はじめに

ここではエホバの証人の組織の構造と、信者の信仰生活の概要を解説したい。しかし先ず最初に、「エホバの証人」と「ものみの塔」という言葉の定義を解説する。これらの言葉はエホバの証人の外部の人々が様々な意味で使っており、混乱が見られることもある。

エホバの証人: 英語の「Jehovah's Witness(es)」の訳。大きく二つの意味で使われている。

  1. この宗教の信者個人、あるいは信者の集合
  2. 宗教名

 

エホバの証人は自分たちだけがクリスチャンであると教えられ信じているから、その意味では彼ら特有の宗教名を作る必要は ないが、これでは他のキリスト教(彼らの言う「キリスト教世界」)と区別が出来なくなるので、彼ら独特の宗教を区別する意味で「エホバの証人」を宗教名と して使う。まず大部分のエホバの証人は「自分の宗教は何か」と尋ねられれば「エホバの証人」と答えるはずである。

この宗教の信者は、C.T.ラッセルによる創始期には、自分たちを「聖書研究者」(Bible Students)と呼んでいた。「エホバの証人」の名前は第二代会長ラザフォードの考案による。1931年彼は、自分の指揮に従わずに創始期以来のラッ セルの伝統を受け継ぐ信者の一部を切り離して、自分の追随者を区別するために「エホバの証人」の名前を発表した。

ものみの塔: 英語の「Watchtower」あるいは「Watch Tower」の訳で、やはり多くの意味で使われている。

  1. 「エホバの証人」の宗教活動を実行させるための、会社組織、すなわち「ものみの塔聖書冊子協会」の略。
  2. 「ものみの塔聖書冊子協会」発行の雑誌名。
  3. 「エホバの証人」の宗教の中央集権的な宗教権威の総称。
  4. 「エホバの証人」の宗教の別名。上に述べたように、エホバの証人自身は自分の宗教を「エホバの証人」と呼ぶが、この名前の性質上「人」 を指しているのか「宗教」を指しているのかが分かり難いこと、2)と3)の関係からこの名前の方が良く知られていること、などからエホバの証人以外がこの 宗教を呼ぶとき、「ものみの塔」あるいは「ものみの塔宗教」(Watchtower Religion)と呼ぶことがある。
「Watchtower」と「Watch Tower」: この宗教の創始期には、雑誌 名も会社組織名もともに「Watch Tower」が使われていた。しかし1931年に雑誌名が「Watchtower」に変更された。会社名の方は親会社である「ペンシルバニア州ものみの塔 聖書冊子協会」(Watch Tower Bible and Tract Society of Pensylvania)が現在に至るまで「Watch Tower」を使用している。一方1939年にニューヨークで創設されたニューヨーク法人の子会社は1956年に「ニューヨーク法人ものみの塔聖書冊子協 会」(Watchtower Bible and Tract Society of New York, Inc.)と名付けられ、ここでは「Watchtower」が使われている。もちろん日本語ではこの違いは分かる由もない。

エホバの証人の宗教組織

 

最高権威

エホバの証人の教義では、もちろん、この宗教の最高指導者は、エホバであり、その下にイエス・キリストが直接人間の最高指導者を指導していることになっている。

 

統治体

「この地上」での最高指導者は、統治体といわれる、白人男性の12人から18人(時によって変化し、現在12人)の長年の経験の ある信者の中から選ばれたグループが、絶対的権威をもって世界500万人のエホバの証人の生活のほとんど全てを支配している。これらの指導者たちはマタイ の福音書24:45-47に自分中心の独自の解釈を加え、自分たちが「忠実で思慮深い奴隷」として「油塗られた残りの者」の中から選ばれて、イエスがこの 地上の関心事を独占的に託している、と信じている。この教義は、この宗教の中央集権的絶対権威である統治体の権威を正当化する根幹となるものである。この 宗教的権威を端的に模式で表したのが、1971年12月15日のものみの塔誌749頁(日本語版1972年173頁)に掲載された次に示す図である。

 


ものみの塔誌1971年12月15日749頁(日本語版1972年173頁)に示されたエホバの証人の組織

統治体員のほとんど全員は、その一生をエホバの証人の組織の高位の役職で過ごしたものばかりであり、高等教育を受けた者はいない。議事はもちろん秘 密であるが、その決定には成員の三分の二以上の賛成が必要とされていることが知られている。議長は固定しておらず、持ち回り制がとられている。

 

統治体の委員会

 

統治体はその下に幾つかの委員会とその実行部門を従えている。統治体員は幾つかの委員会に配属され、他の委員とともに、様々な実務を行う。
  1. 司会者の委員会

    統治体議長直属の委員会で、統治体が何を審議し、決定するかの重要な判断を下す。災害や各地での迫害などにも対処する。

     

  2. 執筆委員会

    雑誌、本の執筆は全てこの委員会の決定により、執筆部門が行う。

     

  3. 教育委員会

    ギレアデ学校、各地の宣教学校、開拓者学校、大会プログラムなどの内容を決定する。

     

  4. 奉仕委員会

    世界各地の支部、地域区、巡回区、会衆の状態を把握して、監督や開拓者の配置を指導する。

     

  5. 出版委員会

    世界各地の印刷出版業務を指導する。出版、発送の他、工場建設の指導も行う。

     

  6. 人事委員会

    世界中のベテル(ブルックリン本部と各国支部)の人事を取り扱う。ベテル奉仕の希望者はここで承認を受ける。

会社組織

エホバの証人はその創始期以来、会社組織を中心として活動を行って来た。1881年、最初に設立されたのがシオンのものみの塔冊子協会であり、これは 1896年、ものみの塔聖書冊子協会と名前を変更した。1955年には、ペンシルバニア州で登録された法人組織として「ペンシルバニア州ものみの塔聖書冊 子協会」(Watch Tower Bible and Tract Society of Pensylvania)と変更し、この会社が現在の世界中のものみの塔協会の親会社として、世界中のものみの塔協会の会社運営を支配している。なお、歴 史的に見て、ものみの塔聖書冊子協会は最初ペンシルバニア州で創設されたが、その後1939年に本部をニューヨーク・ブルックリンに移したために、別の ニューヨーク州に登録された子会社「ニューヨーク法人ものみの塔聖書冊子協会」(Watchtower Bible and Tract Society of New York, Inc.)が登録された。ニューヨーク法人はアメリカ国内の運営にあたる支部となっているが、現在この二つの会社はブルックリンの本部の中で混然と存在 し、それらの違いは、法的な登録上の違いだけで、実務上は一体として活動している。

 

歴史的に見て、ものみの塔聖書冊子協会とエホバの証人の宗教的権威とは、ほとんど同一であった。 1970年代のノア会長の時代までは、会社の会長がすなわち宗教的な最高権威であり、会社の七人からなる理事会がそのまま統治体を兼ねていた。1971年 になり、統治体は拡大され、理事会以外のメンバーが任命されるようになった。更に1975年には、統治体は組織全体の(エホバとキリストに次ぐ)最高権威 であり最高決定機関とされた。そして、それまでの最高権威であった法的組織である会社の会長や理事会は、その下におかれることになった。この時点で、会長 の職権は法的組織である会社の運営の最高責任者であり統治体の一員ではあるが、宗教的権威としての最高決定権はなくなった。もっとも、会社の会長、理事は すべて統治体員であり、統治体が「一枚岩」として動く限り、この変更は名目だけのものであり、現在でも会長の絶大な権威は続いている。

ものみの塔協会の会社も、一応法的な会社組織を保つため、会長、理事会(役員会)、株主(出資者)、株主総会(年次総会)がある。 1944年までは、誰でも10ドルを出資すればこの株主になることができ、ものみの塔協会の運営に投票権が与えられた。しかし、宗教的権威が一体となって いるこの組織が、10ドルの出資で誰でもその運営に参加できるということは、明らかに指導部にとっての脅威であり、崇高な宗教権威の裏付けとしてはお粗末 であった。1944年にこの制度は定款の変更によって変えられ、以後協会の株主(shareholder 協会の訳語は「出資選挙人」)は500人以下に制限され、もはや出資額によるのでなく、理事会が選ぶ忠実なエホバの証人の男子で、その大部分は全時間奉仕 者に限られることになった。

なお、アメリカにおける非営利法人、会社の定義についての詳細は記事の終わりにアメリカの非営利会社組織について の注解をつけたので、参照されたい。

 

支部および会衆の組織

  • 支部

    主立った国々にそれぞれ協会の支部がある。それらの多くはペンシルバニア州ものみの塔聖書冊子協会の支部となってるが、幾つかの地域では、独立の法人子会社を作っている所もある(例:イギリスのものみの塔協会は「国際聖書研究者協会」という独立の子会社)。

     

  • 支部委員会

    支部の最高監督で原則として三人以上で構成される。支部はその管轄地域を地域区と巡回区に細分し て管轄する。以前は支部監督といわれる個人が最高権威として全てを取り仕切っていた。日本支部監督は長年、ロイド・バリーが勤め、彼の25年間の任期の間 に日本のエホバの証人は爆発的な成長を遂げた。その功績が認められてバリーは日本の支部監督から直接、統治体員に昇格された。

     

  • 地域監督

    巡回区を幾つか集めた地域区を監督する。常に巡回区を回って、それぞれの場所で地元のエホバの証人から、宿舎、交通手段、食事などを支給される。それぞれの訪問先の巡回区で巡回大会を開催するのは地域監督の大きな仕事である。

     

  • 巡回監督

    幾つかの会衆を集めた巡回区を監督する。地域監督の指導の元に、常に管轄の会衆を回って、それぞれの会衆に一週間滞在し、その内部の監視指導に当たる。会 計監査や会衆の活動状況、伝道者カードの点検など、綿密な監視が行われる。地域監督と同様やはり、地元のエホバの証人の接待を受ける。従って地域監督と巡 回監督をあわせて「旅行する監督」という言葉も使われる。アメリカでは彼らは「CO」(circuit overseer)の略称で呼ばれ、会衆全体から尊敬を集める人物となっている。「CO」の訪問日は彼らにとって特別な日となる。

     

  • 会衆

    エホバの証人の信者の組織の末端の基本単位。全てのエホバの証人は必ず会衆に属し、そこで全ての宗教活動が行われる。個々のエホバの証人はその戸籍ともい える「伝道者記録カード」をどこかの会衆に登録し、その記録がその個人の宗教活動の記録として、戸籍のように長く保存され、各信者についてまわる。

     

  • 主宰監督

    会衆内の長老団を代表して会衆を監督する。

     

  • 長老団

    会衆内の良い地位にある男子信者の中から選ばれる。長老団の中から、更に書記、奉仕監督が選ばれ、この二人と主宰監督の三人が奉仕委員会を構成する。

     

  • 奉仕の僕

    会衆内の実務を長老の指図に基づいて行う。

     

  • 開拓者

    集中的に伝道活動を行うエホバの証人のことで、正規、補助、特別の三種類の開拓者がある。正規開拓者になるにはバプテスマを受けて6ヶ月以上たった証人で 一年間に1000時間以上(月平均90時間以上だが、年間の合計が1000時間を越えれば、ある月の時間が90時間以下でも構わない)の伝道活動を行うこ とが条件になっている。補助開拓者は一ヶ月単位で任命され、その月に60時間以上を伝道することが要求される。特別開拓者は、伝道活動が不十分で重点を置 かなければならないと協会が考える場所に送り込まれる、全時間開拓者であり、彼らは協会から少額の生活費が支給される。
興味あることは、このような複雑な組織構造は、奇しくもエホバの証人が最も蔑視するカトリック教の組織構造と酷似していることである。

 

ローマ・カトリック教とエホバの証人の宗教組織の相似点

ローマカトリック教会の組織

エホバの証人の組織

ローマ法王(Pope of Rome)

ものみの塔協会会長

枢機卿(College of Cardinals)

統治体

ローマ教皇庁(Curia Romana)

統治体の委員会

バチカン

ブルックリン・ベテル

大司教(Archbishop)

地域監督

司教(Bishop)

巡回監督

大祭司(Archpriest)

主宰監督

祭司(Priest)

長老

助祭(Deacon)

奉仕の僕

宣教師(Missionary)

開拓者

平信徒(Laity)

一般のエホバの証人

確かに、ローマ・カトリック教と、エホバの証人の役職との間には大きな違いがあることも確かである。例えば、ものみの塔協会の会長はローマ法王のよ うなカリスマ的な権威を表面的には示さない。またカトリック教ではこれらの役職者はすべてそれを職業としているのに対し、エホバの証人では一部の全時間奉 仕者と言われる者(統治体、統治体の委員会、ベテル勤務者、支部委員会、特別開拓奉仕者など)を除いて、すべて世俗の職業に就いて自らの生活をたてなが ら、これらの役職を行っている。しかしこのピラミッドの形をしたブルックリン(バチカン)を頂点とする世界的な多重階層官僚組織は偶然の一致ではない。両 者とも、聖書の中に描かれている教会構造を形式だけを重視して現代の組織の中に形式的に持ち込んだ結果である。

エホバの証人はよく、自分たちの宗教には他のキリスト教のように僧職者と平信徒の区別がないことを強調し、誇りにしている(例えば「エホ バの証人神の王国をふれ告げる人々」35頁)。しかしその実、その役職の階層化はカトリックと並ぶ非常に強固に確立したものとなっている。階層の下位にあ る者は階層の上位にある者に絶対に服従することを要求される。巡回監督や地区監督の訪問は会衆にとってVIP訪問の一大行事なのである。上位の者に服する ことがすなわちエホバ(あるいはエホバの組織)に服することと同じと見なされるからだ。女性がどのような役職に就くことも許されないのも、これらの二つの 宗教に共通である。

組織の資産

 

世界本部

エホバの証人の世界本部(ベテル)はアメリカ・ニューヨークのブルックリンにある。1909年にラッセルがペンシルバニアからこの地に本拠を移して以来、 長年の間に近隣のビルや土地を買い集め、現在では約2平方キロの一等地に、オフィス棟、多数の工場群、約6000人の奉仕者を収容する多数のビルやホテル が散在している。

斜線で示した大きな道路はすべて高速道路。
地図の上の方でイースト・リバーを横切る二本の橋は、
右がマンハッタン・ブリッジ、左がブルックリン・ブリッジ。

 


この部分をマンハッタン南部とブルックリンの航空写真から見る(クリック)

 

この中で一番古いのは、現在工場群の中心である117 Adams Street(地図の黄色の建物)であり、ここがラッセルが最初に開いた本部であった。その後、次々に近隣のビルを買い上げて工場を拡張し、この一角はほ とんどものみの塔の工場で占められるようになった。これらの工場では、雑誌を除く全ての書籍の印刷・製本が行われている。更に1969年にはスクイブ製薬 会社から25, 30 Columbia Heights (地図の赤色の建物)のビルを買い上げ、現在の本部の事務棟にした。現在この二つのビルを統治体とその委員会の多くが使用している。一方、宿舎の方も、近 隣の古いホテルやアパートを次々に買い上げ、124 Columbia Heights (地図の緑色の建物)を中心とするベテルホームはベテル家族(本部無給労働者の別称)の住居として、地下のトンネルでつながれている。1983年には 360 Furman Street (地図の青色の建物)をやはりスクイブ製薬会社から買い取り、発送基地として使用している。

世界本部に働く者は、世界中のエホバの証人の中から人事委員会で選ばれて任命される。任期は様々で、多くの者が、ほぼ一生をそこで過ごし ている。衣食住の必要は全て協会から支給されるので、世俗の楽しみを追求しない限り、快適な生活は保証されている。ベテル奉仕者の多くは、印刷工場や農場 での単調労働に従事し、それ以外に一般のエホバの証人と同じ量の集会と伝道活動を行う事を要求されるので、余暇というものは年に決められた日数の休暇以外 はほとんどなく、一ヶ月に支給される一律90ドルの小遣いでも、特にそれを使うだけの必要もないと言われる。

 

その他のニューヨーク地区の施設

  • ものみの塔農場

    ニューヨーク市の北北西約100キロのウォールキルという所にあり、ベテルで働く全ての奉仕者の食糧を自給できるだけの、広大な敷地と生産力をもってい る。これも、もちろんすべて全時間奉仕のエホバの証人で運営されている。ここには、また巨大な印刷工場があり、アメリカ国内向けのものみの塔誌と目ざめよ 誌の印刷と発送がすべて行われている。

     

  • パターソン教育センター

    ニューヨーク市のほぼ真北、約100キロのパターソンという村にあり、ギレアデ学校、支部委員会学校、などの教育施設と、奉仕部門などのいくつかの部門が ブルックリンから移転されて来ている。老齢化してきたベテル家族のために、老人ホーム的な住居もここには用意されている。この周辺には更に広大な不動産が 協会によって買収されており、協会は拡張能力の限られたブルックリンから、将来徐々にその中枢をパターソンに移動させる可能性も考えられる。

支部

現在世界中に約100カ所以上の支部があり、それらはブルックリンの本部を少し小型にした、ほぼ似たような機能を果たしている。 日本では神奈川県海老名市にベテルが存在する。それぞれの支部では、その地域の奉仕、教育、人事、出版、建設などに関する指導が行われると共に、それぞれ 独自の言語のための印刷工場が併設されている。出版物の各国語への翻訳もまた支部の大きな仕事である。これらの支部と工場の建設は、直接ブルックリンの計 画と指図で行われる。これらの支部のベテルにも、ブルックリンと同様、無給の全時間奉仕者が働いている。世界中のベテルで働くこれらの全時間奉仕者は一万 五千人を越す。

 

王国会館

会衆が集まるための建物であり、多くの場合一つの王国会館を二つ以上の会衆が共用している。会衆が会館を建設するか借りるかは、 地元が決定する。建設は地元の会衆、監督たちと支部ならびに本部との協議で決定される。建設に際しては大抵の場合、大人数のエホバの証人の無償労働力と、 地元のエホバの証人の寄付と業者による材料の提供を受け、低いコストと短時間の速成建設によって行われる。協会は金曜日に建設を開始して、日曜の夕方には 会館が完成するというこの工法を誇りとしているが、これは人件費が無償であるからこそ出来る方法であり、普通の建設業者がこれを行ったとすれば、莫大なコ ストの増加になる他はない。一度王国会館が作られると、それは協会の資産に加えられる。従って、世界的に大量の王国会館を増やしていること自体がそのま ま、協会の資産の爆発的な増加となっている。

 

大会ホール

エホバの証人は巡回大会、地域大会など、年に幾つかの大会を開き、巡回区ごと、地域区ごとに会衆が集まらなければならない。地域 大会は年に一度であり、しかも一万人を超える信者が一堂に会するために、普通は野球場、競馬場などの大きな既存の施設を借り上げて行うが、巡回大会は年に 何度も開かれることから、自分たち専用の大会ホールを建てるところも多くある。これも、多くの地元のエホバの証人の無償奉仕によって建設された後、協会の 資産となる。

