の解らない事を言ってるんだ?」
「言った筈だ。僕はお前を封じる為に来た。ここでお前の言葉通りに僕が退けば、僕は僕で無くなる。
確かに僕がここで退けば、いまは誰も傷つかずにつむかもしれない。だが、お前を野放しにすれば、必ず泣く人がいる。苦しむ人がいる。僕は、人の悲しむ顔、苦しむ顔は見たくない!」
そう言うと八雲は再び杖を構えた!
「例え人に認められなくても……
人の為……
禍々しき魔を、封じる!
それが、僕の仕事だ!」
その時、溢れ出る涙が止まったのを唯は感じた。
(……人の為なんて……そんなの馬鹿じゃないの……?
……でも、何で? なんでこんな馬鹿みたいな言葉に暖かみを感じるの……?)
シロガネは笑う。
「言うねぇ。ならばこの娘が死んでいいということだな! それはお前がこの娘を裏切ると言う事だぞ……」
だが、八雲はこう返した。
「……退かない。だが、その娘も死なせない」
更に八雲は、唯にこう告げた。
「僕は必ず、君を助ける。だから君も、僕を……そして、自分を信じてくれ!」
その言葉は『絶望』に縛られていた唯の心を大きく揺らした。まるで、闇の中に一筋の光が射すが如く……。
笑うシロガネ!
「だがな、こんな言葉もあるんだぜ! 『信じる者は騙される』ってなぁッ!」
シロガネが走る!
狙いは唯だ。猛然と迫るシロガネの姿に、彼女は観念したかのように目を瞑る!
瞬間!
シロガネの体は何かに激しく弾かれた!
シロガネを弾いた白いコートの後ろから、八雲の声が響く。
「その言葉は間違っている」
そう、八雲は咄嗟にコートを脱ぎ、それを唯の前に投げつけ、シロガネを防ぐ盾の代わりとしたのである。だが!?
「味な真似を。だが、これでお前は身を守る術を失った」
シロガネから放たれる触手が一斉に八雲に襲い掛かる!
八雲は杖を振り回し、触手を次々と叩き落す!
だが、今度は八雲が不利だ。唯はそんな苦戦する八雲をただ、見つめる事しか出来なかった。
(……私の為に……見ず知らずの私なんかの為にピンチを招くなんて……本当に馬鹿じゃない?
でも……お陰で私助かっているんだよね……
本当に……信じていいの? この人を……信じてしまっていいの?)
今まで裏切られ続けてきた自分と、人を信じていたい自分。二つの相反する感情が唯の中でぶつかり合っていた。
(……自分を裏切るな……自分を信じろ……って、どういう事?)
唯は自分の為に戦っている八雲を再び見つめる。シロガネの触手を全て防ぎきれず、頬に傷まで作っている。だがそれでも、八雲は戦うことを止めようとはしない。
そんな八雲を見て、シロガネが笑う。
「ざまぁねぇぜ! そろそろ死にな!」
猛然と八雲に突進するシロガネ!
八雲はそれを紙一重でかわし、シロガネの体に杖を突き立てようとする!
だが、次の瞬間、杖ごと弾き飛ばされる八雲!
「きかねぇよ!」
起き上がろうとする八雲に向かって、再び突進しようとするシロガネ!
その時、唯はある事に気が付いた。
(確かシロガネは、このペンダントから出てきたはず……
…って、まさか見ず知らずのあいつの為に何で私が動かなきゃ……
でも、あいつ……怪我までして……私の為に……)
その瞬間、唯の脳裏に八雲の言葉が蘇る。
『自分を信じてくれ』
唯は決意の表情で自分の胸元のペンダントを握り締める。そして……!
それを地面に落とし、そのまま踏み壊した!
「……!」
突如弱り始めるシロガネ! そう、唯はシロガネの本体であるペンダントを破壊したのである。物に宿る思念体は、本体を破壊されると急激に弱ってしまう。そして、他の物質へ憑依するまでの間『封魔』が可能となるのだ。
もっとも、唯はその事を知る訳が無い。だが、唯の賭けは形勢逆転を呼んだのだ!
「あいつを……やっつけて!」
『裏切り』という名の呪縛を断ち切った唯の叫びが響く。
次の瞬間、八雲はシロガネに向かって跳んだ!
そして、その消えかけた体に杖を突き立てる!
「ぅぅぅぉぉおぉぅぅぅ! この俺が……裏切られるとは……!」
苦しみ出すシロガネ。やがて、八雲が口を開く。
「…お前はあの娘の裏切りに負けたのではない。あの娘の、人を信じる心の前に負けたのだ」
そして、八雲が叫ぶ!
「封魔ッ!」
叫びと共に杖の根元に付いている端末のキーを押す。同時に激しい光が走り、その光と共にシロガネの姿が消えた!
解説せねばなるまいッ! 封魔杖(ワンド)をレベル2不条理体に突き立てた状態で封魔プログラムを実行させる。その事によってレベル2不条理体を電気信号に変換し、電子ファイル化することによりSDカードの中に保存と言う形で『封印』することが出来るのだッ!
