前回は
学ぶとは真似すること
先人を真似することから始めてみよう
ということに触れました。
このことは、
理学療法士になったばかりのヒヨコ時代に
大先輩から教えていただいたことでしたが、
同じようにヒヨコ時代に出会った言葉の中に
印象的だったものがもう一つあります。
それは「自由」という言葉の捉え方です。

哲学的に「自由って何?」と考えたことがある人って
少なくないのではと勝手に思っていますが、
自分の言葉で説明しようとすると
どのように表現すればいいのか
なかなか難しいですよね。
理学療法士のヒヨコ時代、
私は小児専門施設に勤務していました。
患者さんは
9割近くが障害児で、
その他は
大人になった障害児つまり障害者、
発達の遅れのみられる小さな子ども達でした。
(障害の“害”という表記には賛否がありますが
ここでは一般的な害の文字を採用して記事を進めます)
障害児・者を説明する時に見かける表現の一つとして
身体が不自由 という言い回しがあります。
この「不自由」をどのように捉えればいいのかを
教えてもらったのが職場で年に1回あった研修会の場でした。
リハ部の全ての臨床業務を1週間近くストップさせて
30名近いリハスタッフが全員参加して
世界レベルで活躍されている先生から知識・技術を
学ぶことができるそれはそれは
貴重なありがたい機会でした。
これがどれだけすごいことだっのかを
のんきなヒヨコはニワトリになってから実感するのですが。。。
症例検討の時間もあり
その時間にはリハスタッフに加えて、保護者、
病棟スタッフや養護学校の担当者も一緒に参加します。
施設全体で力を入れていました。
「自由」について理解したのはその研修会の講義の時間でした。
話してくださったことはおおよそ以下のような内容でした。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
障害児はこのやり方「しか」できないという場面がほとんど
違う言い方をすると
このやり方「なら」できるけど別のやり方はできないということ
運動の選択肢が限られてしまっている
自由とは選択肢が複数用意されているということ
身体が不自由ということは
ただ単に何かができるできないということではなく
運動の選択肢が制限されているということ
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この時は随意運動(自分の意思通りに身体を動かすこと)についての説明の場面でのお話だったかと記憶していますが、
この言葉が当時まだ若かった私の心にズドーンと響きました。
それ以来私の中では、
自由とは選択肢が複数あること
という概念が定着して、
このことは運動様式以外にも
もっと広い範囲まで応用できることだと捉えています。

こっちがダメでも
あっちがあるし
そっちもいいよね〜
って思えたら
窮屈から一歩抜け出して
今までよりも
わー 自由だなー
って感じませんか
例えばそれは
体に不調があってうずくまって悩んでいる人に対して
例えばそれは
人間関係に悩んでその狭い世界で悩み続けることに疲れてしまった人に対して
例えばそれは
人生を諦めかけてボーっと時間をやり過ごしている人に対して
あらっこれ全部以前の私でした 笑
できないところや足りないところにばかりフォーカスするのではなく
世の中には例えばどんな選択肢があるかを考えて
そこに向かって思いを巡らせ
時間をかけてでも少しずつ行動していくことで
自由が広がっていくと心がちょっと軽くなることがあります
望むかどうかを考えていたら
叶うかどうかを先に考えていたら
いつまでたっても選択肢は制限されたままです
いきなり行動するのってちょっと怖かったりしますが、
頭の中で妄想するのは挑戦しやすいのではないでしょうか
もし読んでくださっているあなたが思い当たるのであれば
まずは選択肢をたくさん思い描ける自分になっていくことを
おススメしたいです!
私の「選択肢」に大きく影響した考え方の一つ
明石家さんまさんの言葉で私も好きな言葉
「人生生きてるだけで丸儲け」
暑さ寒さをしのぐ衣服や住まい
お腹を満たす食料
衣食住が揃っている今をありがたく噛みしめるだけで
幸せな気分になれます
すると不思議と
何でもOKで、何でも出来そうな気持ちになってきます
これはあくまでも私の場合の話であって
自分のエンジンになるものって人それぞれ違うと思うので、
頭の中にエンジンの種のアイデアがどれだけあるのかって
大事なことだと思うのです
なぜなら、
頭の中にあるアイデアの中からしか選ぶことが出来ないからです
知らないことからは選びようがありません

今より自由になりたかったら頭の中に
一つでも選択肢を増やしてみませんか
心が軽くなって
やがて小さな種から芽が顔を出し始めるかも
読んでいただきましてありがとうございます🎵