財源

ものみの塔協会が、どのようにしてあのような豊かな財源を維持できるのかは、部外者の多くにとっては謎である。ものみの塔協会の伝統的な財源は、家から家 への伝道によって売り歩く文書の売り上げであった。これは現在でも続く最も大きな財源であるが、協会は近年、この点をあいまいにし、その財源はあくまで自 発的な寄付に基づいていることを強調している。確かに、少なくともアメリカ国内では1990年2月の特別の通知の後、文書を販売することは、形式上中止と なり、長年ものみの塔誌や目ざめよ誌に印刷されていた一冊あたりの値段は消えた。しかし、その実、文書を渡す一方で、寄付をすることが強く勧められいる。

1990年以降協会が神経を尖らして、寄付を強調し、販売という言葉を使用しない真の理由は、1989年のテレビ伝道者、ジミー・スワガートの汚職事件に 端を発している。スワガートはものみの塔協会と同様、大量の宗教文書を販売し、その売り上げを脱税していた。彼の場合、ものみの塔協会と違って販売はテレ ビを通じて行われたが、宗教上の文書の販売と言う点では全く同じ条件であった。一般にアメリカでは、宗教書に限らず書籍雑誌の訪問販売には、多くの州で税 がかけられて来ており、一般の教会の売店でキリスト教徒が宗教書や聖書を購入する時にも、教会の売店は必ずそれに伴う税金を収めており、宗教書であるから という理由で免税の対象にはなることはない。それにもかかわらず、ものみの塔協会はその雑誌、書籍の売り上げに長年の間、一切税金を払うことはなかった。

興味あることに、他のキリスト教会のスキャンダルをいち早く取り上げて、いかに自分たちの組織だけが正しいかの材料に使うことを常とするものみの塔の雑誌 は、何故かこのスワガートのスキャンダルを一度も取り上げなかった。それもそのはずである、エホバの証人の訪問販売は長年一切の税金を払っておらず、スワ ガートの脱税と非常に近い危険なことを行っていたからであった。

キリスト教世界の汚職を鬼の首を取ったように宣伝する代わりに、ものみの塔協会は、アメリカ最高裁に対して、彼らの家から家への伝道は訪 問販売ではないことを強調する手紙(amicus curiae 法廷助言)をいち早く送っている。この法廷助言は、スワガートの弁護を意図したものでは無かったが、宗教活動に伴う文書の販売は課税すべきではないという その論理の帰結は、自ずとエホバの証人の最も侮蔑するキリスト教世界のテレビ伝道者(TV evangelist)を弁護するという、奇妙な結果にならざるを得なかった。それにも関わらず、1990年1月17日ジミー・スワガートの有罪判決が下 るや否や、ものみの塔協会はそれまでの方針を180度変換し、翌2月の全国の王国会館での集会で一斉に、それ以後文書は一切販売しないことが緊急通達され たのだった。

確かに、仮にエホバの証人がそれまでの家から家への宗教書籍の訪問販売を続けていたら、その税制上の協会の負担は莫大なものになっていた に違いない。ある人の計算によると、スワガートと同じ率でものみの塔協会に課税追徴金を課すると、その総額は650万ドルに登ると言われる。この一見気前 のいいエホバの証人たちの無料書籍配布も、その裏を見ると、実に綿密に計算された節税(脱税?)対策に過ぎないのである。

しかし、これにより、ものみの塔協会は本当に課税を免れるのだろうか。確かにエホバの証人の伝道者がものみの塔協会という登録された非営 利宗教法人を代表して寄付を集めるのであれば、それは法的に非課税になるであろう。しかし、個々のエホバの証人は、ものみの塔協会を代表して家から家への 伝道を行っているのだろうか。実は協会自体がそうは認めていないのである。興味あることは、もしこれらの全てのエホバの証人が法人を代表して働いていると すると、法的にはそれに伴う障害保険などの多くの雇用関係に関する責任が協会に降りかかってくる。「王国宣教」1989年2月号では、伝道者に対して彼ら が「ニューヨーク法人ものみの塔聖書冊子協会」を代表しているのではないことを通達し、彼らが名刺や身分証明書を見せる時には、協会の名前を書かず、ただ 地元の会衆の名前を書くように指示している。その理由の説明を見ると、証人が事故や事件に巻き込まれた時、協会がその責任を取らないことがその意図である ことがわかるのである。

しかしもし個々のエホバの証人が非営利の宗教法人を代表して寄付を徴収していないとすると、彼らは協会とは独立した徴収人となり、非営利 法人の税制上の特権を使用できないはずである。エホバの証人は個人個人がそれぞれ、非営利団体の登録をしない限り、現在の寄付集めはそのまま脱税行為を 行っている可能性が出てくるのである。この点に関して、アメリカ国税庁(IRS)は未だ本格的には取り組んでいない。多分他の多くの課税問題と同様、多く の法的な係争が予想され「やぶ蛇」になる可能性があり、今の所はこれを静観していると思われる。

それではこのような「販売」から「寄付」への転換により、協会の収益は減ったのであろうか。これは協会の会計が公表されないので確かなこ とは分からない。しかし、寄付の強化により収入は増えることはあっても減ることはないのである。王国会館、大会会場、ベテルなど、エホバの証人の集まると ころには無数の寄付箱が置いてあり、多くの証人はそれを無視して通り過ぎることに強い抵抗を感じる。彼らは先ず、王国会館の文書カウンターで配布用の文書 を受け取る時に、それに見合った額の寄付をすることが要求される。1996年11月号の「王国宣教」には本、聖書、CDなどに分けてそれぞれの目安となる 値段を記して、それに見合う額の寄付を要求している。(日本語版の同じ記事には金額は書かれていない。)そして伝道者がそれらの文書を配布して得られた寄 付は、再び会館の寄付箱に入る。従って、この制度によると協会は文書を配布するエホバの証人からと、配布を受ける一般の人からと、二重に寄付をとる仕組み になっているのである。

エホバの証人は、自分たちの会衆が教会と違って献金のためのお皿や袋を回さないことを誇りにしている。彼らはすべての経費が自発的な寄付 でまかなわれていることを強調する。しかし、エホバの証人への寄付の圧力は、お皿や袋とは比べ物にならない大きなものである。金銭、物品、無償労働力など の提供は、いわゆる奉仕と言われる家から家への伝道と同様、彼らの救済にとって欠かせないエホバへの忠実さと、「忠実で思慮深い奴隷」すなわち協会の最高 指導者への忠誠の、最も大事な尺度と考えられているからだ。

寄付以外の大きな財源は、その莫大な資産とその運用であろう。ものみの塔協会が株式、債券などに莫大な投資をしていることは、金融界から の情報で知られている。しかし、何よりもこの世界「企業」の財政を支えているのは、何万人に登る無給労働者の数であろう。多くの事業が、原材料の調達から 実行まで、書籍の出版にせよ、施設の建設にせよ、食糧の生産にせよ、有り余る無給労働力を駆使して、一般社会では考えられない極端に低い原価で行われてい るのである。

宗教活動

エホバの証人の活動は基本的に一週間に5つの集会をこなし、さらに奉仕と言われる家から家への伝道活動に出ることにある。
  1. 「ものみの塔研究」

    毎週一時間、その週の「研究記事」と言われるものみの塔の特定の記事を全員で読む。質疑応答の形をとって内 容を反復することにより、ただ読んで納得するだけでなく、反芻して頭にたたき込むことが要求される。積極的に司会者の質問に挙手をして答え、模範的な答を 記事の中から探して答えることが、この会の重要な目的である。

     

  2. 「公開集会」

    普通、ものみの塔研究と前後して開かれ、両方で2時間の時間をとるように指示されている。これは聖書を使った講演であり、その会衆の長老や、ゲストである 他の会衆の長老が当たる。どの聖書の箇所を使い、どのような話をするかについての指示は与えられており、講演者の全く独自の話をすることは許されない。

     

  3. 「奉仕会」

    この会の内容は、毎月「わたしたちの王国宣教」という内部向けの文書で詳しく決められている。いかに野外奉仕(家から家への伝道)を効率よく行うか、それぞれの時点で何に重点を置くべきかなどが、全国一斉に細かく指示される。45分から一時間。

     

  4. 「神権宣教学校」

    宣教の方法を教育する会。野外奉仕や集会で効果的に話しができるよう、実地訓練や筆記テストなどを通して一人一人のエホバの証人を雄弁な伝道者に仕立て上げていく。

     

  5. 「会衆の書籍研究」

    会衆内の証人たちが、「群」と呼ばれる小さなグループに分かれ、信者の家庭で週に一回一時間、指定されたものみの塔発行の書籍を一緒に読んで研究する。

野外奉仕

これらの集会の他に、野外奉仕が彼らにとっては重要な宗教活動になっている。エホバの証人は、キリスト教の根幹である、信仰による救済を一応は認めてはい るが、「業の無い信仰は死んだものなのです」(ヤコブ2:26)という言葉を強調し、救済にとってこれらの伝道の業を行うことが必至であると信じている。 すなわち、彼らにとって家から家への伝道活動はその信仰の手段であると同時に、目的なのだ。

各地の支部は各会衆毎に、この野外奉仕に出かける区域を地図の上で綿密に割り当てている。更に会衆内では群という、より小さなグループが、更に細 かい区域の割り当てを奉仕の僕から与えられる。これにより、全国にもれなくエホバの証人の伝道者が行き渡るように配置される。未割り当て地区には特別開拓 者たちが派遣されることもある。この割り当てられた地区を、会衆のエホバの証人は普通二人一組で、計画的に戸別訪問をする。その手口は、化粧品などの訪問 販売員と非常に似ており、まず家人の興味を引き起こさせ、会話をつなげながら、文書を読むようにし向けていく。多くの場合、会話の話題は、世の中が段々に 悪くなり、住み難くなっていること、そしてその解決は聖書の中にあること、が中心となる。各世帯の反応は綿密に記録され、後の再訪問に備える。 少しでも興味を示す家人には、積極的に再訪問が行われ、そこで次に述べる「家庭聖書研究」の勧誘が行われる。

 

家庭聖書研究

野外奉仕において、エホバの証人に興味を示す人を見つけると、その家庭を定期的に訪問し、私的な「聖書研究」が始 まる。「無料で宗派にとらわれない聖書研究をしてみませんか」というのが、最も無害に聞こえる勧誘である。しかしその実、この家庭「聖書」研究では聖書は あくまで副読本として使われ、主に使われるのは、協会がそのために特に作った教本である。現在この本は「永遠の命に導く知識」というものである。この研究 は、研究そのものが目的ではない。あくまで、未信者を集会に出席させ、さらにバプテスマを受けさせる過程の第一歩として位置づけている。特に最近の本部か らの指示では、この研究は長々と続けるのではなく、6ヶ月をめどに早めに切り上げ、未信者を会衆の集会に参加させることに重点が移されている。このよう に、バプテスマを受ける前にエホバの証人と研究している信者を研究生と呼ぶ。このような研究生は、長老たちの判断で信仰の強さが十分であるとされると、野 外奉仕活動に参加を許されることもある。これを「バプテスマを受けていない伝道者」と呼び、バプテスマを受ける一歩手前の信者として、会衆から更なる励ま しを受けることになる。

 

野外奉仕報告

エホバの証人の伝道活動そのものが、宗教活動の手段であると同時に目的であることを如実に示すのが、個人個人のエ ホバの証人が必ず提出を義務づけられている野外奉仕報告カードである。これは週単位、あるいは月単位で、全ての奉仕活動に参加した時間数の合計、再訪問 (これには家庭聖書研究も、単に以前に関心を示した人の訪問も含む)、配布した書籍、小冊子、雑誌の数などを詳細に報告するものである。奉仕時間の総計の 中には、家から家への伝道の他、街頭での伝道、いわゆる非公式の証言と言われるたまたま会話の中で伝道をした場合、家庭聖書研究、電話、手紙書きなどの時 間も含めてよいことになっている。最近の一部のエホバの証人はe-mailでエホバの証人を宣伝したり、newsgroup などに書いたりすることも、この時間に含めている者もいる。家から家への伝道の場合、その地域まで出かける行き帰りの時間は含まれないことになっており、 最初の家の訪問から最後の家の訪問までの時間が記録されることになっている。その他、親がまだバプテスマを受けていない子供に教える時間は週に一時間まで はこの報告時間に含めてよい、などの実に細かい細則が決められている。

この野外奉仕報告は、会衆の書記によって個人個人の記録に載せられる。この記録は伝道者の記録カードと言われ、それぞれのエホバの証人の会衆内で の一種の成績表となる。一人のエホバの証人が会衆を変わる時は、前の会衆の書記がこの記録を直接次の会衆の書記に送り、記録カードの記録が連綿と続くこと になる。このカードを会衆の長老や巡回してくる監督が見ればたちどころにそれぞれのエホバの証人の信仰活動の活発さがわかってしまう。エホバの証人の間で は信仰活動の活発な信者のことを「霊的に強い」と表現し、「霊的な強さ」がエホバの証人として最も重要視される美点の一つである。従って、個々の信者は自 分の伝道者記録カードの内容を常に向上させる心理的圧力を背負っているのである。これもまた、飽くことなく続くエホバの証人たちの奉仕活動への重要な駆動 力なのであろう。

 


著者注:アメリカの非営利会社組織について

アメリカの nonprofit organization (非営利非課税法人)はIRS(米国国税庁)のsection 501(c)(3)によって規定された、慈善事業、宗教、教育、科学、アマチュアスポーツなどのための団体である。これらの団体はcorporation (会社)になることもできるし、corporation以外、例えば foundation (財団)や trust(信託)などの形をとることもできる。ものみの塔協会はこの中で、非営利の corporation の形をとっている。一般に法人が corporation になることを、incorporate という言葉であらわすが、これは、法律に基づいて、法人がcoporationを形成するという意味の動詞。よくアメリカの会社の名前の最後に 「.Inc」とついているが、これはその会社が法律によって corporation として登録されていることを意味する。Incorporate は必ず州の法律で行われ、全ての米国の corporation はいずれかの州に登録(charter)されている。この原則は営利会社も非営利会社も同様である。多くの営利会社は Delaware 州に登録しているが、これはこの州が会社結成に非常に自由な州の法律をもっているからだ。どの州に登録してあっても、その会社の活動は米国全土で行える。 ものみの塔協会は、本文にも書いたようにペンシルバニア州とニューヨーク州で登録されている。

Corporation が株を発行するかどうかは州によって異なる。ある州は incorporate する条件として株の発行を義務づけているが、他の州は自由である。Corporation の発行する株には沢山の種類がある。株の発行がcorporation の形成の上で重要なのは、corporation が複数の人間の協力で出来上がっているという原則に基づくからで、そのために株が所有権や利益や責任を分散する簡単な手段になるからだ。 Corporation にはprivately-held とpublic corporation の二種類がある。前者は例えば、一族郎党だけで株を分け合って、その中だけで取引が行われるような場合、後者は株式市場に上場されて、一般人が取引に参加 出来る場合。どのような株をどれだけ発行するかは、理事会が決定できる。Class A, Class B, preferred, などの株が有名だが、例えば投票権だけのある株、投票権のない株、配当なし、配当あり、等さまざまである。一株の値段も色んな形で決められる。特に私的な 会社(privately-held corporation)の場合はほとんど、どのような株を出すことも理事会の一存でできる。ものみの塔協会も、自分たちの会社を外部から乗っ取られたり 牛耳られたりしないように、その株には特殊な制限をつけている。

Nonprofit corporation の最大の規制は、その株がどのような個人の利益にもならないこと、全ての会社の利益は元の非営利の目的にすべて還元されることだ。従って、その株は発行さ れたとしても、営利会社の株とは全く意味が異なり、会社の所有権や配当は主張できない(またそのような形の株の発行は許されない)。しかし、配当や資産の 所有権を主張しない株は存在することができ、そのような株の最大の目的は、理事会選挙の時の投票権を与えることになる。ものみの塔協会の「株主」(「出資 者」)はまさにそのような人々をさしている。

ものみの塔協会の corporation を「株式会社」と訳すことの妥当性には確かに議論の余地がある。これは日本の株式会社の概念がアメリカよりも狭いため、日本人が受ける株式会社のイメージ は利益を追求する商行為を目的とする法人となり、確かにアメリカの nonprofit corporation のイメージとは一致しないかも知れない。従って、この記事ではものみの塔協会の組織を「株式会社」とは訳していない。しかし、アメリカでIRS(米国国税 庁)が決めている nonprofit の定義は、何も商行為=営利として商行為を全て禁止してはいない。それどころか、多くの nonprofit の団体が商売をして儲けている。ここにIRSの規定を全てコピーするわ けにはいかないが、その会社(あるいは団体)の設立が、慈善事業、宗教、教育、医療、アマチュアスポーツ等々幾つかの領域で、その目的がはっきりしてお り、その会社の利益は全て、個人でなく、会社の設立の目的のために使用するという条件を満たせば、商売をして利益を上げることは構わない。従って、ものみ の塔協会も、その書籍雑誌の売り上げで莫大な利益を得てきたが(少なくとも1990年までは)、それらは全て彼らの宗教活動に還元されているため、「非営 利」の範疇に入るのである。このように、ものみの塔協会は、株を発行し商行為を行っているのであるから、株式会社と呼んでも、全くのお門違いとは言えない のである。

はじめに

このページではものみの塔の主な教義を取り上げ、それを歴史的、福音主義キリスト教の立場から検討します。第一部ではものみの塔の教義が、いかに歴史的、 福音主義キリスト教の教義の否定から成り立っているかを見ることにします。第二部ではその他のものみの塔に特徴的教義を取り上げ、歴史的キリスト教の立場 から批判してみたいと思います。全ての参照文献はものみの塔聖書冊子協会の出版物であり、1980年代以前のものは英文版のページ数を使っています。日本 語版の参照ページがわかったものは、それも付け加えてあります。1990年代の雑誌、本のページ数は日本語版と英文版でほとんど共通しています。復刻版は ものみの塔誌1879年から1919年までのもので、1920年にものみの塔聖書冊子協会自身によって復刻出版されています。

編集者は、ものみの塔協会の教えに正しく、聞くべきものがあるという主張に反対するものではありません。ものみの塔の教えの中に、確かに 聖書から見て正当であるものがあり、それらは健全な「霊的食物」と言えるかも知れません。しかし、その健全な「霊的食物」も毒になることを忘れてはならな いと思います。ねこいらず(ねずみ取り)を見て下さい。その98%はおいしい、健全な食物からなっています。しかしその中の2%の毒のためにそれを食べた ねずみは殺されるのです。次に見ていくものみの塔の「霊的食物」の中に少量の毒があるか、それが食べる人を永遠の死に追いやっていないか、自分の目でよく 確かめて下さい。なおこの記事の執筆に当たってはアール・ハルバート氏の全面的な協力をいただきました。感謝いたします。この記事では福音的キリスト教の 教義を、ものみの塔の教義と比較して、理解しやすくするために取り上げましたが、そのことは必ずしも筆者がそれ以外の教義を排斥すべきであると主張してい るのではないことをご了承下さい。

