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9 rats circuit

シンガーソングライター
9MA blog!!

久々に、というかこっちで暮らしてから初めて本気で走り込んだら足が筋肉痛・・

宿舎からはコオロギか虫の音が一日中聞こえてきて、夜は心地好い。夜空の星も関東より全然見える。山の下流だけに川の水も関東では有り得ないくらい澄んでいる。何もない部屋で何もない生活だけに そういう自然の奏でるものが
とてもビビッドに五感に感じられる。

とりあえずジョギングはしばらくやめて、埼玉に帰ってからにします。



今日は1日、昨日の悔しさをどこかで晴らそうとした。 でも 特に何も出来なかった。考えてみれば一年半の間、毎月毎月、ずっと悔しかったんだ。それが昨日、やっと終焉を迎えたのだ。良かったではないか・・・解放されて。高級車に乗っても停める場所ひとつで 気配りができるか否か 周りは見ていますよ・・

思えばストレスで 33歳で辞めた筈のパンクファッションを昨年からまた追求し始めた。ただ、以前の自分が着ていたものとは全く違う角度から。

例えば33歳当時に決めた 黒の服は今後一切使用しない、とかは守りながら、7年ぶりのパンクファッション追求。他人がどう思うか知らないが、自分の中ではとてもリアルだった。やはり不満があるからこそ、70年代に ああいったファッションの表現が産まれたのだろうなと 今更ながら感じた。

そして今年の40歳を機にまた、黒の服を自然にピンポイントで取り入れるようになった。

まぁ、そんなものも いっそのこと全部取っ払って、服は作務衣だけにしようかとか思ったりもしたけど、作務衣は・・もうちょっと年齢を重ねてからにします。

大愚和尚が一問一答で 尾崎豊のシェリーを紹介されていたので、僕が好きだった米軍キャンプを久しぶりに聞いた。中1くらいの時に初めて聴いた時は歌詞の意味なんてわからなかった。

それぞれの人生 何処へたどり着くかなんてわからないけど、あの娘が何処かで幸せであるなら今の俺はそれで良い(^^)なんつって











今日は、前職での ある結果が出る日。
前職オーナーから、先月の私の最期の出勤日に握手を求められ、おかげさまで私は 円満に去った。そして今日。なるほどオーナーの気持ちの本性はそのようなものか。でも、この結果のほうが ある意味良かったのかも。馬鹿にするでないよ。経営者たるもの、レクサスの停める場所に気を付けろよ。

運命というものがあるならば、今生において私が課せられているテーマは 半分は、理解できた気がする。少なくとも この40年の中の課題は。これからの人生でのテーマはわからないが、この半分を理解できた中で より世の中のお役に立つように生きていくしかない。できるだけ迷惑をかけずに。

残された時間は地方で ひっそりと生きていきたい反面、世の中の不満を発信してブチマケタイ感情も まだある。

まだまだ前進。










今まで自分は友達にも、親にも、上司にも、憧れている先輩方にも、好かれようとして 変な努力して疲弊していったのかなぁ。

もっと嫌われたほうが良いのかな。卑屈な意味じゃなくて、生きたいように生きると言う意味で。

サラリーマンという言葉は、現代では差別用語らしい。塩という意味があるのも知らなかった。

本日は休日なので身体休めます。


















とても自分勝手な二十歳の同居人に振り回され、結局 先ほど彼のお母さんと車で駆け付け 荷物まとめて何も言わずに出ていった・・超迷惑。しかも何故か俺が買った洗剤とかまで持っていかれた。
布団だってレンタルなのでキチンと返却しなきゃなのに彼の寝床のロフトは夜食で食べてたのかお菓子の包み紙とか残っていて布団もぐちゃぐちゃのまま。
クローゼットのスーツだけ何故か持っていかなかった・・彼の鍵も返却してないので・・私が留守中に取りに来るつもりか?怖いなぁ・・ホント、よくわからない。寝床でスマホいじりたいからと、俺が延長コード買ってあげたり、迷惑かけられても 仲間として接していたけど・・・ハートに響かなかったのだろうなぁ。まぁ、私も知人に似たような事を言われた経験がありますが。その時に 知人に『思いやりがコイツには伝わらない』と、寂しい思いをさせてしまったのが今回自分に回ってきたのか。

