八雲なLOG log.02『白いコートの男 中編』 | 若端創作文章工房

八雲なLOG log.02『白いコートの男 中編』


 長良 唯は路地裏で呼吸を整えていた。
(……まさか、私の名前を知っている人がいるなんて……)
 彼女の表情には焦りが見えていた。
(……もしかして、今まで騙してきた人? ……ううん、あいつらには私の本名教えていない……じゃあ、もしかして父さんが? いや、父さんが私を探すなんて……家庭よりも自分の仕事が大事なあいつが私の為に動くなんて……あり得ない……)
 その表情は次第に険しくなってきた。やがて唯の脳裏に、4日前の出来事が蘇ってきた。


 アクセサリー等が好きな唯は、アクセサリーデザイナーを目指していた。が、市議会議員である父に猛烈に反対され、父と口論になってしまった。父は彼女に、良い大学を出て、行く行くは自分の後継者になって貰いたかったのだ。元々仕事で自宅にまともに帰っていないくせに威張っているだけの男。そんな父に自分の夢を貶され、否定された唯はその夜、家の金庫から幾らか札束を抜き取り、そのまま家を出たのである。
 市議会議員の娘と言うだけで彼女を敬遠するクラスメイト達。自分の夢を理解せず、ただ否定するだけの父親。唯にはもう、心の拠所が無かった。
 いや、一つだけあった。それは彼女が家出した夜、露天商で手に入れた銀のペンダントである。
 彼女はそれを初めて見たとき,何か惹きつけられるようなものを感じたのだ。迷わずそれを手に入れた唯に、突如ペンダントが話しかけてきたのだ。
『お前……人に裏切られたような顔をしているな……』
 唯は驚愕した。だがそんな彼女に、ペンダントの中の『何か』は語り続けていた。
『おっと、怖がる事は無い。俺はある女に裏切られ、騙された男の怨念……正確に言えば、女が結婚詐欺師と知らず男が贈ったペンダントの精霊よ。そう、誰よりも裏切りを知り尽くしている……いわば『裏切りのシロガネ』とでもしておこうか』
「……シロガネ!?」
『だが、あんたを呪おうとしているわけじゃない。あんた、人に裏切られたんだろ? そして、誰も信じる人がいないんだろ?』
 唯は再び驚いた。そう、シロガネの言う事が今の唯に当てはまるからだ。
『だったら、裏切られる前に裏切っちまえよ。人間、騙す奴と騙される奴の2種類しかいないんだ。だったら騙す方にいるほうが得策だろ? それに俺は、人が裏切られた瞬間の表情が大好きなんだ』
 シロガネの言葉に、唯は戸惑った。確かに、唯にとって信用できる者は誰も無く、しかも父にすら想いを裏切られた。まだ15歳の少女の心は大きく揺れ動いた。
 だが、そんな彼女に更にシロガネがこう加える。
『俺が力になるぜ。あんたに危害を加える奴を、俺がやっつけてやる』
 そんな中、唯に一人の男性が近づいてきた。
「おい、こんな夜中一人で歩くのは……」
 何処にでもいる、お節介な中年男性である。その瞬間、男の体が突如硬直した。そして、その直後、男は急に気を失った。次の瞬間、唯の耳にシロガネの声が届いた。
『どうだ、これが俺の力だ』
 唯は驚いていた。いや、恐怖と言うより、感嘆に近かった。そう、この力があれば怖い物無しだと言う確信が、この時芽生えたのである。


『……どうした? 急に慌てて』
 シロガネの声に唯は我に返る。
「ううん、それより、今日も頼むわね」
 それから3日間、唯は男を騙し続けていた。出会い系サイトで男を呼び出し、思わせぶりな言葉で誘惑した後、シロガネに襲わせる。裏切られた男の顔を見るのが彼女の楽しみになりつつあった。そう、シロガネに唆されるままに…。
 そして、今日も唯は携帯電話を開く。その表情は何かに取り憑かれたかのような物であった。

 ただ『風』だけが、この一部始終を見ていた。


 時計の針は6時23分を指していた。
『八雲!』
 帰路に付いていた八雲の背後からイルネの声が届いた。
「イルネ、何か解った?」
『うん! 間違いなくあの娘には、何か精霊みたいなのが一緒にいるわ!』
 それを聞いた八雲の表情が真剣になる。そう、彼の予感が確信に変わったのだ。少し間を置いて、八雲はイルネにこう訊いた。
「場所は掴んだのか?」
『一度は掴んだけど、今は多分動いている。でも私ならすぐに見つけられるわ! あの娘が外にいる限りね』
「頼りになるな。ありがとう」
 それを聞いた八雲はイルネに微笑みながらこう返した。
『お礼を言うのは解決した後よ』
 そういい残し、イルネは再び一陣の風となってこの場から気配を消した。
 八雲は再び真剣な表情で胸ポケットから携帯電話を取り出し、それを開きキーを操作した後それを耳にあてがう。着信音が数回響き、やがて八雲の耳に聞き覚えのある声が届いた。
『はい、明智探偵事務所』
「八雲です……」
 そして八雲は明智に、先ほどイルネから聞いた件……そう、唯に何かの不条理体の存在がある事、そして今夜その『封魔』を行う旨を伝えた。
 通話を終えた八雲は自分の部屋に向かって走り始めた。