 


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第一部 「否定」の教義

 

(1)三位一体の否定

ものみの塔は父のみが「エホバ」の名を持ち(1)、父のみが真の神(the true God)であると教えます(2)。一方イエスは少し位の低い神(a god)だが、やはり真の神(a true god)であると言います(次の項目を参照)。ものみの塔は、三位一体の教義は実は悪魔によって作られた教えであり(3)、異教を通してもたらされたと教 えます(4)。

(1) 聖書から論じる 1985 と1989 版 p94
(2) 聖書から論じる 1985 と1989 版 p133
(3) 神を真とすべし 1946 版 p2; 1952 版 p101
(4) ものみの塔誌 12/1/1990, p4
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(2)キリストの神性の否定(アリウス派の教義)

ものみの塔はイエスは「神」(a god)であり(5)、「力ある神」(mighty god)ですが(6)、しかし神(the God)ではなく(7)、作られた神(a created god)(8)であると教えます。混乱して理解出来ないのも無理はありません。この教えは聖書のイザヤ43:10の教えに反しています。そこには「わたし の前に形造られた神はなく、わたしの後にもやはりいなかった」と書いてあります。ものみの塔は、われわれはイエスを崇拝すべきでない(9)と教えますが、 天使たちがイエスを崇拝したことは認めています(10)。彼らはヘブライ1:6に書かれているようなイエスに捧げられた崇拝は、ただ相対的な崇拝に過ぎな いと言いますが(11)、一方では相対的な崇拝は偶像崇拝であるとも言います(12)。ものみの塔は、イエスが「み使いの頭ミカエル」として創造され (13)、その生命力と「人格特性」は地上に移され人間イエスとなって生まれたと教えます(14)。地上にいた間、イエスはただの人でそれ以上の者ではな いと言います(15)。イエスが死んだ時には彼は完全に存在しなくなった(16)、しかし三日後に霊者として再創造されたと教えます(17)。天に帰ると 彼は、天での名前ミカエルをまた使っており(18)、決して肉体的な存在として地上には戻らない(19)と言います。

ものみの塔はキリストの神性を隠すために、その独特に訳した聖書、新世界訳の中で多くの工夫をこらしています。例えばヨハネの8:58の 訳では、ものみの塔自身の発行したギリシャ語行間訳聖書である「ギリシャ語聖書王国行間逐語訳」の中でさえ、ギリシャ語の言葉 "ego eimi" を "I am" (私はいる)と訳しているのに、新世界訳の中では彼らは "I have been" (私はいた)と訳し変えています。これに対してものみの塔は様々な理由を上げて来また。例えば最初、彼らはこのギリシャ語は「完了不定時性」をあらわして いると主張しましたが(20)、ギリシャ語には「完了不定時性」は存在しないことを指摘されると、今度は「歴史的現在」であると主張(21)、1963年 には今度は「完了時性直説法」であると言い(22)、1969年には「完了時性」とし(23)、1971年には「完了時性直説法」に戻っています (24)。しかし1974年には「歴史的現在」に戻り(25)、1984年になってようやく現行の「直説法完了形」になりました(26)。この「優柔不 断」(27)な変節の激しさは、ものみの塔協会の無名の聖書翻訳者と執筆者のギリシャ語の知識の無さによるものです。これはほんの一例で、その他様々な翻 訳の誤りが新世界訳では指摘されています。

(5) ものみの塔誌 1/15/1992, p22
(6) 唯一のまことの神の崇拝において結ばれる1983, p18
(7) 聖書から論じる 1985 と1989 版 p438(索引の中のイエス・キリストに注目)
(8) ものみの塔誌 1/15/1992, p22
(9) ものみの塔誌 7/15/1959, p421
(10) ヘブライ1:6, 1984 参照資料付き新世界訳聖書、脚注 p1615参照
(11) ものみの塔誌 1/15/1992, p23
(12) すべてのことを確かめよ 1953 と 1957 版 p177
(13) ものみの塔誌 2/15/1992, p11
(14) ものみの塔誌 2/15/1991, p14
(15) ものみの塔誌 1/15/1992, p21、聖書から論じる 1985 と1989 版 p395
(16) 目ざめよ! 7/22/1979, p27
(17) わたしたちの奉仕の務めを果たすための組織 1983 と1989 版, p18
(18) 御心が地に成るように 1958, p316
(19) 神が偽ることのできない事柄 1965, p336, 337
(20) 新世界訳ギリシャ語聖書 1950 と 1951 版 p312
(21) ものみの塔誌 2/15/1957, p126
(22) 新世界訳聖書, 1963 版, p3108
(23) ギリシャ語聖書王国行間逐語訳 1969 版 p467
(24) 新世界訳聖書, 1971 版 p1121
(25) ものみの塔誌 9/1/1974, p527
(26) 1984 参照資料付き新世界訳聖書 p1582
(27) ものみの塔誌 5/5/1976, p298(日本語版 8/15/1976,p490)
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(3)聖霊の人格性の否定

ものみの塔協会は、聖霊は「神の活動力」であり(28)、「無線電波」と似たような物と教えます(29)。彼らの出版物では Holy Spirit (聖霊)という言葉は大文字では始まりません(30)。聖霊は人格ではないのです(31)。一つ興味あるのは、ものみの塔は悪魔サタンが人格であることを 主張するために、三位一体を擁護する議論での聖霊の見方をそのまま使っていることです。彼らは悪魔サタンについて「知恵のない『活動力』が人と会話ができ ますか?」(32)と言っていますが、聖書の中で聖霊が会話をしている記述が幾つかあります(例えば使徒8:29;ヘブライ3:7;10:15)。聖霊が 『活動力』なら人と会話ができますか?

(28 ものみの塔誌, 1/15/1993, p5
(29) ものみの塔誌 1/15/1958, p43
(30) 例えばものみの塔誌, 10/15/1993, p20
(31) ものみの塔誌 9/15/1992, p16 (脚注)
(32) 目ざめよ! 12/8/1973, p27
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(4)人の不滅の魂の否定

ものみの塔の教義では、人が死ぬとその全てが存在しなくなります(33)。この唯一の例外は14万4千人の油塗られた者たちで、彼らは死後直ちに天 に上げられます(34)。その他の一般の人々については、死んだ人の記憶の「コピー」は神の記憶の中に保存され、しかるべき時が来て復活の時になるとその 人にふさわしい体を再創造し、神はその記憶の中に保存してあるその人の「コピー」をその新しい体の中に移植して、前の生きていた人と同じように考え、行動 し、前の記憶をもっている新しい人間を造る、と教えます(35)。なお、ものみの塔は復活を「生き返り」と定義しますが(36)、「生き返る」と言うから にはその人は一度生きていなければならないはずです。しかしものみの塔が主張する復活では、その人のコピーは新しい体と新しい心でできた一度も生きたこと のない人になります。これでは復活の言葉の定義に矛盾しています。

(33) ものみの塔誌 4/15/1963, p241
(34) 唯一のまことの神の崇拝において結ばれる 1983, p74
(35) とこしえの命に導く真理 1968 と1981 版 p109, 110
(36) 目ざめよ! 7/8/1982, p22
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(5)聖書に書かれた罪の贖いの否定

ものみの塔はキリストの死を、一人の完全な人間が「対応する贖い」を捧げたと見ます(37)。彼らはイエスが「成し遂げられた!」と十字架の上で 言った時(ヨハネ19:30)、それは実は人類のアダムによる罪だけを贖う部分的な完了であると主張します。彼らは「彼(イエス)は、アダムがわれわれに 行った害を取り除くことができるように彼の命を捧げました」と言います(38)。ものみの塔の教えでは、個人個人の罪を取り除くには一人一人が「敬虔な仕 事を加えて」(39)自分の救いを獲得しなければなりません。彼らは「神は『王国の良い便り』がのべ伝えられ、一人一人が自分の救いを努力して得られるよ うに準備されました」と言います(40)。

余りよく知られていないものみの塔の教えに、イエスの「贖いの犠牲」は、彼らの言う「油塗られた者」級、あるいは「14万4千人」級の人 にしか当てはまらない、という教えがあります。ものみの塔協会は「イエスの血は新しい契約に取り入れられた人たちの罪を確認し、神の赦しをもたらすための ものです」と述べています(41)。彼らの教えでは「14万4千人」だけが新しい契約の元にあるのです。ものみの塔は「ですから明らかに、新しい契約は全 ての人類に開かれた自由な取り決めではありません。それは神と油塗られたクリスチャンの間の注意深く取り決められた法的な規定なのです」と言っています (42)。(なお次の第七項目も参照してください)。

(37) ものみの塔誌 2/15/1991, p13
(38) 偉大な教え手に聞き従う 1971, p40
(39) ものみの塔誌 2/15/1986, p12
(40) ものみの塔誌 2/1/1985, p5
(41) 人間の益のために今や勝ち誇る、神の『とこしえの目的』 1974, p160
(42) ものみの塔誌 8/15/1989, p30
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(6)キリストの肉体の復活の否定

ものみの塔は、イエスが「霊的な被造物」として天に上げられ(43)、弟子たちに見られるように「物質化した」体として現れたと教えます(44)。 彼らはまた、イエスの地上の体は神によって「気体」(45)又は「その成分か原子」に分解されたか(46)、あるいは「神の愛の大いなる記念」として保存 されている(47)と教えています。

(43) わたしたちの奉仕の務めを果たすための組織, 1983 と 1989 版 p18
(44) ものみの塔誌 1/15/1990, p14、聖書から論じる 1985 と1989 版 p382
(45) 時は近づけり 1888 より 1927 版 p129
(46) ものみの塔誌 9/1/1953, p518
(47) 時は近づけり 1888 より 1927 版 p129
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(7)キリストが全ての人類の仲介者であることの否定

ものみの塔は、キリストが14万4千人の「天的級」のエホバの証人だけの仲介者であると教えます(48)。その他大勢の「大群衆」あるいは「他の 羊」として知られる人々には仲介者はいないのです(49)。これらのその他大勢の人々の救済は、部分的にはこれらの14万4千人の「天的級」のエホバの証 人に対してどのような態度をとるかによるのです。例えば、ものみの塔誌は次のように言っています。「小麦のような、キリストの油そそがれた「兄弟たち」に 対する態度、および彼らをどのように待遇するかということは、あなたがたが「永遠の切断」に入るか、それとも「永遠の命」を受けるかを左右するものとなり ます。(マタイ25:34-46)「忠実で思慮深い奴隷」である油そそがれた「小麦」級の忠節な仲間であることを実証してください。」(50)(上記の第 五項目も参照して下さい)。

(48) ものみの塔誌 7/1/1990, p9
(49) ものみの塔誌 2/15/1991, p18
(50) ものみの塔誌 8/1/1981,p26(日本語版12/1/1981 p27)
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(8)信仰による救いの否定

ものみの塔によれば、信仰は救いを獲得するための機会を与えるにすぎません(51)。信仰を得た後、「本当の努力」をして初めて自分の救済を獲得することができるのです(52)。そのためには「王国の良い便り」をのべ伝える業を行い続けなければならないのです。

(51) ものみの塔誌 8/1/1991, p6
(52) ものみの塔誌 2/15/1991, p29
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(9)ものみの塔組織以外での救いの否定

ものみの塔は、自分がエホバの組織(すなわち、ものみの塔協会)についていることが救いにとって不可欠であると教えます(53)。「不可欠」という言葉はこの団体に属していなければ、どのような者にも救われる可能性はないことを意味します。

ものみの塔はその信者に、エホバ神は父であり、ものみの塔の組織は母である、と教えます(54)。従って聖書が「あなたの父と母とを敬いな さい」と書いてあるのは、父であるエホバ神と、母であるものみの塔の組織を敬うことであると教えるのです(55)。エホバの証人の救いは、少なくとも部分 的にでも、組織に属することにかかっているのです。これは次のような、ものみの塔の言葉から明らかです。

そして現在その証にはまだ救いのためエホバの組織の下へ来るようにとの招待が含まれていますが、その音信が、「大きなときの声」のような厳しい調子を帯びる時が必ず来ます(56)。

 

(53) わたしたちの王国宣教 11/1990, p1
(54) ものみの塔誌 5/15/1955,p296
(55) ものみの塔誌 5/1/1961,p282
(56) ものみの塔誌 11/15/1981,p21 (日本語版 5/15/82,p27)
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(10)全ての信者に「再び生まれる」経験があることの否定

「再び生まれる(新世界訳)」あるいは「新たに生まれる(新共同訳)」(ヨハネ3:3;3:7;ペテロ第一1:23)経験は、ものみの塔によれば 14万4千人級のエホバの証人に限られています(58)。その他の大勢は地上での希望しかなく、彼らは永遠に神から切り離されているため「再び生まれる」 必要はないのです(55)。

(57) ものみの塔誌 4/15/1992, p14
(58) ものみの塔誌 2/15/1986, p14
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(11)永遠の責め苦の否定

ものみの塔は他の数多くのカルトと呼ばれる団体と同じように、聖書に書かれた永遠の責め苦の教えを捨て去り、代わりに単純な消滅に置き換えていま す。彼らは神が完全に義であるためには永遠の報酬と永遠の責め苦を釣り合わせることはできないと主張します。神は永遠の報酬と即刻の消滅という釣り合わな いやり方をとっていると言います。ものみの塔はこう教えます:「人は死ぬと全く存在しなくなるのですから、悪人は、もちろん、文字通り責め苦に遭うのでは ありません。死んだ人は何も意識しないのです」(59)。彼らはこう主張します:「神によってやぎであると判断された人々が復活させられることはないと結 論することができます。そのような人々は大艱難の際に、「永遠の滅びという司法上の処罰を受ける」人たちと同様の裁きを受けます」(60)、「消滅、破 壊、絶滅、終息、これが永遠の責め苦です」(61)。

(59) あなたは地上の楽園で永遠に生きられます 1982 と 1989 版 p88
(60) ものみの塔誌 5/15/1993, p31
(61) ものみの塔誌 11/15/1955, p677
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(12)キリストの肉体をもった見える形での再臨の否定

ものみの塔は、キリストの再臨はただ1914年に見えない形で地球に「注意を向けた」ことに過ぎないと教えます(62)。このことについて、ものみ の塔は次のように書いています。「その同じ年にメシアが王としてエホバの右で即位したことは、メシアがこの地球に関して目に見えない臨在を開始されたこと をしるし付けました。なぜそういえますか。地球を治める新たに即位した王メシアが、当時最高権力者としての世界支配を熱望していた敵に占拠されていた地上 の領域に注意を向けるのはふさわしいことだったからです」(63)。これは1943年以来の教義、「イエスは紀元1914年に王国に来ましたが、人間には 見えませんでした」(64)の変更でした。そしてそれ以前の66年間は、ものみの塔協会の教えはキリストは1874年に再臨したというものでした。 1920年代の初めにはこの教義は余りにも確実であるため、次のような記事がものみの塔誌に見られました。「この証拠は主が1874年から臨在しているこ とを示している」(65)、「確かに真に聖別された神の子の心にとって、主イエスが1874年以来現在まで臨在していることは、わずかの疑いを挟む余地も ないのである」(66)。

(62) 神が偽ることのできない事柄 1965, p336, 337
(63) ものみの塔誌 8/1/1983, p23(日本語版 11/1/1983,p23)
(64) 真理はあなたを自由にする 1943, p300
(65) ものみの塔誌 3/1/1923, p67
(66) ものみの塔誌 1/1/1924, p5
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(13)忠実な信者たちの、聖書に書かれた復活の否定

ものみの塔協会の教えによれば、復活には二つの形があります。第一の形は14万4千人の「天的級」のエホバの証人にのみあてはまり、霊者としての永 遠の命への復活です(67)。ものみの塔は1914年以来14万4千人の中の死んだ者たちが、目に見えないかたちで継続的に天に連れ去られている (rapture) と主張しています。「忠実な油そそがれたクリスチャンはいつその復活を経験するのでしょうか。それは既に始まっているのです。使徒パウロはそれらのクリス チャンが『キリストの臨在の間に』よみがえらされることを説明していますが、その臨在は西暦1914年に始まりました。今や、それらの人たちは地上での歩 みを終える時、死んだ状態で自分たちの主が戻られるのを待つ必要はありません。それらの人は死ぬやいなや『一瞬に、またたくまに変えられ』て、霊者として よみがえらされるのです」(68)。長年の間に彼らは油ぬられたエホバの証人が死んで天に取り去られる(rapture)時期を何度も変えて来ました。最 初彼らはこれが1878年に起こったと述べ(69)、後に1914年の前に完了するであろうと教えました(70)。この年代設定はその後1914年以後 (71)、1917年(72)、1918年(73)、1925年(74)、1925年のすぐ後(75)、1941年(76)、1942年(77)等々次々 と変えられました。

第二の復活の形はその他大勢の人間にあてはまり、これらの者には復活して地上で永遠に生きる可能性が与えられます(78)。しかしこの永遠の命は復活後の努力にかかっているのです。また地上で復活した者は永遠に神とキリストからは隔てられています。

ものみの塔はまた悪行者には復活して審判を受ける機会はないと教えます。これらの「悪行者」には、ものみの塔を去った者も含まれますが、彼らには永遠の消滅があるのみであると教えます。

(67) ものみの塔誌 7/15/1993 p15
(68) 唯一のまことの神の崇拝において結ばれる 1983, p74
(69) 御国の来たらんことを 1891 から 1927 版 p305
(70) 御国の来たらんことを 1891 から 1927 版 p228
(71) 御国の来たらんことを 1891 から 1927 版 p228
(72) 終了した秘義 1917, p64
(73) ものみの塔誌 10/1/1917, 復刻版 p6149
(74) 現存する万民は決して死することなし 1920, p110
(75) パラダイスへの道 1925, p224
(76) ものみの塔誌 9/1/1941,p265
(77) 慰め 5/27/1942, p13
(78) ものみの塔誌 1/1/1991, p24
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(14)全てのクリスチャンが聖餐にあずかれることの否定

ものみの塔は、彼らの言う「記念式」で聖餐にあずかる経験をできるのは14万4千人の「油ぬられた者」級のエホバの証人に限ると教えます(79)。 ものみの塔は、「油ぬられた者」級以外の「大群衆」級の人々をさして「これらの「他の羊」たちは新しい契約に入っておらず、あずかることはありません」と 言っています(80)。ものみの塔は毎年春、彼らの独特の計算法によって算出したイエスの死の日に、「記念式」を守っています(81)。彼らはその新世界 訳を訳し変えて、一世紀当時のクリスチャンがこの記念の聖餐を毎週、時には毎日のように行っていたことを示す部分を除いています。使徒2:42、 2:46、20:7では「パンをちぎった」と訳すべき所を「食事をした」と訳し変えました。この意図的な訳し変えは、新世界訳聖書とものみの塔協会の「ギ リシャ語聖書王国行間逐語訳」とを比較して見れば、一目瞭然です(82)。この訳し変えは多くのキリスト教の教会で行われている、毎月、毎週、あるいは毎 日の聖餐の習慣に対抗し、エホバの証人の年一回の聖餐を正当化するために行われたのでしょう。しかし皮肉なことに、このエホバの証人の習慣は、年に一回死 者の記念式をその人の死んだ日に行うという、仏教を含む多くの異教で行われている習慣と一致しているのです(83)。

このエホバの証人の「記念式」の習慣で、エホバの証人自身が問題にしていない矛盾があります。もし、彼らの教義で主張するようにイエスが 1914年に再臨したとするなら、何故その後も聖餐を同じ様に現在も繰り返す必要があるのでしょうか?聖書にはこう書いてあります。「このパンを食べ、こ の杯を飲むたびに、あなた方は主の死をふれ告げてゆくのであり、それは彼が到来する時まで及ぶのです」(新共同訳:「主が来られる時まで」、英文新世界 訳:"until he arrives")。もしエホバの証人が、キリストがすでに再臨していると本当に信じるのなら、もう記念式で「象徴」にあずかる必要はないのではないで しょうか?