その場には戦いが終わった後の静寂だけが流れていた。杖を握ったままその場に座り込む八雲。そして、全ての呪縛から逃れた唯はその場に座り込みながら、八雲を見つめていた。
「……終わったの? もう、なにもかも……」
弱弱しく発せられた唯の声に、八雲は笑顔でこう返す。
「ありがとう、君のお陰で助かったよ」
その声に、唯の目からは再び涙がこぼれ始めた。だがそれは、恐怖の涙でも、悔恨の涙でもなく、安堵の涙であった。
「…それはこっちの台詞じゃない……。私なんかの為にそんな怪我までして……」
そんな唯を見て、八雲はこう返す。
「言っただろう? 『僕は君を助ける』って。長良 唯さん」
「……でも、どうして? どうして私の名前を?」
唯は思わず、疑問に思っていたことを聞いた。だが今度は、八雲に警戒の心は抱いていなかった。
「……ある人の依頼さ。君を探している人がいてね……」
「もしかして……まさか……父さん? そんなこと無いよね?」
唯はやや自嘲気味に笑いながらそう口を開いた。
「いや、そのまさかだよ。正確には、君の父さんから依頼を受けた探偵なんだけどね」
八雲の答えに、唯の表情が曇る。それを見た八雲は、こう聞いた。
「話したくなければいいけど、もし良かったら、僕だけに聞かせてもらえないかな?」
八雲の聞きたいこと……それは家出の理由だと言う事を唯は悟った。彼女は一瞬迷ったが、八雲の優しい笑顔を見て、自分の今までを包み隠さず話した。八雲はただそれを、黙って聞いていた。
話を聞き終えた八雲は、暫く考えたあとこう口を開いた。
「…なるほど。でも、君は本当は、お父さんに理解してもらいたいんだろう? 自分の夢を」
「あんな頑固者、私のやりたい事なんて理解する訳無いよ…」
「でも、きちんと話せば父さんだって解ってくれると思うよ」
「…本当にそうかなぁ…」
「僕は言ったはずだ。『自分を信じろ』ってね」
そう言って八雲は唯に微笑んだ。更に八雲は続ける。
「それに、君の事を愛していないんだったら、こうやって君を捜しに来ないと思うよ」
「……でも、きっと怒ってるんだ……」
唯の表情が更に曇る。
その時、3つの人影が二人の前に現れた。一つは少女の姿……実体化したイルネ。一つは私立探偵、明智 弘。そしてもう一つは、小太りの中年男性だった。中年男性は唯の姿を見て、驚いたように彼女の名前を呼んだ。
「……唯!」
「……父さん!?」
それを見た八雲は、笑顔で唯の背中を叩く。
(自分を信じろ…よ)
「…父さん……私……」
「唯……すまなかった! 怪我は無かったか?」
唯の目から流れた涙。それは歓喜の涙であった。
「ごめんなさい父さん! 怖かったよ…こわかったよぉ…」
唯は父の胸の中で子供のように泣いた。父、治はそんな娘を優しく抱きとめていた。
八雲はそんな2人を見守ると、明智の元に歩み寄った。
「ご苦労、八雲」
明智は笑顔と差し出したコーヒー牛乳で八雲を労った。八雲はそれを受け取ると、笑顔でこう返した。
「明智さん、僕の仕事はここまでです。後は任せますよ」
「ああ、後はあの親子次第だな」
明智とのやり取りの後、八雲は再会を喜ぶ親子を暖かく見守りながら、イルネを呼ぶ。
「帰るよ、イルネ」
「うん、じゃ、頼んだわよ探偵さん」
イルネは明智にウインクしながら言うと、白いコートを肩にかけてその場を去る八雲の後を追った。
「あの人たちは?」
ふと、治は明智に訊いた。
「彼は……そうですね。人の為に戦う『白いコートの男』とでもしておきましょうか」
そう答えると明智はセブンスターに火をつけた。
ふと、唯は八雲の去った方を見つめながら、こう加えた。
「父さん、あの人は……私の友達よ!」
そう答える彼女の笑顔は、父が見た中で一番輝いていた笑顔だった。
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白いコートの男編(別名『裏切りのシロガネ』編)完結です。
やはり、人を信じるには、まず自分を信じるべきだと思っています。
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《おまけ》
不条理体コレクション:1
『裏切りのシロガネ』
種別 :レベル2不条理体
カテゴリ:物質憑依型
形態 :触手を持ったキツネ
能力 :金縛り、猛突進
結婚詐欺師にプレゼントしたペンダントが、裏切りの思念を受けて誕生した妖怪。
裏切られた人の顔を見るのが大好きで、人を裏切り行為に走らせ、最終的にその持ち主まで裏切ってしまう困った奴。
皆も裏切られる前に、まず、自分だけは信じろよっ!(意味不明)
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