「拝啓 ・・・   今 君のまわりは何色ですか。」

「君は自由そのものだね。」

「ピアノの音が聞こえない。」

「僕には無理だ。」「無理かどうかは、女の子が教えてくれるさ。」

「届け!」

「決めた、私の伴奏者に任命します。」

 

「私は、君の心にすめたかな。」

 

 

わたしは、幸せだったよ。風のように、消えてしまう声にあわてて、僕は

君の名前をよんだ。振り返ったその笑顔は

悲しいくらいきれいだったんだよ。春の中で、涙がとまらないよ。・・

           いきものがかり「ラストシーン」

心の動いた、心の触れた、場面、台詞を抽出して、・・・。

①語らずにはいられたない・・・この作品が自分の心を揺り動かした何かを・・・。

それがなければそもそも語る価値はない。

・色

「君のまわりは何色ですか。」さて、これ映画を見てもよくわからなかった。

きっと、漫画をよめばわかるのかな。

だけど、何か重要な意味があるように思えた。たとえば、自分の余命があとわずかだと、

わかったとき彼女のまわりは、何色だったのだろう。そして、そこから、精一杯やってやろうと

決意して動き出した時の彼女の色は何色なのだろう。それは、バイオリンを入れたケースの色 桜 4月 春 ・・・。ピンクなのかな。そう考えると、題名について考えたくなる。

・題名

「4月は君の嘘」 嘘は、彼女の嘘だろう。4月の彼女の嘘から始まる美しい話。でも、4月は 「は」 「の」でなく。まるで、4月そのものの出来事が嘘のように、・・・。なかなかおもしい題名だ。

・死

彼女の生き様をみていると、やはり、この作品も実存主義の「死」のテーマを表現している。

死は、生を輝かせる。死を自覚することで、人間は、本当に自分が大切にすなくてはならないもの、何を今すべきかがわかるのではないか・・。

この作品では、死を自覚して全力で生きる彼女の生き様が、天才といわれながらピアノを弾けなくなった「中途半端な彼」を救う。

「君とであえたから、僕はここにいる。届け、僕の全部をのっけて、・・」

彼女への感謝と、愛、思いをすべてぶつけて弾く彼の前に、彼女の幻影があらわれる。

ほほえむ彼女・・。そして、演奏が終わるとともに消えていくのだ。彼女の死の暗喩。

 

・「僕には無理だ。」「無理かどうかは、女の子が教えてくれるさ。」

親友の言葉。のりの軽い親友。だけど、この言葉、つきささるものがあった。

「女の子」が教えてくれるのだ。

これは、「性」というテーマとしては非常におもしろ題材。

人生にとって、恋愛はいつもばくちだ。思いがとどくかどうかは、実は努力では

どうにもならない。人生の大半にそのエネルギー費やしている勉強や仕事とはちがう。

恋愛はまさに「他者」だ。

ぐちぐちしてないで、おもいっきりあたってくだけろ、あとは、女の子が教えてくれる!!

 

 

 

 

 

 

若い頃、哲学的な話題として考えていたことが、切実な問題として目の前に立ちふさがってくる。

残りの人生、どのように生きたいのか。単純な問いだが、まわりの雑音に自分心の声が聞こえない。

雑音を消す最強の武器は、・・・ずばり「死」ということなのだろう。

若い頃、目の前の課題に立ち向かうことで精一杯。それをクリアしていくことに充実感があった。

今、選択肢が突きつけられている。王道を行くのか、それとも・・・。

多くのアドバイスやら、親切な声が聞こえてくる。だが、きっと自分は大馬鹿なんだろう。

かならず、アドバイスを無視して、本能のまま生きてきた。

文系、そして、教育学部の選択、文学部への道、結婚、・・・。

だが、決して後悔はしていない。大馬鹿といっているのは、一般的な人からみればということだ。

あの時、ああしていれば、もっと・・・。

過去を後悔して、ちがった選択肢を選んでいたらもっと幸福になっただろうと考えることは

ひどく人間的だが絶対に間違っている。

バタフライエフェクトという映画があった。ふとしたことから過去にもどれる力を手にした主人公が、

現在の状況を変えようと、過去にもどっては、選択肢を変えて、自分の理想とする世界にしようと

悪戦苦闘する話だ。何回ためしても、自分の理想の世界を手にいれたと思ったら、また別の不幸が

襲ってくるといったシニカルな話だ。結局、彼は、過去にもどる力を放棄する。

まさに、人生万事塞翁が馬である。ゴールまで、つまり死ぬまでどうなるかわからんということだ。

その人の人生が幸せだったどうかなんて、死ぬまでわからんとすれば、今を生きる人間は

何を基準に生きればいいのかということになる。


実は、幸福かどうかは、その人間の主観の問題だ。

だとしたら、自分がしたいと思うことがあって、それを選択できることは幸せなことだ。

それが、他人から見て大馬鹿な選択で、人から見て不幸な結果になったしても・・。

まあ、それを言い出したらなんでもありなんだけど。


ただ、生きてきてこんなふうには感じる。主観の問題とはいえ、自分の目標や夢のために、たとえ厳しい道でも立ち向かっていくことは幸せになる一番の近道かもしれない。情熱の強度こそが、幸せのバロメータになる。強度が強ければ強いほど、実現できた時の幸福感は最高だし、たとえ、挫折してもそこで、流す涙はまさに自分は精一杯生きている証ということだ。

まあ、勝負に生きる人間からすれば甘っちょろいといわれるかもしれないが、人生そのぐらいの救いが

ないとね。


さて、多くを語りながら考えたが、選択できる自由があり、悩んでいる自分は贅沢なんだろう。(笑)

さっさと、やりたいことは何なのかをしっかり見つめなおし、戦場にでかけよう。

そこでの戦いこそ、生きた証になるのだらから・・。