(79) ものみの塔誌 3/15/1991, p20, 21
(80) ものみの塔誌 2/15/1986, p15
(81) ものみの塔誌 3/15/1993, p4
(82) ギリシャ語聖書王国行間逐語訳 1985 版 p529, 623参照
(83) ものみの塔誌 7/1/1969, p390; 4/1/1977, p210
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(15)伝統的な十字架の否定

この教義は多くのエホバの証人が喜んで論ずる所です。しかし、彼らに指摘しなければならない最も大事なことは、これは全く表面的な事柄で、キリスト 教の信仰にとって本質的な教義ではないということです。人がイエス・キリストによって救われることにとって、イエスが十字架の上で両腕を広げて釘で張りつ けられて死んだのか、一本の杭に両腕を合わせて殺されたのか、は本質的な事柄ではありません。問題はイエスが何のために死んだのかです。彼は私を、あなた を、そして皆を救うために死んだのです。エホバの証人はこれに対し、イエスは十字架の上でなく一本の杭に両腕を頭のうえに合わせて張りつけられたと主張 し、そのことを信じるかどうかを大きな問題とします。

アール・ハルバート氏はローマ帝国の刑罰の慣習を歴史的に調べました。それによるとローマ帝国ではいくつかの張りつけの仕方が行われてい ました。基本的には4つの型がありました。第一はローマ字のXの形、第二はローマ字のTの形、第三は十字架、第四は一本の杭でした。罪人は罪の重さによっ てこれらの型に釘で打ち付けられたり、ひもで縛られたりしました。一時的な処罰の時はひもで縛り付ける方法がとられ、罪人は一日あるいは数日にわたって縛 り付けられてさらし者にされた後、ひもを解かれて釈放されました。これには一本の杭の型が使われました。

釘で打ち付けるのは罪人を死刑にする時で、T字型、あるいは十字架が使われ、罪人が死ぬまでそのまま放置されました。この際には罪人は横 棒を刑場までかつがせるのが習慣でした。この調査によれば、イエスは、よく描かれているように十字架そのものを背負っていたのではなく、多分横棒になる2 メートル位の材木をかついで刑場まで歩かされたと考えられます。

この張りつけの道具は、新約聖書では "stauros" という言葉であらわされていますが、これは単に材木を意味し、その型については言及していません。上記のローマ時代の刑罰の慣習から見れば、これはイエス がかついだ横棒の材木を言及していることと考えられます。しかし聖書の記述の中には幾つか、その張りつけの型を推測させる手がかりがあります。ヨハネ 20:25ではトマスが、釘の複数形を使ってイエスの手の釘の穴に言及しています。これは日本語訳では日本語に名詞の複数形がないので分かりませんが、英 語版新世界訳ではギリシャ語の複数形をそのまま訳して "nails" としています。これはものみの塔がその出版物の中で度々描く、頭の上で両手を合わせて一本の釘で打ち付けられている描写と一致しません(84)。もう一つ のイエスの張りつけの型を示唆する記述はマタイ27:37に見られます。罪状書はイエスの頭の上に掲げられたと書いてあり、手の上に掲げられたとは書いて ありません。頭の上に罪状書を掲げることができるのは一本の杭やT字型では不可能で、十字架の型であったことが示唆されます。

しかし、イエスが張り付けにされた道具の形状を確証をもって断言することはできません。筆者は上記のローマ時代の刑罰の慣習や聖書の記述 から、十字架が使われた可能性が高いと思います。しかし確かなことはわかりません。しかし十字架を象徴として使用しないことは、ものみの塔が主張するよう に、クリスチャンの信仰にとって本当に重要なことなのでしょうか。ものみの塔はここでも、あいまいなものを使って絶対的な教義を作っています。これが本当 にものみの塔の言うように重要な事柄なら、神は誰にも誤解のないような明白なメッセージを残すのではないでしょうか。これに対し、イエスが何の目的で張り つけにされて死んだのかは、聖書の中の明白なメッセージなのです。

(84)たとえば「永遠の命に導く知識」p67 参照
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(16)ユダヤ人のパレスティナへの帰還は聖書の預言の成就であることの否定

1932年にいたるまで、ものみの塔はユダヤ人のパレスティナへの帰還と現代のイスラエル国家の建設を、聖書の預言の成就であると教えていました。 しかし、第二次世界大戦前夜の反ユダヤ人の世界的風潮に呼応して、当時のラザフォード会長は1932年、その著書、『証明』の第二巻の中で、それまでの教 義に180度の変更を加え、その時以来、ものみの塔の反イスラエル、反ユダヤ人の姿勢は先鋭化されたのでした。その理由に上げられた事柄としては、ユダヤ 人がその祖先の行った過ちを反省していないこと、現代のイスラエル共和国が国連に加盟したことなどが上げられています(85)。そして、イスラエル人の代 わりに、自分たちエホバの証人、特にその指導部である14万4千人の「天的級」のエホバの証人が、「霊的イスラエル」であると宣言し(86)、聖書の中で 「イスラエル」に対して起こると預言されたことは、実はものみの塔の組織に対する預言であると教えています(87)。

(85) エホバの証人 神の王国をふれ告げる人々 1993年141頁
(86) ものみの塔誌 4/15/1992,p11
(87) ものみの塔誌 10/1/50,p351;9/15/1951,p567;3/1/1992,p18

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第二部 その他の特徴的教義

 

(1)聖書はものみの塔協会の助けがなければ正しく解釈できない

ものみの塔は、聖書は閉ざされた書物であり、その正しい理解は、ものみの塔の出版物を研究することによってのみ可能であると主張します。この教義 は、創始者ラッセル以来一貫して変わらない重要な教義です。ものみの塔はその創始期以来、その出版物の中で、繰り返しこの教義を強調しています。以下にい くつかの引用を見てみましょう。

更に、人々は、聖書だけを研究するだけでは、神の計画を見ることができないだけでなく、もしだれでも『聖書研究』を 使って、それに馴染み、それを10年間にわたって読み続けても、その後で『聖書研究』を放置して聖書のみを読むようになるのなら、たとえ、どれだけその人 が10年間聖書を理解できたとしても、われわれの経験では二年以内にその人は闇に入ってしまうのです。逆に、もしその人が参考文献とともに『聖書研究』の みを読み、聖書を一ページも読まなかったとしても、その人は二年目の終わりには聖書の光の中にいるのです。(88)

ここで『聖書研究』と言及されているのは、創始者ラッセルの主著であり、独特の聖書注解とものみの塔の教義を解説した六巻の本のことです。ものみの塔の出版物が聖書よりも大事な読み物であるという、このものみの塔の教えは、すでにこの創始者の時代に始まっているのです。

聖書を持っていて、それを研究し、あるいはある宗教団体の公開の聖書研究会に参加することは、充分ではありません。どんなに一生懸命、真剣に、祈りをこめて聖書を研究したとしても、わたしたちは組織と霊から離れては正しい理解はできないのです。(89)

明らかに、聖書そのものを読むだけでは不十分です。われわれはそれを理解するのに助けがいるのです(90)。

それで聖書は組織の本であり、個人にではなく、一組織としてのクリスチャン会衆に属するものです。個人的に聖書を解釈できると、たとえ、誠 実に信ずる人がいても、その事実は変わりません。ゆえにエホバの見える組織を度外視して聖書を正しく理解することはできないのです(91)。

次のことには疑問の余地がありません。すなわち、わたしたちすべては聖書を理解する上で助けを必要としており、「忠実で思慮深い奴隷」の組織を外にして、必要としている聖書の導きを見いだすことはできないのです(92)。

神が用いておられるこの伝達の経路と連絡を保たなければ、どれほど多く聖書を読むとしても、わたしたちは命に至る道を進むことはできません(93)。

どれほど聖書を読んだとしても、真理は自分の力だけでは決して学べなかったという事実を直視しましょう(94)。

興味あることは、この一方で、ものみの塔は福音主義の聖書解釈を批判する記事の引用として、次のように書いています。「A.T. ピアソンは次のように述べて、多くの福音主義者たちの欲求不満を言い表している。『ローマ教会と同じように、[高等批評も]ただ学者だけが聖書を解釈でき るとみなして、神の言葉を事実上一般人から取り去っている。ローマ・カトリックは人とみ言葉との間に司祭を持ち込んだが、高等批評は信者と聖書との間に学 識ある解説者を持ち込むことになった』」。(95)この文章を、上のものみの塔のいくつもの引用と比べてみるなら、ものみの塔自体が、この 引用の中で批判されている福音主義やカトリックの聖書解釈と全く同じ誤りを犯していることに、すぐに気がつくでしょう。すなわち、個人(「一般人」)では 聖書を解釈することは出来ず、ただ特別のクラスの人のみが可能である、すなわち「司祭」、「解説者」、あるいは「組織」を「信者と聖書の間に持ち込んでい る」のです。

(88) ものみの塔誌 9/15/1910 (復刻版4685頁、ものみの塔誌 7/1/57,p415 にも引用されている)
(89) ものみの塔誌 8/15/1957,p501
(90) ものみの塔誌 7/1/1957,p414
(91) ものみの塔誌 10/1/1967,p587 (日本語版 1/15/68 p43)
(92) ものみの塔誌 2/15/1981,p19 (日本語版 5/15/81 p19)
(93) ものみの塔誌 12/1/1981,p27 (日本語版 3/1/82 p27)
(94) ものみの塔誌 12/1/1990,p19
(95) 聖書-神の言葉、それとも人間の言葉? 1989年70頁
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(2)輸血は拒否しなければならず、意図的に輸血を受ければ永遠の死にいたる

この教義は一冊の本に書かれなければならないほどの、膨大で、複雑な内容があります。このウェブサイトの別の「血の教え」に関するページを参照して 下さい。ここでは、ものみの塔が1944年までは、輸血を全く問題にしていなかったことを指摘しておきます(96)。1944年と1945年のものみの塔 誌に書かれた記事により、血液の医療への使用は全面的に禁止されたのです(97)。しかし、1961年以来、少しずつ、ゆっくりとこの禁制は「緩和」の方 向に向かっています。そして現在では、多くの血液の成分を受けつけることが許されていますし、ある条件下ではエホバの証人は自分の血を貯蔵しておいた後 に、自分に輸血することが許されているのです(98)。

(96) 慰め 12/25/1940,p19
(97) ものみの塔誌 12/1/1944,p355-364;7/1/45,195-204
(98) ものみの塔誌 8/1/1995,p30
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(3)国旗に敬礼し、国歌を歌うことは偶像崇拝の行為である

ものみの塔協会の初期の時代には、ベテル・ホームなどの協会の建物には国旗が掲げられていました(99)。しかし、ものみの塔協会の信者に対する統 制が強まるにつれて、国旗は偶像崇拝の対象と見なされるようになり、1935年にはエホバの証人は国旗に敬礼することを禁じられました(100)。この時 代は、同時に、ローマ13:1の「上位の権威」はエホバとイエスを指していると教えていた時代でした。国旗に敬礼する行為は、この「上位の権威」を「世の 政府」に与えることになる、と教えたのでした(101)。この教義はその後、他のエホバの証人の教義と同様、更に細かな規則に発展し、どのような時に立っ て国歌を歌ってよいか、どのような時には座っていなければならないかなど、細かくエホバの証人の日常生活を統制する規則となっています(102)。ある規 則によれば、エホバの証人はメロディーを口ずさんでもよいが、歌詞を唱えてはならない、と教えられています(103)。

(99) ものみの塔誌 5/15/1917(復刻版6086頁)
(100) 富と破滅の選択 1936年11頁
(101) エホバの証人 神の王国をふれ告げる人々 1993年197頁
(102) エホバの証人と学校 1983年15,16頁
(103) ものみの塔誌 6/15/1964,p380
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(4)クリスマス、復活祭、誕生日などの祝日はすべて異教に起源があるから拒否する

この教義も、長年のものみの塔の歴史の中で、時代と共に作り上げられてきたものの一つです。ものみの塔の初期の時代には、クリスマスも(104)、 新年も(105)、誕生日も(106)みな公然と祝われていました。ものみの塔協会はクリスマス・カードを印刷して販売したくらいです(107)。 1938年まではものみの塔は、その出版物をクリスマスプレゼントとして売ることを奨励していました(108)。しかし、1927年以来、ものみの塔協会 は徐々に全ての祝日と、誕生日の祝いを禁止する教義を系統的に打ち出して、信者に守らせてきました。興味のある例外は、何故かエホバの証人は結婚記念日を 祝ってもよいのです。人の生まれた記念日である誕生日は禁止していますが、夫婦が誕生した記念日は祝ってよいという教義です。

(104) ものみの塔誌 12/15/1926,p371
(105) ものみの塔誌 1/1886(復刻版817頁)
(106) ものみの塔誌 5/1/1912,p154-155(復刻版ではこの記事は除かれている)
(107) ものみの塔誌 12/1/1916(復刻版5998頁)
(108) 通知 11/1938 1頁

 エホバの証人の教義第一部ではものみの塔の出版物にまとめられている教義を列挙して見てみたが、このページでは主要な教義を大きな項目にまとめ、歴史的な解説を加えてみたい。

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統治体が『忠実で思慮深い奴隷』であり、全てのクリスチャンに真理を与える

 エホバの証人の教義第一部の冒頭で述べた通り、もしエホバの証人の教義の最も重要なものを一つだけ取り上げなければならないとしたら、この『忠実で思慮 深い奴隷』の教義を挙げなければならない。なぜなら他の教義は全てこの『忠実で思慮深い奴隷』級の人々から出ており、もしこの教義が崩れ去るとすると、こ れにかかっていた多くの教義もまた崩れ去ることになるからである。

 この教義はこの宗教の創始者、ラッセルが最初に作り上げ、マタイ24:45-47のイエスが話したたとえ話に基づいている。この教義に よれば、ラッセル自身がこのたとえ話に出てくる『忠実で思慮深い奴隷』であり、主人であるイエスから、その召使いたちにあたるクリスチャン会衆に「時に応 じて食物を与える」、すなわち聖書の真理を与えるように特別に任命された人間である、と教える。その後この教義には修正が加えられ、現在ではこの『忠実で 思慮深い奴隷』は、ニューヨーク・ブルックリンにあるものみの塔聖書冊子刊行協会の最高機関である統治体をさすことになっている。

 確かに『忠実で思慮深い奴隷』が特定の個人から十数人からなる男子の集団には代わったが、ある少数の人間に神と信者の間を仲介する唯一 の「神の経路」としての特別の権威を与え、聖書の解釈を「時に応じた食物」あるいは「新しい光」として、唯一の源として信者に分け与えていくこの宗教の根 幹となる構造は、いささかも変化していない。ものみの塔協会は『忠実で思慮深い奴隷』も時に間違いを冒すことがあることは認めるが、その一方では公にその 間違いを指摘することを厳しく禁じている。例えば、前会長であるフレデリック・フランズは、1954年に彼が裁判所で宣誓の下で行った証言の中で、エホバ の証人はたとえ間違った教義であっても、統治体から出た教義は真理として受け入れない限り、エホバの是認を受けないと述べている。1967年に至ると10 月1日のものみの塔誌の中で、聖書はものみの塔協会に属する本であり、個人がどんなに真剣に研究しても組織(すなわち統治体)の助けがなければ正しい解釈 ができない、とまで言い放っている。この教義は、マルティン・ルターの宗教改革の時代にローマカトリック教会が、宗教改革の動きをけん制するために出した 宣言の内容、すなわち聖書は個人で勝手に解釈してはならず、聖書の解釈はすべて聖なるカトリック教会から出なければならない、という教義と酷似している。 エホバの証人がその歴史の中で一貫して最も批判してきたカトリック教会が、聖書の解釈の独占的な権威に関しては、全く同じ教義をエホバの証人のずっと前か ら教えていたことは何と皮肉なことであろうか。

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14万4千人の「小さな群」と「大群衆」の信者二階級制度

 エホバの証人はよく、自分たちの宗教にはキリスト教のような僧職者と平信徒の区別がないことを強調し、誇りとする。しかし、その実、エホバの証人 の組織はカトリック教も顔負けの細かな階層からなる指導組織がある。そしてその最もユニークな階層制度はこの信者を大きな二階層、14万4千人からなる 「油塗られた者」、あるいは「小さな群」、「キリストの体」などと称される特別の選ばれた信者と、その他大勢の「大群衆」、あるいは「ほかの羊」に分ける ことであろう。この14万4千人という数字は啓示7:4-8に基づいており、そこではイスラエルの12の部族から1万2千人づつが集められて14万4千人 になっている。しかしエホバの証人はこの12部族を文字通りのユダヤ人部族を示してはいないと解釈し、従って14万4千人は肉的なユダヤ人ではなく「霊的 ユダヤ人」すなわちエホバの証人の「油塗られた者」を指すと教える。それではなぜ、それらの文字通りでない12の数に1万2千をかけたかけ算の結果である 14万4千だけを厳密に文字通りと解釈するのだろうか。ものみの塔協会の教義によればこれは次のように説明される。この14万4千人が述べられたすぐ後の 啓示7:9では「だれも数えつくすことのできない大群衆」と書いてある、この「数えつくすことのできない」ものと対象的に14万4千という数字があげられ ているのであるから、これは実数に違いない、もし14万4千も象徴的な意味なら「数えつくすことのできない」ものと対象して正確な数字をあげるはずがな い、というものである。(ものみの塔1966年3月15日号(英文)183頁)

 この14万4千人の「油塗られた者」級の人々は紀元33年以来、天に集められており、1935年以来、14万4千の定員は締め切られ、 後は地上に残っている者たちが死んで天に上げられつつあると、エホバの証人は信じる。この地上に残った者、あるいは「油塗られた者の残りの者」は現在7千 人近くが生存しており、毎年春の記念式の時の表象物にあずかる者の数として示されている。