今回は私も共同生活って初めてでしたが、難しいですね。とりあえず宿舎は私ひとりになり再スタートです。少しの寂しさを抱えた夜。 

岡山1日目。
聞いてなかった、ま・さ・か・の・・相部屋。
今日知り合ったばかりの相方と業務終了後に、一緒にイオンへ最低限の日用品の買い出し、今は相方は
宿舎近くの酒津公園に夜中の徘徊中・・・
この生活が10月の10日くらいまで。
狭い部屋にムサクルシイ野郎二人の生活だけれど、ある意味この共同生活も一生に一度だけと思うと 最終日はきっと、寂しさがあるのだろうなと、今の時点から感じ取れる。俺もこんな形で岡山と言う土地にご縁が生まれるとは思ってもなかった。明日も早いから寝ます。

初めての倉敷。カッツェは山口だっけ?まさかの相部屋。しかし上場企業に再就職できただけでも感謝、感謝。この歌・・・いやこのバンド自体が俺の中学生のほのかな恋愛事情を知っている。









これまでほとんど友人にも言わなかったしSNSでも言わなかったのですが先月まで仕事は、
大宮の 某手作りパン屋の職人として一年半の間、走り抜けた。
知り合いの紹介で入ったのだけれど 弾き語り活動を同時進行させようとしてマーチンのアコギ買ったりしたけど、パン屋って朝早く、且つ私の在籍していたパン屋は夜も遅い・・いつも私がいちばん早くに出勤、朝4:40分には店に着き、独りコックコートに着替え焼き始め、同時に生地の成形を始める。19:30に閉店し レジ締めや後片付け、それが終わったら仕込みの残務があり私の受け持つ種類は主にペストリー(デニッシュ)の一部の商品だったのだけれど 終わらない、終わらない。時計てっぺん越える事もしばしば、それでも翌朝4:40には出勤しなければならない。そんな一年半。もちろん目上や役職者の負担は少なく、私が抱える仕込みが日に日に多くなるのは必然だった。楽をする者のしわ寄せは必ず、その職場の誰かが 黙ってやっている。
品質を追求できるやり甲斐はあったが睡眠時間との闘い、昨年の電通の一件は他人事ではなかった。

でも全ては終わったのだ。

前向いて、息つく暇もなく明日から岡山だ。








前職の夢を見てうなされた朝。私にとって 目まぐるしく過ぎ去った7月、8月。これで良かっのか?などと振り返るヒマなど無く、とにかく食ってくタメに必死で・・いつの間にか 最期の日は来ていた。寂しさは後から押し寄せ、30分くらい苛まれたがその30分で決着がついた。

ひょんな事から他社の人事の方と出会い、特段辞める気も無かった職場を急遽、去る事に・・最期まで最善を尽くし、できるだけ良い形でね。
ほんと不思議な巡り合わせ、このタイミングで・・この運命の流れに逆らうのはとても不自然であり、ある意味不可抗力であると。

不思議だけど人生こんな事もある、これが私の与えられた道なんだと自覚したと言うか・・示し申す、神と言う存在があるならば慈悲の糸を垂らしていただいたのか?と思えるような展開に感謝。
ここで驕り高ぶったら蜘蛛の糸は切られてしまうなぁ、きっと。だから前職の方との飲み会(送別会?)はご遠慮させていただいた。愚痴はもう、自分のなかに呑み込む。ドタバタしていたので菓子折りだけ先日持っていった。悔しさ、憤り、これで全て終わったのだ。いつか聞いたブッダの言葉・・犀の角のように ただひとり歩め。自分ひとりを楽しめ。そんな言葉を思い出した。明日から少しの間、関東を離れる。最小限の荷物で、自称ミニマリストの真髄を発揮できる良い機会である(^^)