なぜ今頃松平健なのか、これは意味深いですね。
サンバビバサンバ、マツケンサンバ。
何かのメッセージでしょうか。繰り返されるこのメロディー。
ドストでした。
愛するニモの供養にホームページで天に召された二匹のニモを、
泳がせてあげた。マスコットになってくれるだろう。
ヤフーに私のサイトが掲載された。
良かったね、自分。
私のサイトが、ヤフーに掲載されることになった。
今から楽しみである。
一円も払わず、
無料でヤフーに掲載ということだったので、とてもうれしい。
うれしすぎる。
このサイトを影ながら応援してくれた人たちに感謝したい。
田代とドスト氏に共通性があるといえば、
笑う人もいるかもしれない。
しかし、長い間、思案をめぐらせていると、二人には共通性があることがわかった。
それは、獄中生活というやつである。
つまらないことかもしれないが、後の研究者に、後は委ねたい。
今日は何も書く事が無い、しかし書いていかなければならないだろう。
ドストエフスキーとは何なのか、何を意味しているのか。
彼は神についての奥深い考察を小説中でしている。
それを読めば神とはなにものなのかわかるかもしれない。
先日田代まさし容疑者が逮捕された。
普通の人にとっては面白いだけの話だが、
一部の人たちは田代容疑者のことを神なのだという。
なぜ彼が神なのか、私には到底わからない。
ドストエフスキーはロシアの文豪であるが、興味の対象は、自然ロシアに向かっていく。ドストエフスキーの文学は土着的とかいわれるそうだ。
それだけロシアという大地が生み出した作家なのである。
しかし、本文を読んでいくと、白痴などでもそうだが、貴族階級を描いた小説が多い。
私の感覚から言えば、ドストエフスキーの小説の主人公達は概ねインテリで、そう金に困ることなどは無いのである。
しかし、作者自身は、たびたび金に困り、ばくち打ちも激しく、金を使い果たしては、小説を書いていたらしい。
これが、ドストエフスキーの土着的な小説といわれるところのような気がする。
ドストエフスキーほど難解で奥深い小説家はいないのではないだろうか。
愛するニモがとうとうすべてこの世を去ってしまった。

しかし、ここで悲しみに打ちひしがれて、ブログをやめるわけにもいくまい。
そういうわけで、私はドストエフスキーについて、とりあえず書いていくことにする。
ドストエフスキーとはロシアが生んだ偉大なる作家であるが、有名なものに「カラマーゾフ兄弟」が上げられるだろう。
私は、自分のサイトで、著作権の切れた小説のサウンドノベルをしているのだが、どうしても、サウンドノベルにしたい小説に、カラマーゾフ兄弟がある。
しかし、ネット上を調べた限りでは、残念ながら、ドストエフスキーの小説は見当たらなかった。もし、発見したという人はご一報願いたい。それにまた、ネット上で見つけることができるかもしれないが、とにかくドスト氏はそれほど魅力的な小説家なのである。未読の読者が、私のサウンドノベルを介して、読んでくれる日が待ちどうしいかぎりだ。私のサイトから、ドスト氏の研究について、まとめたサイトをリンクしたので、よかったらみられたい。
今日も海水魚が2匹亡くなった。
ここでは紹介されていないハマクマノミと
私の大好きなニモである。
今私の水槽の中にはニモが一匹とエビがいる。
水換えもおこなったし、水槽の掃除もした。
これからどうなるのだろうか、、、
また先ほど魚が一匹お亡くなりになった。
ルリスズメである。
チクショー。