 天において復活し、イエスと共に神の王国を支配する、これらの14万4千人の少数の特別なエホバの証人に含まれない、大部分のエホバの 証人は「大群衆」あるいは「地上級の人々」(これに対し14万4千人は「天的級」とも言われる)と呼ばれる。彼らは天でイエスと一緒になれる希望は一切な く、その代わり地上の楽園で永遠に生きることが約束されている。これらの大群衆は組織の中で「油塗られた者」に対して常に従属的な位置に置かれる。例えば 統治体の成員はすべてこの「油塗られた者」から成り、大群衆級の者は統治体に入る希望は全くない。

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新約の「新しい契約」は14万4千人の「小さな群」にのみあてはまる。イエス・キリストは大部分のエホバの証人にとってエホバとの仲介者ではない。

 新約聖書の教義の根幹となると考えられている「新しい契約」はエホバの証人の教義の中では独特の解釈が与えられてきた。創始者ラッセルは、新しい 契約は、全ての教会のメンバーが地上で死に、天でキリストと共になった後で、生まれながらのユダヤ人に当てはまる契約と解釈していた。二代目の会長ラザ フォードはこれを変更し、新しい契約は「教会級」のエホバの証人と結ばれた契約であると発表した。1934年、ラザフォードはその著書、「エホバ」の中で 「新しい契約の目的は人類の救済ではなく、エホバの名前の証人となる人々を選ぶためである」と書いた。それ以来、イエス・キリストはエホバの証人の中の 14万4千人の「油塗られた者」のみにとって、エホバ神との仲介者であり、その他大勢のエホバの証人である「大群衆」には、神との仲介者がいないというの がエホバの証人の教義となっている。例えば1986年に出版された『「平和の君」のもとで得られる世界的な安全』の10ページでは「 同様に、大いなるモーセであられるイエス・キリストは、エホバ神と全人類との間の仲介者ではありません。キリストは天の父エホバ神と、わずか14万 4,000人の限られた成員で成る霊的なイスラエル国民との間の仲介者です。」と書かれている。

 この「大群衆」が新しい契約の外に置かれているという教義は、その救済の教義にもはっきりとした違いを示している。この大群衆級の人々 にはパウロが繰り返し説いた「信仰により義と宣せられる」ことも「神聖な者とされる」こともない。これらは全て14万4千人の「油塗られた者」にのみあて はまり、その他大勢の「大群衆」の救済は遠い将来におあずけとなっている。彼らは自分たちの信仰の業により先ずハルマゲドンを無事通過しなければならな い。その後、キリストが王として支配する千年王国の間に、彼らは自分たちの完全な義を維持しなければならない。そしてこの千年王国の後に来る最終的な裁き の日には、サタンとその手下が再び放たれ、大群衆は再度試されなければならない。ここでサタンの誘惑に負ける者はもちろん永遠の死に追いやられる。そして この長年の試練をを通過して始めて、大部分のエホバの証人は救済を受けることになる。これに関しては1966年に発行された「神の自由の子となってうける 永遠の生命」の391頁に次のように明快に述べられている(英文からの訳)。

全能の神の大いなる日の戦闘に生き残った「大群衆」は千年統治の間に、肉の体の中に絶対的な義と完全性を得ることにな るでしょう。彼らはその永遠の父であるイエス・キリストを通して完全な人間の子供となろうとします。(イザヤ9:5、6)そのような訳で彼らは、14万4 千人の天的な共同相続人たちが肉の体にあるうちから義とされたのと異なり、現在あるいはその時(ハルマゲドン後-訳注)に正しいとされたり義と宣せられる ことはありません。「大群衆」は人間から霊的な存在へとその性質を変化しませんので、信仰によって義と宣せられることも、14万4千人の「選ばれた者」に 必要とされる帰負された義も必要ないのです。

 このことは大群衆が神の恩恵によって無償の救済を受けることはなく、むしろ大部分のエホバの証人にとっては、自分で良い業を行い続けて長年かかっ て自分の救済をかちとらなければならないことを意味する。このような一見希望の薄い彼らの将来は、しかし間近に迫ったハルマゲドンとその直後に始まる苦し みも死もなくなる地上の楽園の希望によって、エホバの証人の心の中では帳消しになっているように見える。

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1914年に基づく終末論と年代計算の教義

 1914年という年代は最初、この宗教の創始者であるラッセルにより、異邦人の時の終わりとハルマゲドンの始まりとして設定されていた。この年に 第一次世界大戦が勃発すると、最初はラッセルもその信者も、みな予言が成就されたとして、この年代計算の教義の正しさを確信した。しかし、この年にハルマ ゲドンは起こらず、それに続いて起こるはずの事柄も起こらなかった時、エホバの証人は教義の変更を迫られることになった。しかしそれまでに捨て去られた年 代設定と異なり、1914年は第一次世界大戦とそれに続くものみの塔指導部の危機を示す重要な年であり、新たな教義作成の上で捨てさることは出来なかっ た。ここに1914年の「再利用」が次の教義作成で行われることとなった。1914年以後の約7年間の混乱期を経て現在の年代計算の基礎となるラザフォー ドの年代計算が1914年を再利用する形で登場する。

 1914年という年は、現在のエホバの証人の教義の中で中枢をなす教義である。現在の教義では1914年に異邦人の時は終わり、マタイ 24:3-14の「終わりの時」が始まったことになっている。そしてこの「終わりの時」は1914年の出来事を目撃した世代の人間が死ぬ前に終わりハルマ ゲドンとなる、というのがごく最近までの教理であった。しかし1995年11月の「新しい光」による教義改訂でこの「1914年の出来事を見た世代」の教 義は廃止された。ここにエホバの証人の歴史始まって以来、初めてハルマゲドンが何時来るかを特定する教義がなくなった。現在のエホバの証人の教義ではハル マゲドンは「間近」であるが、どの位間近かは一切述べていない。

 次に現在のエホバの証人の教義で鍵となる年代計算を見てみよう。

 

現在のエホバの証人の使う年代計算

紀元前4026年

アダムの創造

紀元前 607年

バビロニアのネブカドネザル王によるエルサレムの陥落と「異邦人の時」の始まり

紀元前 455年

エルサレムの再建の命令が出され、ダニエル9:25のメシアの出現を予言する「69週」が始まる(1週を7年と計算する)

紀元   29年

キリストの洗礼、ダニエル9:25の成就

紀元   33年

キリストの処刑

紀元   36年

紀元前455年に始まったダニエル9:24の「70週」の終わり、異邦人への宣教の開始

紀元 1914年

(10月)「異邦人の時」が終わり、イエス・キリストによる天の王国のと「終わりの時」が開始する

紀元 1914年

(12月)ダニエル7:25、12:7、啓示11:3で予言されている1260日間の開始、ものみの塔宗教の困難な時代の開始

紀元 1918年

(6月)ラザフォード釈放され、1914年から1260日間の予言が成就される、キリストは裁きを行うためにエホバの神殿に入る

紀元 1919年

大いなるバビロン倒れる

紀元 1975年

アダムが創造されてから6千年が終わり7千年目が始まる

 参考までにこの年代の教義が、この宗教の創始者ラッセルのものからどれだけ変化したかを見てみよう。

 

ラッセルの使った年代計算

紀元前1813年 

イスラエル国家の開始

紀元前 606年

バビロニアのネブカドネザル王によるエルサレムの陥落と「異邦人の時」の始まり

紀元前 454年

エルサレムの再建の命令が出され、ダニエル9:25のメシアの出現を予言する「69週」とダニエル8:14に予言された2300日が始まる

紀元   29年

キリストの洗礼、ダニエル9:25の成就

紀元   33年

キリストの処刑

紀元   36年

紀元454年に始まったダニエル9:24の「70週」の終わり、異邦人への宣教の開始

紀元  539年

キリスト教世界教皇支配の始まり、ダニエル7:25、12:7で予言されている1260日、ダニエル12:11で予言されている1335日の始まり(一日を一年と計算する)

紀元 1799年

紀元539年に始まった1260年の終わり、教皇はナポレオンにより低められる

紀元 1846年

紀元前454年に始まった2300日の終わり、偽りの教義を暴く「聖所の浄化」がジョージ・ストールによって始められる

紀元 1873年

人類の創造から6千年が過ぎる

紀元 1874年

紀元539年に始まった1335日の終わり、キリストの見えない形での再臨(パルーシア)と「収穫」の始まり

紀元 1878年

キリストが王となり死後眠っていた聖徒たちが復活してくる

紀元 1881年

「小さな群」あるいは14万4千人の聖徒の召集の終わり、大いなるバビロンの終わり

紀元 1914年

「異邦人の時」の終了、大艱難からハルマゲドンに至る、ラッセルたちは直ちに天に上げられる

 

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神の名

 エホバの証人は聖書の神を「エホバ」(Jehovah)という名前で呼び、この名を広めることが神(エホバ)を愛し、そのご意志を行うことになる と信じている。この名はヘブライ語の4文字、YHWHを、エホバの証人以前の聖書翻訳者たちが英語のアルファベットをあてはめて作ったものであるが、エホ バの証人はこれを絶対的に使わなければならない名前としている。しかしイエス・キリストの新約聖書の時代には、ユダヤ人たちは神に対する畏れから、実際に はこの4文字YHWHは発音して用いられず、その代わりに称号である「アドナイ」や「クリオス」が使われていた。これがエホバの証人以外の大部分の聖書で 採用されている「主」と訳される言葉である。エホバの証人の訳した聖書はこれらの「主」と訳されるべき言葉までも「エホバ」に置き換えている。

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被造物であるイエス・キリスト

 エホバの証人の教義の中でのイエス・キリストの占める役割は、キリスト教の場合とは大きく異なっている。エホバの証人はイエスがあくまでエホバの 被造物で、エホバの代弁者、これまでに生存した最も偉大な人間、あるいは天使の頭と見て、キリスト教の三位一体における神と同等の立場にあるイエス・キリ ストを完全に否定する。イエス・キリストが完全な形で生まれるために、エホバの証人はマリアの処女懐胎も文字通り信じる。一方エホバの証人はキリスト教と 同様、イエスがアダムの罪の贖いの犠牲のために地上の命を放棄したことを信じる。また彼らは、1914年以来イエス・キリストは目に見えない形で再臨し、 この邪悪な世の中で来るべきハルマゲドンの準備をしている、と信じている。しかし最近の教義の変更ではイエスは、ハルマゲドンで生き残るもの者と滅ぼされ る者とを振り分ける仕事はまだしていないことになった。

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聖霊、サタン、死後の状態

 聖霊は「神の活動力」で、エホバがメッセージを伝えたり、何かを起こそうとする時に使われる。これは決して人格ではないとエホバの証人は信じる。  エホバの証人はまた悪魔の存在を信じ、悪魔がエホバの証人の社会以外のこの世の中を支配していると信じている。それゆえ、彼らはこの世の中に対しては常に懐疑的であり、この世から常に離れることが大事であると信じている。

 人が死ねばその魂も死ぬというのがエホバの証人の教義である。エホバの証人は死後の不滅の魂の存在を否定する。大部分の人は死後「共通の墓場」で 眠った状態に置かれ意識はないが、ハルマゲドン後復活できる希望がある。エホバの証人は地獄の火や煉獄を信じない。啓示の書に出てくる「火の湖」は、永遠 の責め苦を意味するのでなく、救いようのない悪人(その代表はキリスト教の僧職者とエホバの証人をやめた「背教者」)が直ちに送られる第二の死、つまり永 遠の消滅である、と解釈する。

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復活

 エホバの証人はキリスト教の教えるイエス・キリストの肉体の復活を信じない。彼らはイエスの肉体は消滅し、その後再創造されたと考える。下に解説 するように、エホバの証人はハルマゲドン後、多数の過去に死んだ人間たちが地上に復活してくると信じるが、これも完全な体に再創造されて地上に出てくるこ とになるという教義である。

 ものみの塔の出版物は長年の間、どのような人間がどのような時点でどこで復活するか、あるいはどのような人間は復活の見込みが全くない かを細かに述べてきた。しかし、これらは余りにも複雑でしかも目まぐるしく変化してきたため、ベテランのエホバの証人でさえ、完全な答が分からない場合が ある。

 先ず14万4千人の「天的級」の人々は天で直ちに霊的存在として復活し、天のキリストの王国を受け継ぐ。これらの者には肉体的復活はあ りえない。またハルマゲドンが来た時点でエホバに忠実である者たち(これはエホバの証人であることと実質的には同じことであるが)は死なずにハルマゲドン を通過して地上で永遠の(肉体の)命を得る。問題はそれ以外の者たちが復活するか、しないかの問題である。現在のエホバの証人の教えは、ハルマゲドン後の 千年王国ではエホバに義とされた者も、義とされなかった者も、ハルマゲドン以前に死んだ者はこの期間に復活して来ることになっている。

 しかしこの教えにも多くの例外がある。まずハルマゲドンの時点でエホバに忠実でないものには永遠に復活の希望はない。過去においてエホ バに忠実でなく、あるいは邪悪な者と考えられていた者たちは復活するのだろうか。一貫しているのはキリスト教世界の聖職者(「不法の人」級)とエホバの証 人の背教者には、どのようなことがあっても復活の望みがないことである。これらの人々はイエスを裏切ったイスカリオテのユダと同様、第二の死、すなわち永 遠の消滅に送られる。一方、単にエホバの証人の教えを受け入れずに過去において死んだ人々には復活の希望がある。(ハルマゲドンの時点でこれを受け入れて いない人間にはこの希望はない。)

 一番混乱が見られる教義は、過去の聖書に登場するアブラハムなどの聖徒がいつどこで復活うるか、ソドムやゴモラなどの邪悪な人々が復活 するかどうか、であろう。今の教えは、これらの聖徒はハルマゲドン後地上に復活することになっているが、1935年から1950年までの間はこれらの聖徒 に復活の希望はなかった。また1935年以前にはこれらの聖徒たちはハルマゲドンの始まる前に地上で復活するとも考えていた。ソドムとゴモラの不道徳な行 為により殺された人々にも復活がある、というのが1879年以来の教義だったが、1952年、これらの不道徳な者の死は永遠であると変更された。しかし、 1965年のものみの塔誌の一連の記事を通じて、この教義は再び変更され、これらの人々は警告として殺されたのであるから復活の希望はある、と教えた。し かし1988年この教義は再度変更を加えられ1952年当時と同様、ソドムとゴモラの人々には永遠の死しかないと結論している。

 子供を生まないで死んだ過去のエホバの証人は、地上の楽園で復活後子供を作れるのだろうか。これについてもものみの塔誌の教義は変化し ている。この教義は「終わりの時」にある、子供を作れる可能性のあるエホバの証人たちにとって重要な問題である。1943年に発行された「真理は汝らを自 由にすべし」の中では、ハルマゲドン後に復活してくる者たちは結婚して子供を作ることが出来る、と述べている。これに対し1961年のものみの塔誌では天 における復活でも、地上の楽園での復活でも、復活後には結婚も子供を作ることもなくなる、と教え、更に夫婦で復活した場合でも、復活後は夫婦ではなくなる と教えている。

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血液を避ける

 エホバの証人のよく知られた、しかも一般の人には理解が難しいのがこの血の掟である。これは創世記9:4、レビ記3:17、7:26、 17:10-11、19:26、並びに使徒15:19-20、28-29に基づいている。エホバの証人の解釈の特徴は、血を食べることを禁じているこれら の聖句を現在の医療行為の中で行われる血液、血液成分を使った治療行為にそのままあてはめることである。従って、エホバの証人は輸血のみでなく赤血球、血 小板などの注入も拒否する。1951年以来厳密に執行されているこの教義は、長年の間に更に「細則」が出来上がり、現在では一般のエホバの証人がすぐには 思い出せないくらいの複雑な規則となっている。この筆者が医師として遭遇するエホバの証人の患者も、血液に少しでも関係する治療法についてはまず自力で判 断できる者はいない。たいていの場合、エホバの証人の患者はその治療法の詳細な情報を得た後、長老ないし会衆の指導者の判断をあおがなければならないのが 現実である。

 例えば、自分の血液を貯蔵しておいて後日の手術の時に使う方法は、輸血にともなう感染やアレルギー反応を回避するのに非常に有用な方法 で、最近では広く使われているが、エホバの証人にはこれは許されない。しかし一方、人工心肺を通して機械の中を通過して来た後自分の体に注入される血液 や、手術野の出血を吸引で集めて自分の体に戻すことにより出血量を減らすことは許される。

 また全血や血液の細胞成分、血漿のの注入は禁じられているが、血清や血液凝固因子の使用は禁止されていない。しかし医学のある程度の専 門知識のない一般人が、どれだけ血漿と血清の区別がつくのであろうか。(医師である筆者の見方では、これらは肉眼でただちに識別するのは容易ではない。) 従って血友病の患者が長期にわたり出血傾向をとめるために定期的に凝固因子を注入されることは許されるが、急性の消費性凝固障害で早急に出血をとめるため のFFP(新鮮凍結血漿)を注入されることは許されない。

 一方、献血はどんなことがあっても許されない。しかし、エホバの証人である血友病の患者は凝固因子の注射を受けるし、Rh不適合妊娠に よる胎児の障害を予防するためRh因子に対する抗体を母体に注射することも許されているので、エホバの証人といえども血液製剤による治療を拒否しているわ けではない。その結果、奇妙なことにエホバの証人の血液製剤による治療は全て、エホバの証人以外の「世の人」の献血によってまかなわれているのである。

 この血の掟は更に人間の医学以外の面でも、エホバの証人の日常生活に影響を与えている。例えば、ペットに血液の入ったペットフードを食 べさせてはならないし、ペットに輸血してもならない。エホバの証人である農民は血液の入った肥料を使ってはならない。これらに違反することはエホバの法を 破ることになるとものみの塔協会は規定している(ものみの塔誌1964年2月15日号127頁、英文版)。

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生命に関して

 エホバの証人は生命を尊重することを教義としている。それ故、彼らは一貫して戦争に反対し、戦争に加担する行為を一切しないし、人工妊娠中絶に反 対する。しかし、その理由は必ずしも他の宗教の平和主義、生命尊重と一致はしてはいない。エホバの証人の理由は生命維持を第一にしているというより、むし ろそれらの生命を奪う行為がこの世のサタンの支配する勢力に加担するからという理由の方がつよい。従って彼らは、ある面では意外に生命に対して割り切った 見方をする。たとえば、エホバの証人は重い犯罪を犯した者を死刑に処するのは当然であるとし、正当防衛のためなら人を傷つけることも正当化されると教え る。血を受けずに失血死をとげることは推奨されている。

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バプテスマ、主の晩餐

 バプテスマは全身を水に浸けて行われなければならない。バプテスマの前にはキリスト教の教理問答に似た多数の質問に答えてエホバの証人のその時点 での教義をマスターしていることが要求される。エホバの証人のバプテスマでは、更に次の二つの質問に肯定の返答をしなければならない。

  1. イエス・キリストの犠牲の上に、あなたは自分の罪を悔い改め、あなた自身をエホバのご意志を行うために捧げますか?