 時計の針は9時15分。
 唯は今日も若い男と夜道を歩いていた。
「折角だから、家まで送ってやろうか?」
 男の問いに、唯は頬を赤らめながらこう返す。
「今日は家に帰りたくないの…」
 男の表情に驚きが見える。が、それも一瞬の事、男はこう答えた。
「じゃあ、これから楽しいところ行かない?」
「楽しいところ?」
 唯は微笑みながらそう返す。そして男は唯の手を取り、細い路地へと入り込んだ。
 次の瞬間、唯は心臓が冷える感じを覚えた。
 そう、細い路地で彼女を待っていたのは、数人の若い男の姿であった。しかも彼らの容姿は、おおよそ真面目な人間の格好とはかけ離れたもので、過去の言葉で表すところの『ヤンキー』又は『不良』そのものであった。
 そのリーダー格の男が唯を眺めながらこう口を開く。
「よぉ姉ちゃん。なかなか可愛いじゃん?」
 その瞬間、唯は自分が『騙された』事に気が付いた。だが、その事そのものにさほどショックは受けていない。ただ、このまま無抵抗でいれば大変な事になる。それは彼女は理解していた。
 しかし、唯にはシロガネがいる。彼女を守ってくれる『力』が。
「……可愛いだけじゃないよっ」
 次の瞬間、リーダー格の男の体が……?
「……随分と威勢が良いじゃねぇか」
「え!?」
 動く!? そう、今まではシロガネによる金縛りで会話すら出来ない状態になるはずだが、今回に限ってその兆候が見られなかった!
(そんな! 応えてシロガネ!)
 だが、シロガネは沈黙したままであった。
 そこで初めて、唯は『恐怖』と言う冷たい二文字を感じた。
 男2人に両腕を捕まれ、動けなくなる唯!
 だがそれでも、シロガネは黙ったままである。ただ、それが宿っているはずのペンダントだけが空しく輝いているだけであった。
 リーダー格の男がゆっくりと唯に迫る!
「さぁ、本当のパーティーの始まりだ!」
 精一杯抵抗する唯! だが、男二人の力は強く、身動き一つ取れない! 叫ぼうにも口は手で塞がれていた。恐怖の余り、目から涙が溢れ出す。
(……いや! いや! 何でこんな事に! もういや!)
 だが、リーダーはその目に慈悲をを見せず、唯の目の前に迫っていた。
 その瞬間!
 突如乾いた音と共にリーダーは気を失いその場に倒れた!
 そう、突如吹いた突風で飛ばされた看板が彼の後頭部を直撃したのだ! そして、倒れた彼の後ろに、一人の少女の姿があった!
「逃げて!」
 そう、確かに彼女は唯にこう言った。突如の出来事に唯から手を離し、その少女に走り寄る二人の男! その隙に唯は踵を返し全力で走り始めた!
「何しやがった!」
 少女に迫る男!
 次の瞬間、少女は両手をかざす!
 と、同時に再び突風が吹き、男達を薙ぎ倒した!
 その場にいる男が全員意識を失ったのを確認すると、少女は疲れたかのように
「ふぅ」
 と、一息つけるとその姿を消した。正確には本来の『風の精霊』に戻ったのである。
 風の精霊イルネは、短い時間ならばその姿を実体化させることが出来る。それにより、精霊との意思疎通能力の無い人でも普通に会話する事が可能となる。
 イルネは唯の走り去った方向を見て、こう呟いた。
『不良に襲われるとは予想外だったけど、やはり『裏切りのシロガネ』の仕業ね。後は貴方の出番よ、八雲……』


 唯は狼狽していた。
 唯一の心の拠所である『シロガネ』が裏切ったのだ。もはや彼女に信じる物が無くなってしまった。
「どうして……どうしてなのシロガネ!?」
 唯は涙ながらにペンダントに問いかけていた。
 何回問いかけたのだろうか? ようやく唯の耳にシロガネの声が届いた。
(くっくっくっくっくっ、面白かったよ。やはり人間の裏切られた時の表情は格別だねぇ)
 シロガネの意外な言葉に、唯は思わず足を止めた。そう、シロガネは最初から唯を裏切るつもりだったのだ。
「あなた…!」
(言っただろう? 俺は人の裏切られた時の表情が大好きだってな! それが信じる心が強ければ強いほど、打ち砕かれた時の表情は最高だよ、クックック……)
 唯はもう、立ち上がる気力すら無くなってしまった。両目を大きく見開いたまま、その場にしゃがみこむ。その目からは涙がこぼれていた。
 やがてペンダントから煙のような物が舞い上がり、それはキツネのような姿となって唯の前に立ちはだかる。
「あんたも人を裏切って面白いと思っただろう? だが、裏切られた時のショックも大きいだろう? だから言ったはずだ、人間なんて、裏切るか裏切られるかなんだよ!」
 その瞬間である!
「……違うね。人はそんな単純な生き物じゃない」
 突如響いたその声に、シロガネは周囲を見渡す。その声の方向には、一人の男が立っていた。
 純白のコートを風になびかせ、そして携帯端末のような物を取り付けた杖(ワンド)を持つ、若い男。
「誰だ!?」
 シロガネの問いに、男は毅然と、こう答えた!


「封魔師、鈴木 八雲」


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 長くなってすみません。


 次回、『白いコートの男』決着です!