     

  2. あなたの献身とバプテスマは、あなたが神の霊に導かれた組織とかかわるエホバの証人の一人として確認することを理解しますか?

     

この二つの質問は1985年、それまで使われていた次の質問に換えて新たに作られたものだった。この新しい質問と古い質問を慎重に比較すると、エホ バの証人のバプテスマの持つ意味が微妙に変化したことがわかる。1985年まで使われていた古いバプテスマの質問は次の二つである。

  1. あなたはエホバ神の前に自分が救いを必要としている罪人であることを認め、この救いは父であるエホバから子であるイエス・キリストを通して来るものであることを確認しましたか?

     

  2. この神への信仰と救いの計画にもとづいて、あなたは霊の教えと聖書とイエス・キリストを通して明らかにされてきた神のご意志を行うために、無条件で自分自身を捧げてきましたか?

     

 この比較から明らかなことは、最近の変更により、バプテスマが神とキリストに対する一般的なものから、それに加えてその個人を、組織の一員として 確立するものであることを確認している。つまり、1985年以降のバプテスマは信仰の告白というより「組織への加入」という色彩が強められている。

 主の晩餐、あるいは記念式は、旧約聖書の過ぎ越しの祭りの日、つまりニサン14日に行われる。しかし、この日はものみの塔協会の理解し たユダヤ教のカレンダーに基づいて行われるため、必ずしもユダヤ人の祝う過ぎ越しの祭りとは一致しないこともある。この式ではキリストの体を象徴するパン と血を象徴するワインが「表象物」として参加者の間に回される。この表象物にあずかる、すなわちパンを食べてワインを飲むということは、その者がキリスト の体の一部、すなわち教会、あるいは「油塗られた者」、言い換えれば14万4千人の一人であることを意味する。

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家から家への宣教

 エホバの証人にとって最も重要な宗教活動がこの「家から家への宣教」である。これにより「王国の良いたよりを全地にのべ伝える」ことが彼らの最大 の義務と考えられている。この仕事が個々のエホバの証人にとってどれだけ重要かは、1979年7月15日のものみの塔誌14頁(英文版)の次の文章を読め ば分かるであろう。『「この王国の良いたより」をのべつたえ続けるわたしたちの忍耐により、わたしたちは救いに到達するのです。』確 かにものみの塔協会は、パウロが繰り返し教えた「信仰により義とされる」「信仰によって救済される」という教えを否定はしていないが、一方現実には「業に より義とされる」「のべつたえの業により救済される」というのがものみの塔の教えの中心となる。そしてこの教えがエホバの証人の飽くことのない熱心な戸別 訪問の原動力となっている。

 この家から家への宣教は、間近に迫ったハルマゲドンに備えてキリストが行っている、「羊」すなわちエホバの証人の訪問を受けてその教え を受け入れハルマゲドンを通過できる人たちと、「やぎ」すなわちエホバの証人の訪問を受けてもその教えを受け入れず来るべきハルマゲドンで永遠の死におい やられる人たちとを仕分ける、「羊とやぎを分けるしごと」を実行していることであると、ものみの塔協会は教えていた。しかし1995年の教義の変更による ハルマゲドンの時期の先延ばしにより、この教義にも変更が加えられた。現在の最新の教義では、今まで行われてきて現在も行われているエホバの証人の戸別訪 問活動はもはや「羊とやぎを分けるしごと」ではないと教えられている。

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世から離れていなさい

 一般のエホバの証人の日常生活に日常的に影響を与えるのがこの「世から離れる」の教義である。サタンの教義で述べたように、エホバの証人の基本的 理解は、現在の世界はサタンの支配する、滅びつつある世界である、というものである。この理解は次の二つの基本的態度をエホバの証人の間に植え付けてい る。第一にこの世の中の多くの事柄に参加することは、自分たちがサタンの悪い影響を受けることになるから、出来るだけ「この世」の様々な活動から離れなけ ればならない、そして第二にこの世の中は滅びつつある救いようのない世の中であるから人間の努力により世の中をよくすることは無駄であるという態度であ る。

 エホバの証人は今の政治はサタンの支配するものであるから政治には一切参加しない。彼らは一切の投票に参加しないし、選挙で選ばれる政 治職にはつかない。エホバの証人はこれを「政治的中立」というが、実際にはその時その時の権力を握る政治勢力に対して、自分たちの宗教活動が許されている 限りは迎合していくのがその態度である。従って、第二次世界大戦前のドイツでヒットラーが近隣諸国民やユダヤ人に対して蛮行を繰り広げている時でも、もの みの塔の指導部は、自分たちの宗教活動の自由を保証してもらえるのならヒットラーに協力すると申しいれている。彼らがヒットラーに反対して迫害を受けるよ うになったのは、ヒットラーがあくまで、ものみの塔協会の活動を合法化しなかったことにあるのであって、ものみの塔協会がヒットラーの政治方針に反対した わけではなかった。

 エホバの証人はまた、戦争参加を拒否する。徴兵制度のある国ではエホバの証人の男子はこれを拒否することを教えられ、その結果投獄され るエホバの証人も少なくない。しかしエホバの証人の戦争参加拒否は上に述べたように戦争を推進する政府に反対することは意味しない。たとえばメキシコでは 長年の間、兵役を回避するためにエホバの証人がわいろを使うことを統治体は容認してきた。

 歴史的に見るとものみの塔宗教の創始者ラッセルは、兵役は望ましくないが、もし政府が要求してくるのなら拒むことはしないように教え、 非戦闘的な病院勤務を勧めていた。しかし第二次世界大戦の頃から「世に妥協しない」強硬路線の一環として、非戦闘代替勤務をも拒むことがものみの塔協会に より教えられた。多くの先進国では良心的兵役拒否者を考慮して非戦闘代替勤務、特に病院勤務を選ぶことが許されてきたが、多くの国でエホバの証人はこれを も拒否し続け、投獄され続けた。前統治体構成員であったレイモンド・フランズによれば、少なくとも1977年にこの問題は統治体で取り上げられ、半数以上 の構成員は非戦闘代替勤務は許されるべきであると考えたが、必要とされる三分の二の票が得られず、当時の新しい光(教義)となることはなかった。しかし 19年後の1996年5月1日のものみの塔誌で非戦闘代替勤務を受け入れることが、ラッセルの時代に戻って許されることになった。その19年間のあいだ、 半数以上の統治体の構成員が不必要であると考えていた代替勤務拒否は、不変の真理としてエホバの証人の社会を規定し続け、数え切れない多数のエホバの証人 がこの教義に基づいて投獄されたのである。

 エホバの証人の「世から離れる」その他の規定には、国旗に対する敬礼の拒否、国歌斉唱の拒否、祝祭日への参加の拒否、格闘技の拒否など があげられる。これらの「世から離れる」規定の数々は、実際に「世」の中で生き、社会の構成員として学校や会社に毎日のように行っている者にとっては特に 困難な課題である。その最も顕著なものはエホバの証人の子女が「世の子供たち」と否が応でも一緒に生活せざるを得ない学校教育で最大の問題となる。学校の 共同生活の中で繰り広げられる多くの活動は上に述べたような多くの「世」の活動が入ってくる。ものみの塔協会のこの問題に対する対処の仕方はいくつかあ る。子供と親たちの学校活動への参加を必要最小限にする、学校教育、特に高等教育は今のハルマゲドン直前の滅び行く世の中の出世に役立つだけの空しいもの であるとしてあきらめさせる、世の中に文書を配布してエホバの証人に特別な扱いをするように頼む、そして数多くの裁判によって自分たちの特殊な立場を「宗 教の自由」の名目で争う、などの活動が行われてきた。

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上位の権威に服する

 上に述べたように「政治的中立」をうたうものみの塔協会はローマ13:1に基づいて、上位の権威、すなわちその時の政治権力に対し、エホバへの忠 誠が損なわれない限り、服従するように教えている。しかし、上に述べたように彼らは政治的見識も批判力も持ち合わせないから、この教えは結局、自分たちの 宗教活動を妨害せず自分たちの宗教の自由を認めてくれる限り、どのような政治権力であっても時の権力に無批判的に迎合することを意味する。

 このローマの13:1に出てくる服従すべき上位の権威は何であるのかの教義も、ものみの塔協会の教義の中で二転三転したものの一つであ る。ラッセルの時代にはこの上位の権威はこの世の中の人間の作る政治権力と解釈された。1929年には当時の強硬路線に合わせて、これはエホバ神とイエ ス・キリストを指し、人間の政治権力ではないとされた。しかし、1962年、この教義は覆され、再度ラッセルの時代の解釈、すなわちその時の人間の政治権 力と解釈されることになった。

 エホバの証人がこの上位の権威に服する教義で最も強調するのは納税義務であり、マタイ22:21の「カエサルのものはカエサルに返しなさい」を根拠としている。

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偶像崇拝、十字架、キリスト教のシンボルと行事、心霊術

 エホバの証人はこれらの事柄から厳密に自分を遠ざけるように教えられている。偶像崇拝と心霊術に関しては聖書に書いてある通りであるが、キリスト 教に関しては、ものみの塔が既存のキリスト教を、背教した邪悪な「大いなるバビロン」として最も忌み嫌うべきものとする教義に基づいている。彼らは教会の 建物や仏教寺院などに入ることも忌避する。全く宗教行事に関係のない理由で、たとえば見学したりコンサートに参加することはさしつかえないはずだが、実際 には少しでも宗教がかった要素がある場合にはこれを拒否することが多い。彼らは特に十字架と、クリスマス、復活祭等の全てのキリスト教の祝祭を厳密に禁止 する。エホバの証人に改宗した家庭では、家の中から十字架等のキリスト教や他の宗教の目に見える物体は廃棄されることが多い。

 エホバの証人は確かに聖書で命じられている偶像崇拝の禁止を厳密に守っているように見える。しかしその行動をよく見てみると、実は偶像 崇拝と表裏一体となる偶像恐怖の傾向が強く見られる。例えば、十字架、クリスマスツリー、マリアの像等にはサタンの特別な力がついていると感じ、これを積 極的に避け、ある時はこれらの物体に何か特別の力があるかのように恐れるのである。

 続く第三部では、これらのエホバの証人の教義をキリスト教の観点から解説する。

はじめに

 エホバの証人の教義を包括的、しかも体系的に解説することは非常に難しい。ものみの塔協会は多岐にわたる「真理」を信者に教えてきたが、それらを体系的 な神学書としてまとめて出版したことはなかったし、そのような既存のキリスト教教派と似たような理論体系を確立することを避けているからである。もう一つ の困難な点は、その教義が頻回に変化することであり、このことが固定した理論体系をその出版物から抽出することを困難にしている。

 しかしその一方で、エホバの証人の教義は極めて簡潔明瞭であるとも言える。これは逆説的に聞こえるであろうが、上に述べた多くの体系のない項目の 羅列からなるエホバの証人の教義は、実は簡単な一つの文章で現されるのである。それは「『忠実で思慮深い奴隷』であるものみの塔協会の統治体が話し、出版 したものが全て真理である」という一つの文にまとめられる。この一つの法則により、どのように変化してきた「真理」であっても、エホバの証人の教義はすべ てこれに含まれてしまう。すなわち、全て『忠実で思慮深い奴隷』から出たものであれば、どのように変化していようと、一見矛盾するように見えようと、それ は現在の揺るがすことのできない真理とみなされる。

 一方ではつかみ所なく常に揺らぎながら、もう一方では簡潔明瞭な一つの法則にまとめられるエホバの証人の教義とはどんなものだろうか。このページではものみの塔協会の出版物に書かれた教義をエホバの証人の立場から見てみよう。

エホバの証人の出版物に見るその教義

 上に述べたように、ものみの塔協会はその教義を体系的にまとめて広く出版したことはないが、その数多くの出版物の中で時々、手短にその信ずること がらをまとめて示してきた。ここでは最近のそのような記事を紹介して、彼らの教義をまとめてみたい。先ず1986年のものみの塔誌4月1日号31頁では読 者からの質問に答える形で、エホバの証人に独特な教義は何かを示している。それらは次の8項目にまとめられる。各項目ごとに簡単な解説をつけながら、これ らを紹介する。


  1. 人類の大きな論争はエホバの主権の正当性である。

    エホバがこの宇宙を支配し最終的に邪悪な者たちを滅ぼすと信じる。

     

  2. イエス・キリストは天の父に従属する存在である。

    イエス・キリストは人類を裁き、支配するために、エホバによって遣わされてきたエホバの被造物であると信じる。

     

  3. 今日の『忠実で思慮深い奴隷』はエホバの証人の統治体を意味し、イエスの地上での関心事を任せられている。

    ニューヨーク・ブルックリンにあるものみの塔協会の最高決定機関である統治体は、マタイ24:45-47のたとえ話に出てくる『忠実で思慮深い奴 隷』をさしており、聖書に書いてあるイエスに次ぐ特別な指導者であり、エホバはこの「奴隷たち」を使ってエホバの証人を導いていると信じる。

     

  4. 1914年は異邦人の時の終わりと、天における神の王国の確立を示す時であるとともに、予告されたキリストの再臨が始まった年でもある。

    1914年が特別な年であり、紀元前607年に始まった「異邦人の時」が終わり、ルカ21:7-24に書かれている「終わりの時」がその年に始まり、キリストは見えない形で再臨した、と信じる。

     

  5. 14万4千人のクリスチャンだけが天の報いにあずかれる。

    エホバの証人は二階級に分かれ、14万4千人の「油塗られた者」たちだけが天で復活する、と信じる。

     

  6. ハルマゲドン、すなわち全能の神の大いなる日の戦闘は間近である。

    ハルマゲドンはすぐ間近に迫っており、この時にエホバに忠実になっていない者は、皆滅ぼされると信じる。

     

  7. これに続いてキリストによる千年統治が始まり地球全体の楽園が取り戻される。

    ハルマゲドン後、エホバの証人は生き残り、苦痛も死もない地上の楽園がもたらされると信じる。

     

  8. 最初にこの地上の楽園を喜ぶのはイエスの「他の羊」である「大群衆」である。

    この地上の楽園を受け継ぐのが14万4千人以外の「大群衆」級のエホバの証人であると信じる。

           (ものみの塔 1986年4月1日号31頁)

     

 この8項目は確かにエホバの証人の教義を簡潔にまとめていると言えるであろう。

 より最近になると、1993年、『エホバの証人 神の王国をふれ告げる人々』の144ページには「エホバの証人の信条」と題する囲み記事の中でエホバの証人の根幹となる教義を箇条書きでまとめている。


 

  1. 聖書は霊感による神の言葉です。

     

  2. 聖書の内容は単なる歴史や人間の意見ではなく、わたしたちの益のために記録された神の言葉です。

     

  3. エホバは唯一まことの神であられます。エホバだけが崇拝を受けるのに値します。

     

  4. エホバは万物の創造者であられ、そのような創造者として、この方だけが崇拝を受けるのに価します。

     

  5. エホバは宇宙の主権者であられ、わたしたちはその方に完全な従順を示さなければなりません。

     

  6. イエス・キリストは神の独り子で、神ご自身によって創造された唯一の方です。

     

  7. イエスは神の創造物の初めなので、人間として胎内に宿され誕生する前には天で生きておられました。

     

  8. イエスはみ父を唯一まことの神として崇拝しておられます。イエスが神と同等であると主張したことは一度もありません。

     

  9. イエスは人類のための贖いとしてご自分の完全な人間の命をお与えになりました。イエスの犠牲は、その犠牲に本当に信仰を働かせる人々がみな永遠の命を得ることを可能にします。

     

  10. イエスは死人の中から不滅の霊者としてよみがえらされました。

     

  11. イエスは戻られ、(王として地に注意をむけられ)、現在は栄光に満ちた霊者として臨在しておられます。

     

  12. サタンは目に見えない「この世の支配者」です。

     

  13. この者は元々神の完全な子でしたが、うぬぼれの気持ちが心の中で大きくなるのを許して、エホバだけのものである崇拝を切望したため、神に聴き従うよりも自分に従うようアダムとエバをそそのかしました。こうして、その者は自らを「敵対者」という意味のサタンとしました。

     

  14. サタンは「人の住む全地を惑わして」おり、この終わりの時に苦しみが増えている責任はサタンと悪霊たちにあります。

     

  15. サタンと配下の悪霊たちは神の定めの時に永久に滅ぼされます。

     

  16. キリストが支配する神の王国は、人間のすべての政府に取って代わり、全人類を治める唯一の政府になります。

     

  17. 現在の邪悪な事物の体制は完全に滅ぼされます。

     

  18. 神の王国は義による支配を行ない、その臣民に本当の平和をもたらします。

     

  19. 邪悪な人々は永久に断ち滅ぼされ、エホバを崇拝する人々はいつまでも続く安全を楽しみます。

     

  20. わたしたちは今、1914年以来、この邪悪な世の「終わりの時」に生きています。その後に邪悪な体制と不敬虔な人々の終わりが来ます。

     

  21. この期間に、あらゆる国民に対する証しが行われています。その後に、地球の終わりではなく、邪悪な体制と不敬虔な人々の終わりが来ます。

     

  22. 命に至る道は一つしかありません。すべての宗教や宗教的慣行が神に是認されているわけではありません。

     

  23. 真の崇拝は、儀式や外見ではなく、神に対する純粋な愛を強調します。その愛は、神のおきてに対する従順と仲間の人間に対する愛に表われます

     

  24. どの国や人種や言語グループの人でも、エホバに仕え、エホバの是認を得ることができます。

     

  25. 祈りはイエスを通してエホバだけにささげられます。像は信仰の対象としてであれ、崇拝する時の助けとしてあれ使うべきではありません。

     

  26. 心霊術にかかわる習慣は避けなければなりません。

     

  27. 真のクリスチャンの間には僧職者と平信徒の区別はありません。

     

  28. 救いを得るために毎週の安息日を守ることや、モーセの律法の他の要求に従うことは、真のキリスト教の中に含まれていません。そのようにすれば、律法を成就されたキリストを否定することになります。

     

  29. 真の崇拝を実践する人々は信仰合同を行ないません。

     

  30. 本当にイエスの弟子である人は皆、水中に完全に浸されることにより、バプテスマを受けます。

     

  31. イエスの模範に倣い、イエスのおきてに従う人は皆、神の王国について他の人に証言します。

     

  32. 死は、アダムから罪を受け継いだ結果です。

     

  33. 死の際には魂そのものが死にます。

     

  34. 死者には意識がありません。

     

  35. 地獄(シェオル、ハデス)は人類共通の墓です。

     

  36. 矯正不能なほど邪悪な人々が送り込まれる『火の湖』は聖書そのものが述べているように、「第二の死」、つまり永遠の死を意味します。

     

  37. 復活は、死者と、愛する人を亡くした人々のための希望です。

     

  38. アダムの罪に起因する死はもはやなくなります。

     

  39. 「小さな群れ」、つまり14万4,000人だけが天に行きます。彼らは王国でキリストと共に王として支配するために、神によってあらゆる民や国民の中から選ばれます。

     

  40. 彼らは神の霊的な子として『再び生まれた』人々です。

     

  41. 彼らは王国でキリストと共に王として支配するために、神によってあらゆる民や国民の中から選ばれます。

     

  42. 神の是認を得るほかの人々は地上で永遠に行きます。地球全体が楽園になり、すべての人が楽しめるように快適な家と十分な食物が備えられます。

     

  43. 病気やあらゆる種類の障害に加え、死そのものも過去のものとなります。

     

  44. 世俗の権威には、しかるべき敬意をもって接するべきです。

     

  45. 真のクリスチャンは、政府の権威に対する反抗に加わりません。

     

  46. 真のクリスチャンは、神の律法に反しない法律にはすべて従いますが、優先されるのは神への従順です。イエスに倣い、世の政治問題に関して中立を保ちます。

     

  47. 真のクリスチャンはイエスに倣い、世の政治問題に関して中立を保ちます。

     

  48. クリスチャンは血と性道徳に関する聖書の基準に従わなければなりません。

     

  49. 口や静脈から体内に血を取り入れることは、神の律法に違反しています。

     

  50. クリスチャンは道徳面で清くなければなりません。淫行、姦淫、同性愛、さらには酩酊や薬物の乱用がクリスチャンの生活に入り込んではなりません。

     

  51. 個人として結婚生活や家庭生活に伴う責任を誠実かつ忠実に果たすのはクリスチャンにとって大切なことです。

     

  52. クリスチャンでありながら、不正直な話や不正な取引、さらには偽善的な振る舞いをすることはできません。

     

  53. エホバに受け入れられる崇拝をささげ、ほかの何よりもエホバを愛することが必要です。

     

  54. エホバのご意志を行ってエホバのみ名に誉れをもたらすのは、真のクリスチャンの生活の中で最も大切な事柄です。

     

  55. クリスチャンはすべての人にできるだけ良いことを行いますが、神に仕える仲間の僕たちに対して特別の責任があることを認めています。それで、病気や災害の時の援助はおもに仲間の人たちに向けられます。

     

  56. 真のクリスチャンは世のものではないので、世の霊にあずかるとみなされるような活動に加わることをさけます。

              (『エホバの証人 神の王国をふれ告げる人々』1993年144頁)

     

 最も最近では、ものみの塔誌1996年9月15日号の5頁に「エホバの証人の信じている事柄」と題した一覧表が載っている。それには次の25項目が代表的なものとして挙げられている。

 


  1. 神のお名前はエホバである

     

  2. 聖書は神の言葉である

     

  3. イエス・キリストは神のみ子である

     

  4. 人間は進化したのではなく創造された

     

  5. 人類の死の原因は最初の人間の罪である

     

  6. 魂は死ぬ時に消滅する

     

  7. 地獄は人類の共通の墓である

     

  8. 復活は死者の希望である

     

  9. キリストは、従順な人類のための贖いとして、ご自分の地上での命を与えた

     

  10. 祈りはキリストを通してエホバにのみささげられるべきである

     

  11. 道徳に関する聖書の律法に従わなければならない

     

  12. 崇拝において像を使用してはならない

     

  13. 心霊術を避けなければならない

     

  14. 血を人の体内に取り入れてはならない

     

  15. イエスの真の追随者は世から離れていなければならない

     

  16. クリスチャンは証しをし、良いたよりを宣明する

     

  17. 水に完全に浸かるバプテスマは神への献身の象徴である

     

  18. 宗教的な称号は非聖書的である

     

  19. わたしたちは「終わりの時」に生活している

     

  20. キリストの臨在は目に見えない

     

  21. サタンはこの世の、目に見えない支配者である

     

  22. 神は現在の邪悪な事物の体制を滅ぼす

     

  23. キリストの治める神の王国は義をもって地を支配する

     

  24. 「小さな群」は天でキリストと共に支配する

     

  25. 神が是認される他の人たちは、パラダイスの地球でとこしえの命を受ける

          (ものみの塔1996年9月15日号5頁)

     

 以上、3つの異なる時点で発行されたエホバの証人の信じる事柄の代表的なものの一覧を見て来たが、これらには少しずつではあるが、はっきりした違いが見 られる。先ず、1986年の記事では『忠実で思慮深い奴隷』の教義が中核となっており、『忠実で思慮深い奴隷』、すなわちものみの塔協会最高機関である統 治体がイエス・キリストに次ぐエホバの証人の指導者として前面にだされているが、1993年、1996年の記事には不思議と出て来ない。また1986年、 1993年の記事には14万4千人と1914年という、エホバの証人の教義の中核となる数字が出されているが、1996年にはこれらの数字は述べられてい ない。少しずつ強調点が変遷している様子が見られる。

 続く第二部では、これらのエホバの証人の教義を歴史的な観点から解説する。

1)はじめに

エホバの証人の宗教は、その出版物が頻回に述べているように、「光が増す」ことにより、漸進的に変化していく宗教である。現時点でこの宗教にどのような変 化が起こりつつあるかを分析することは、一般的に言って、現代史を書くことの困難さと同じ難しさを持っている。現在の動きの本当の歴史的意義は、今後十年 以上たってから、この時期を歴史的に振り返って初めて分かることであろう。細かな動きの積み重ねが、より大きな動きとなるわけだが、それぞれの時点ではそ の大きな動きを読みとることは非常に困難である。ここでは、この困難を承知の上で、筆者のものみの塔宗教の研究を元にした、1997年中期での現状分析と 今後の展望を解説したい。

2)指導体制の変化

1992年12月22日に第四代会長、フレデリック・フランズが99歳の高齢で死んだ後、12月30日に当時の副会長で当時72歳の、ミルトン・ヘ ンシェルが第五代会長として就任した。ヘンシェルも第三代目の生粋のエホバの証人として、ほとんどその一生をブルックリンの本部で過ごした一人であった。 このヘンシェルが、前会長のフランズと比べてどれだけ独自の路線を出すかが注目された。ヘンシェルは統治体の内部でも、保守的な路線を支持する傾向があっ たが、一方、ものみの塔の組織内部には、変更を加えなければならない多くの教義が待ってた。前統治体員レイモンド・フランズによれば、ヘンシェルは統治体 の中では常に保守的な投票パターンを示したが、皮肉なことに彼の就任時点でいくつかの教義の変更は必至の情勢であった。フレデリック・フランズの晩年か ら、ヘンシェル体制への移行期において、組織の指導部には大きな変化が起こっていたことがうかがえる。

その後の教義の変更の経緯と、非公式に入ってくるブルックリン指導部の内部情報をあわせると、古くなった組織にほとんど普遍的に存在する、保守派の 現状維持組と、進歩派の改革組との内部での複雑な力関係が浮き彫りになってきた。1992年4月15日の「ものみの塔」誌31頁によると、「援助者 (helpers)」と呼ばれる若手のエホバの証人が、統治体の重要な委員会に参加する新たな制度が作られた。これにより、高齢の統治体(当時の平均年齢 82歳)に若返りの空気を取り入れようとした意図がうかがえるが、結果的に見ると、この動きは、その後に来る幾つかの組織の柔軟化路線をもたらしたと考え られるであろう。次にそのような新路線の幾つかを解説してみたい。

3)繰り返される教義の変更

 

高等教育の解禁

この新路線は、実は1992年11月1日のものみの塔に発表されており、従ってフランズ会長の死と直接の関係はないが、その後に続く柔軟化路線の先 駆けとして注目される変更だった。協会はそれまで、教育は職業訓練を主として行うべきで、最低限の職業に就けるだけの能力を習得した後ではそれ以上の高等 教育は必要ない、としてきた。これは間近に迫ったハルマゲドンの前には、気長な大学教育や出世などは無意味であり、むしろ「残されたわずかの時間」を伝道 活動に集中させるためであった。しかし、ハルマゲドンの到来が遠のくにつれ、これらの最低限の技能しか持たないエホバの証人の長期的な生活の支えが深刻な 問題になって来た。これに加えて多くの国で、社会経済体制の複雑化により、より高度の教育を受けた労働力が要求され、それまでのエホバの証人の低教育レベ ルでは、社会的地位がますます下落する一方であった。

1992年11月1日の「ものみの塔」誌19頁は「‥‥特別な教育の是非に関して厳密な規則を設けるべきではありません」、「‥‥高校卒業後の勉強 を取るか取らないかを決定する時、会衆内の他の人たちは彼らを批判すべきではありません」と述べている。この表現の裏には、それまでは高等教育を受けるこ とはほぼタブーとする雰囲気があり、高等教育を受ける数少ない人々は会衆内で批判されていたことを如実に物語っており、これは元証人たちの証言からも明ら かだった。変化する社会の要請に駆られて打ち出されたこの新たな方針は、その後、かなりの波及効果を示している。エホバの証人として高等教育を受ける者た ちは、高等教育の根幹である幅広い知識と経験とを習得する必要性と、エホバの証人として守らねばならない情報制限との狭間に立ち、悩みつつも新たな境地を 発見した人も少なくない。

日本のエホバの証人の社会では、しかし今でも四年制大学で学問を目的として進学するエホバの証人はほとんどいないようで、せいぜい短大や高専での職業教育がまだ主流のようである。

「裁きの日」の変更

ものみの塔のそれまでの教義では、イエスは1914年に見えない形で王として再臨し、忠実なエホバの証人である「羊」と、エホバの証人の言葉を受け 入れずにそれに逆らった「やぎ」とを分ける仕事を始めたことになっていた。これはマタイ25:31-33のたとえ話に基づいている。この教義は、端的に 「あなたは地上で永遠に生きられます」の本の183頁に次のように書かれている。

キリストは戻られて天の王座に座しておられますから、全人類は裁きを受けています。この現代の「裁きの日」は1000 年の裁きの日が始まる前に来ます。現代の裁きの期間中に人々は、「やぎ」としてキリストの左側に、あるいは「羊」としてキリストの右側に分けられます。 「やぎ」は、神への奉仕に携わるキリストの油そそがれた「兄弟たち」を助けようとしなかったために、滅ぼされます。時がたつうちにそれらの「やぎ」は悔い 改めない罪人、邪悪な者、不義を行なうことに凝り固まっている者であることを示します。一方「羊」は、あらゆる面でキリストの「兄弟たち」を支持するため に、王国の支配下で命を与えられます。-マタイ25:31-46。

しかし、この教義は1995年10月15日の「ものみの塔」誌の二つの長い記事により、変更された。元々この教義はたとえ話を自分たちの現在に当て はめたものであるら、たとえ話が何をさしていたかを変更すれば新しい教義は簡単に作成できるわけで、この二つの記事は長々と、いかに新しい解釈が古い解釈 よりよいかを説いてる。そして、これらの記事の結論は次のように要約されている。

たとえ話は、これまで長年理解されてきたように、イエスが1914年に王座を執って座られた時にあてはまるのでしょう か。‥‥このたとえ話は、人の子が栄光のうちに到来する将来のことを示しています。‥‥ですからこうして考えてみると、マタイ25章31節で言われてい る、イエスが裁きのために『自分の栄光の座に座る』のは、この強力な王が諸国民に裁きを宣告して執行するために座る将来のことである、ということになりま す。羊とやぎのたとえ話をこのように理解すると、羊とやぎに対する裁きが行われるのは将来のことであるという点がおのずと明らかになります。その裁きは、 マタイ24章29節と30節で言及されている「患難」が突如始まり、人の子が『その栄光のうちに到来した』後に行われることになります。(「ものみの塔」 誌1995年10月15日22-23頁)

では、羊とやぎのたとえ話に関するこの新鮮な理解は、わたしたちにとってどんな意味があるのでしょうか。確かに、人々は今すでにどちらかの側につ いています。『滅びに至る広い道』にいる人もいれば、『命に至る狭められた道』を歩み続けようと努力している人もいます。(マタイ7:13,14)しか し、このたとえ話の中で描かれている羊とやぎにイエスが最終的な判決を下す時はまだ先のことです。(「ものみの塔」誌1995年10月15日27頁)

これらの長々と続くたとえ話の解釈の、「新鮮な」理解を要約してみると次のようになる。

  1. それまでは協会は、イエスが1914年に見えない形で再臨し、王座につき、「羊」と「やぎ」とを分ける裁きの仕事を始めた、と教えて来た。しか し、この新しいたとえ話の解釈では、イエスは確かに1914年に王として再臨したが、「イエスが裁きのために『自分の栄光の座に座る』のは」別のことで、 これはまだ起こっていない将来のことである、と変更した。

     

  2. 従って、それまでのエホバの証人が1914年以来行ってきた家から家への伝道活動は、それまで教えられていたように、イエスが 「羊」と「やぎ」とに仕分けする裁きの仕事を実際にやっていたのではなく、「人々の間に分離を生じさせる音信をふれ告げる」ことをやっていることに変更さ れた。

それまでエホバの証人は、よく家から家への訪問で、積極的に話を聞いて研究に参加する稀な人を見つけると、「羊を見つけた」と喜んでいたが、この新 しい教義では、この証人は「羊になる可能性のある人を見つけた」としか言えなくなった。なぜなら、今「羊」のように見える人が将来に先延ばしされた「裁き の日」には「やぎ」になる可能性があり、逆に今「やぎ」のようにエホバの証人に逆らっている人が「裁きの日」には「羊」となる可能性があるからだ。この教 義の変更は、この「ものみの塔」誌の次の号で発表された「1914年の世代」の解釈の変更と共に、エホバの証人の教義の歴史の中で、大きな転換期を記すこ とになった。

「1914年を見た世代」の預言の変更

1914年のキリストの見えない臨在による「終わりの日」の開始と、1914年にその「終わりの日」の開始を目撃した世代(マタイ24:34)が終 わらないうちに、世の終わりであるハルマゲドンが到来する、というのはエホバの証人の教義の中核となる預言であった。しかし、1914年から年数が経つに つれ、ものみの塔協会は自らが設定した「締め切り」を変更して、ハルマゲドンの預言を遅らせる必要に迫られてきた。この問題点は、1970年当時の統治体 ですでに取り上げられていたことが、当時の統治体員のレイモンド・フランズの証言で明らかにされており、その後もこの教義の変更は時間の問題と見られてい た。レイモンド・フランズの時代に比べ、この「1914年の出来事を見た世代」はますます高齢化し、残りわずかになっていたからである。

1995年11月1日の「ものみの塔」誌はそれまでのマタイ24:34の「世代」が1914年の「終わりの日」の開始を目撃した世代であるという教 義を全く変更し、「イエスの用いた「世代」という表現は、時を計るための定規というよりはむしろ、歴史上のある時期に住み、他と異なる一定の特徴を供えた 同時代の人々をおもに指しています」(17頁)とした。更に19頁では、「そのようなわけで、今日イエスの預言の最終的な成就において、「この世代」と は、キリストの臨在のしるしを見ながらも自分たちの道を改めない、地のもろもろの民のことであると考えられます」と新たな全く異なる定義を発表した。これ は、つまりエホバの証人の警告を聞かない反対者、無関心者一般を指すことになり、このような人は常にこれからも存在し続けることは確実だから、こうすれば 「この世代」は恐らく永遠に過ぎ去ることはないことになるだろう。ここに最後まで残されていたハルマゲドンの「締め切り日」が撤廃されることになった。こ の教義の変更は、1995年12月18日号のニューズウィーク誌にも取り上げられるほどの大きな路線変更であり、エホバの証人の一部に大きな動揺を与えた が、大部分の証人は他の「新しい光」と呼ばれる教義の変更と動揺、ただ批判することもなく鵜呑みにこれを受けいれたようである。

これらの1995年秋に発表された「裁きの日」と「この世代」の解釈の変更は、それまでの、ハルマゲドンは今すぐにでも訪れるという、せっぱ詰まっ た緊張感に支配されたエホバの証人の刹那的生き方に、少しずつだが大きな変化を与えてきた。エホバの証人は、もっとゆったりと自分たちの将来について計画 を立てることが出来るようになった反面、それまでの緊迫感の故に正当化されていたカルト的な習慣を少しずつ変えて、より常識的な生活態度を取らざるを得な くなってきた。人々は、不便でも不条理でも苦痛でも、すぐに終わりが来ると教えられていれば、何とか堪え忍べるもので、従ってカルトの不条理な行動もその 緊急性のために、信者にとって受け入れられるのだった。しかし、このカルト特有の緊迫感が少しずつ取り除かれると、カルトとしての信者へのコントロールは 次第にその力を失わざるを得なくなるのは自然の成り行きなのであろう。

カルト色払拭の努力

1990年代の「ものみの塔」誌や「目ざめよ」誌の記事には、「ものみの塔」誌1994年2月15日号の特集記事に代表されるように、かなりの部分 がエホバの証人はカルトであるという評判を一掃しようとする努力が見られる。それまでのパリサイ人まがいの戒律主義から、多くの事柄に「平衡の取れた見方 を保ちながら、良心で決断する」という柔軟性を強調する姿勢が打ち出されてきた。それらは、決してそれまでの戒律主義、たとえば誕生日は絶対に祝わない、 クリスマスはやらない、などの規則を覆すものではなかったが、「否定形」の教えを前面に出すことが抑えられ、より建設的な姿勢を印象づけようとする努力は 随所に見られるようになった。

研究プログラムの変更

上に述べた、1995年に発表された基本的な教義の変更に伴い、それまで家庭聖書研究の教科書として使用されていた「あなたは地上で永遠に生きられ ます」の本は、「古い真理」となり、使用できなくなった。1996年からは、新たなより縮小された教科書「知識」がこれに代わって使用されるようになっ た。教科書の縮小化に伴い、家庭聖書研究もより「促成栽培」的な信者の獲得を目指すようになって来また。それまでの何年もにわたってだらだらと家庭聖書研 究を続ける習慣は止めることが勧められ、むしろ研究を早期に終了して研究生を集会や奉仕にかり出すことに強調点が置かれるようになった。(「ものみの塔」 誌1996年1月15日)この変化はまた、旧共産圏の爆発的な信者の増加に対し、早急に対応できるよう、研究プログラムを短縮し、教科書を短時間で翻訳で きる短いものにする必要性に対応したものでもあった。

非戦闘代替勤務の解禁

エホバの証人は歴史的に見て一貫して徴兵拒否を貫いてきたが、多くの国で良心的兵役拒否者に対して与えられた非戦闘代替勤務を受け入れるか否かに関 しては、ものみの塔はその教義を二転三転させてきた。ラッセルとラザフォードの指導体制の一部の時期においては、兵役に代わるものとして病院や建設作業で の勤務は許されることと指導されていた。しかし、第二次世界大戦の頃から、この教義は一転し、エホバの証人は兵役だけでなく、その代わりとなる非戦闘勤務 も拒否しなければならなくなった。この教義は第二次世界大戦後も連綿と続き、徴兵制のある多くの国で、エホバの証人の多くの青年男子が数年間の懲役を言い 渡され、刑務所で貴重な人生の一部を過ごすことを強いられたのだった。一方もし青年が代替勤務を受け入れた場合、その青年は即刻、会衆から断絶処分を受け たのであった。これらの青年は、エホバに逆らったものというレッテルと共に一生を罪の意識に苛まれて村八分の人生を送るか、数年を刑務所で過ごすかの過酷 な板挟みにさらされたのだった。

他の良心的兵役拒否を行う宗教団体の中でも、この代替勤務をも拒否するという教義はエホバの証人に特有のものであり、この特有の教義の故に、世界的 に年間何千人に登る服役中のエホバの証人の若者のことを考えると、この教義の変更は必至と見られていた。現に1977年には、これが統治体の議題に登り、 過半数の統治体員がこの問題は個人の良心で決めるべき問題であると投票したが、議決に必要な三分の二に達せず、現状維持が決められたことが、当時の統治体 員であったレイモンド・フランズの証言で知られている。

1996年5月1日の「ものみの塔」誌20頁には、この懸案の教義が約20年を経て、そして恐らく何万人の若いエホバの証人の刑務所服役を経て、ついに静かに変更され、ラッセル当時の聖書解釈に戻ったことを示している。

クリスチャンがそのような問いに正直に答えて、国家に対するその一般市民奉仕[筆者注:すなわち非戦闘代替勤務のこと] は権威に従順を示して行うことのできる「良い業」であると結論するならどうでしょうか。それはその人のエホバのみ前での決定です。任命された長老も他の人 たちも、その兄弟の良心を十分に尊重し、その人を引き続き良い立場にあるクリスチャンとみなすべきです。

しかしこの記事には、過去何十年間という間に数年間を刑務所で過ごした何万人ものエホバの証人青年男子に対する謝罪や思いやりの言葉もなければ、一 言の言及すらなく、これらの若者はそのまま闇に葬り去られたのだった。恐らく日本のように徴兵制のない国では、このようなエホバの証人の青年男子が何万人 もいたという事実などは、全く知らされていないであろう。このような国では、一般のエホバの証人はこの矛盾に満ちた悲劇的な教義に関して、つんぼさじきに 置かれているのである。

今後予想される教義の変更

エホバの証人の教義の多くが、年代計算に基づいた預言に基づいているため、多くの教義が時間の経過とともに変更されない限り、全く無意味なものと なってしまう可能性がある。現在、誰の目にも明らかな次の変更課題は14万4千人の「油塗られたもの」の教義であろう。エホバの証人の教義によれば、これ らの特別級のエホバの証人は、1914年以来、地上で死ぬと直ちに天に取り上げられており、ハルマゲドンの時には一斉に天に行くことになっている。従って ハルマゲドンはこれらの人々が地上で死に絶える前に来なければならない。しかし、奇妙なことに、ものみの塔協会自体の統計が、この「油塗られたもの」の数 がこの十年間というもの、ほとんど変化していないことを示している。一方、現在でもものみの塔協会が継続して使っているもう一つの教義では、新たな「油塗 られたもの」あるいは「天的級」の証人は1923年を最後に増えないことになっている。従って、時々この数が増加したりするのは非常に奇妙な現象とな る。(これに対する協会の説明は、すでに「油塗られたもの」であった人がそれまで気がつかず、後になって自分がそうだと分かった場合があること、宗教の自 由の無かった国々では1923年以来、自分が油塗られたものであることを表明する機会がなく、それが現在になって数として一時的に増える原因となってい る、などという苦しいものだった。)

この「油塗られたもの」の教義と表裏一体になっているものが「大群衆」、すなわちその他大勢のエホバの証人に関する預言の教義で、この二つの教義 は、この数年のうちに大きな変更が加えられざるを得なくなっている。また1914年という年も、最近の教義変更でも、イエスの再臨の年として再確認された が、教義全体の体系を考えると、そういつまでも長続きできるものではないであろう。そしてこの1914年の教義と密接につながっていて、現在の指導部に絶 対的な権威を与えている「忠実で思慮深い奴隷」の教義もそれに伴って変えられなければならない。これら一連の関連した教義、「油塗られたもの」、「大群 衆」、「1914年」、「忠実で思慮深い奴隷」はこの数年から十年位の間に次々と変更される可能性を秘めている。もしかしたら1995年にもたらされた 「裁きの日」と「この世代」の教義の変更は、次に来る大きな教義の変更の伏線と考えられるのかもしれない。

血の教義が変更されるかどうかは、非常に予想が困難と言える。現時点では、一握りのエホバの証人の指導部にいる人々を中心として、血の教義を中心に した内部改革の動きが大分表面化してきたが、一方、現在の指導部の主流は、この輸血拒否の教えを現状維持のまま乗り切ろうという意図を示してる。彼らがそ の命運を賭けているのが、無輸血手術の進歩、代替血液や、その他の人工的な手段や製剤により、近い将来に輸血の必要がなくなることである。ものみの塔の血 に関する記事を読むと、ブルックリン指導部はこの輸血が無用になる日の来るのを必死で祈っているかのように見える。彼らの、無輸血手術の技術進歩に対する 支援と、異様なまでの熱心な報道はその本音をよく物語っている。このような現状では、血の教義が変更されるかどうかは非常に予想が困難といえる。

4)ものみの塔協会の内部での変化

協会の資金ぐり

ものみの塔協会は、ニューヨーク・マンハッタンの向こう岸にあるブルックリンに広大な一等地と数多くのビルと工場を所有し、その不動産だけで200 万ドル(約230億円)以上の価値があると言われる。その他、農場、研修教育施設、工場などとして使われているパターソン、ウォールキル、など四カ所の ニューヨーク周辺の広大な土地、世界各地の王国会館、支部の建物と土地などをあわせると、その資産の額は膨大なものとなる。本部の対岸のマンハッタン、 ウォール・ストリートでは、ものみの塔協会による金融資産の莫大な投資が、よく知られている。最近の順調なアメリカの株価の伸びは、協会にとっては最も祝 福すべき現象なのかも知れない。しかも、組織の運営は大部分が証人の無料奉仕か、最低の報酬での労働から成り立っているから、莫大な資産と異常に低価格な 運営費を背景にした財政的な安定はこの組織の特色となってきた。

しかし、この巨大で裕福な組織も、その潤沢な財源の確保には苦労が見らる。1980年代のテレビによる福音伝道団体の腐敗に端を発し、アメリカでは 非課税非営利を称する宗教団体への課税の見直しが叫ばれるようになってきた。その結果、ものみの塔協会の膨大な資産は誰の目にもとまらない訳にはいかな い。協会はこの動きをいち早く察知し、1990年以降、その膨大な数の雑誌や書籍を「売る」ことを止めた。現在少なくともアメリカでは、協会はこれらの文 書を「無料」で配布し、その代わりにそれに相当する金額の「寄付」を「世界的な聖書教育の仕事のため」と称して勧めている。つまり、収入源の名目を「売り 上げ」から「寄付」に変えることにより、税制が変更になっても収入に課税されないような手だてを打ったわけだが、収入はその後もほとんど変わっていないよ うである。その証拠に、例えば1996年11月の「王国宣教」では、どのような出版物を受け取るにはいくら位の寄付を出すべきかが、具体的な金額とともに 詳細に指示されている。つまりこの「寄付」という名目変更が巧妙な税金対策であり、実質的には出版物の販売が依然として重要な財源であることが示されてい る。

その他、大会における食事の支給の中止、書籍の簡素化による「質より量」への志向などはこの一連の動きと見られる。しかし、当面、この巨大な資産を抱える組織の財政に根本的な問題が起こることはないと思われ、協会の財政的な安定は揺るぎ無いものと考えられる。

世界的な勢力分布の変化

1990年代におけるエホバの証人の成長を特徴づけるのは、旧共産国における爆発的な増加と、アメリカ、ヨーロッパなどの先進国での伸び悩みあるい は実質的な減少傾向であろう。アフリカ、アジア、ラテンアメリカなどがこれらの間の中間的な存在と言える。協会はこの数年、その重点をこれらの「需要の多 い」地域に置き続ける方針と見られ、これらの国の言語を集中的に訓練された開拓奉仕者が、先進国のエホバの証人の中で大量に作られ、旧共産国へ送られつつ ある。1990年代の半ばは東ヨーロッパ、ロシアが主力であったが、今後はこれに加えて、香港の返還にともなう中国の宗教解禁をねらった、大量の中国大陸 への浸透に力点が置かれるようだ。一方、アメリカ、ヨーロッパの先進国では、組織による一方的な情報統制が崩れ去る結果、今後も低迷傾向は続くことが予想 される。

5)エホバの証人の社会の内部での変化

1990年代の協会の柔軟化路線に一致して、個々のエホバの証人の態度にも少しながら変化が見らる。1970年、80年代の「規則ずくめ」の信者の 生活は今でも多くの証人によって受け継がれてはいるが、一方、より自由な見方をする証人の数も増えつつある。最近の「期限付き預言」の撤廃による、生活の 余裕感とそれに伴うある程度の脱力感がかなり影響していると考えられるが、恐らくその最大の原動力となっているのが、一つは高等教育の解禁であり、もう一 つはインターネットに代表される新しい、効率的な情報交換の手段の発達であると考えられる。カルト宗教の大黒柱は、組織による情報の独占と信者に対する厳 密な情報コントロールであるが、上に述べた二つの最近の変化、高等教育とインターネット、は共にこのカルト宗教の大黒柱を根底から覆す可能性をはらんでい る。

そのような動きの目に見える形が、現在インターネットを中心に活動している「改革派」のエホバの証人の動きであろう。彼らの活動自体が、インター ネットなしには全く不可能であることを考えると、この動きはまさに1990年代後半のインターネットの発展の落とし子と言えるであろう。これらのエホバの 証人は、それぞれの会衆の中では、ごく普通のエホバの証人として振る舞っているが、インターネットの上では、自分の実名や所属を明らかにすることなく、自 由にものみの塔組織を批判し、その改革を求めている。インターネット上で無名のままで懲罰を恐れることなく、自由に意見の交換が出来るという、それまでに 無かった環境が、このような運動を可能にしたと言える。一部の改革派エホバの証人は、すでにブルックリン本部の内部で、統治体の「援助者」と呼ばれる若手 グループの間に浸透していると言われ、最近多く出版された柔軟路線の記事の幾つかには、彼らの意見が多く取り入れられている可能性が考えられる。

1997年7月22日の「目ざめよ」誌は、インターネットを特集した。この記事は、インターネットの使用に強い警告を発してはいるものの、決してこ れを「悪」と決めつけてエホバの証人の使用を禁じてはいない。この協会の態度は、今後ますます、エホバの証人の中の勇気ある一部の人々をインターネットに 進出させるであろう。改革派の動きは今後もインターネット上で活発に続き、その中の可成りのものが、自分たちの組織の根本的な誤りに気づき、改革から離脱 への道を辿ることが予想される。現に過去数年間だけでも、改革を志向したエホバの証人の指導的地位にある可成りの人たちが、組織を後にしているのである。

6)ものみの塔宗教の今後を占う

ものみの塔の組織は1990年代に入り、二つの大きく異なる路線を選ぶことが可能であった。一つはそれまでのフレデリック・フランズ会長時代の先鋭的カル ト色を更に強化し、エホバの証人を更なる組織の厳しい枠の中に囲い込むことであった。他の選択は、カルト色を出来るだけ取り去り、一般社会に少しずつとけ 込み、社会の中で拡大を計ろうとする方向である。1990年代の一連の組織の動きは、明らかに組織が前者の路線を弱め、後者の路線を強化しようとしている 意図が現れている。この動きは、それまでの組織の刹那的存在、つまり今にも訪れるハルマゲドンまで何とか存続すればいいという観点から脱却し、今後何十年 あるいはそれ以上、安定した世界的大宗教教団として存続していかなければならないという現実を、組織が認識し、より社会的に責任を持った組織に変わろうと している動きと見ることができるであろう。

今後、ものみの塔はどのような方向に向かうのだろうか。この点で、参考になるのが、二つの似たような宗教の歴史であろう。その一つはモルモン教、あ るいは末日聖徒イエス・キリスト教会である。その歴史を詳しく述べることはここでは控えるが、この宗教も創始者ジョセフ・スミスの時代のカルト的教えと習 慣を受け継ぎながら、現在では徐々に一般社会にとけ込もうとしている。例えば、一夫多妻の教義と習慣は、アメリカの法律の前に変更を強いられ、今ではモル モン教徒に一笑に付される「古い光」である。モルモンの教義は、ものみの塔と同様、聖書に基づいているように見えるが、その聖書解釈は大きく聖書から飛躍 し、聖書以外の文書が教義の大きな中心となる点、ソルトレークシティーの本部が巨大な教団を形成し、その下に世界中の信者が絶対服従するという体制、戒律 と行動を第一とする点、世界的に宗教的な未開地に宣教者を送り込み、伝道活動が義務とされている点、など、ものみの塔の宗教と非常に似た点が多くある。

しかしその反面、モルモン教徒は非常に安定した市民生活を送り、高等教育を受けて様々なこの社会の指導的職業にもつき、社会にとけ込もうとしてい る。信者の生活には、ものみの塔のようなハルマゲドンの期限に迫られたせっぱ詰まった様子はない。現代のモルモン教徒はむしろ、清廉潔白で道徳的に高度に 規制された生活様式を望む人々の集まりと化しているようである。これは、他の成立し切った既成の宗教に共通の特徴と言えるが、宗教は次第に信者社会の文化 と生活様式となり、それ以上の力は次第に弱まっていくのが歴史的な流れのようである。ちょうど日本の企業が工場を建設するにあたり、神主を呼んでお払いを してもらうことで安心感を得るが、決して真剣に神道の教義の是非まで気にしないのと同じように、安泰を保つ巨大宗教教団は、やがて信者の生活文化の一部と なり、信者は細かい教義の是非や歴史的経緯などを気にしなくなっていくのだ。ものみの塔宗教も、期限付きハルマゲドン預言や、非常識的、カルト的教義と規 則とを徐々に捨て去る過程を経て、やがて比較的無害な生活文化の一部になっていく可能性は高いと言える。

もう一つのものみの塔の今後を占うヒントを与えるのは、Worldwide Church of God の最近の歴史である。これは、ハーバート・アームストロングという人によって始められた聖書を使ったカルトで、ものみの塔宗教と非常に多くの共通点を持っ ている。ものみの塔と同じように、この世の終わりは今すぐにでも来ると教え、信者に「この世」から離れるように厳しい戒律を課し、情報統制をはかり、教団 は信者の生活をあらゆる面で規制していた。指導部はやはり、ものみの塔と似た巨大な本部をカリフォルニアに建設し、ものみの塔と同じ様な雑誌を通して、常 に変化する教えを恒常的に信者の間に浸透させていた。誕生日やクリスマスは異教の習慣だから祝ってはならないという教え、旧約聖書の食餌に関する禁令の厳 守、既存のキリスト教、カトリックやプロテスタントを最大限の悪口をもって糾弾する点なども、ものみの塔宗教と非常によく似ていた。

しかし、1986年、教祖のアームストロングが92歳で死んだ後は、この教団は大きな変化をとげた。ものみの塔と違って、集団指導体制が確立する前 に、カリスマ的教祖が死んだことが、後継者の弱体化を引き起こし、結局アームストロングの確立していた厳密な情報統制は崩れ去り、信者も後継指導者も、自 分たちのカルト的教義の内容を聖書に基づいて、詳しく検討する機会を与えられたようだ。その間、教団からは幾つかの小さな分派が離れていき、信者の数は一 時の四分の一にまで減少した。後継指導者自身が、1986年から1995年までの間に大きな宗教的変革をとげ、1996年に第三代の指導者に変わった時に は、創始者の始めたカルト的教義はほとんど全て捨て去られ、1997年にはなんと、十年前までは口を極めて糾弾していたプロテスタントの宗派の一つとし て、National Association of Evangelicals(全国福音連合)に加入したのだった。

しかし、この変化のために教団は多大の代償を払わなければならなかった。信者数の激減の他、ものみの塔誌に相当する雑誌の発行数は最盛期の15パーセントにまでに落ち込み、教団は財政危機に陥り、アームストロングの教えを様々な程度で引き継ぐ分派との軋轢は続いている。

ものみの塔宗教は、この Worldwide Church of God と似た運命を辿るであろうか。これは筆者の私見だが、ものみの塔が Worldwide Church of God と同じような変貌をとげるには、余りに長い歴史と確立された社会的な存在があり、これは起こりにくいことであると考えらる。むしろ、最近の路線変更の方向 性はモルモン教の軌跡と非常に似ており、ものみの塔が今後の長い歴史の中で、更にカルト色をぬぐい去り、モルモン教と似たような、清廉潔白で道徳的に高度 に規制された生活様式を望む人々の集まりとなって行く可能性が高いのではないかと考えられる。少なくともかなり確かなことは、エホバの証人の宗教はどのよ うな変貌をとげたとしても必ず存続し続けることであろう。信者の伸びは、いずれ世界中で現在のアメリカ・ヨーロッパ並みの微々としたものになるだろうが、 その反面、極めて安定した宗教勢力となるかも知れない。恐らく、ブルックリン本部の絶対的権威、大部分の戒律は存続するだろうが、それも余りに社会から見 て非常識にならないような配慮が配られ、それ以外ではエホバの証人はモルモン教徒と同様、一般社会人と大差が無くなっていくのではないであろうか。

しかしその前に、多くの教義の変更とそれに伴う内部の「ふるい分け」が繰り返されることであろう。教義の変更ごとに、エホバの証人の一部に間違いに 目ざめるグループが出て、情報の自由化とあいまってその一部は組織を後にするであろうが、その反面、組織がより常識的な路線を打ち出すにつれて、それに惹 かれて新たに信者になる者も増えるであろう。そして、多分これらの変化は相殺されていずれ信者の数は一定化するであろう。今までの統計をみると、特にキリ スト教の背景のある国々(アメリカ、ヨーロッパ)ではエホバの証人が人口200から300人に一人に近い密度になると、ほとんど例外なくそれ以上の伸びは 止まっている。これはどのような国でも、人口のある一部の割合の人々が常にこのような性格の宗教を必要としていることを示唆している。従って、たとえもの みの塔宗教が衰退したとしても、他の似たようなカルトがその真空を埋める形で出てくるのであろう。モルモン教とエホバの証人が、かなり似たような層の人々 に浸透しやすいという観察もこれを裏付けるものかも知れない。キリスト教の背景のない国々で、どの位のエホバの証人の数が平衡状態をもたらすかは予想がつ かない。対抗する既存の宗教の強さにもよるであろうが、日本の現在の約600人に一人の密度は、もしかしたらこの平衡点に近い数なのかもしれない。

7)終わりに

ここでは、1997年中期現在でのものみの塔宗教の現状分析と今後の予想を述べてみた。これはあくまで筆者個人の可能な限りでの、ある程度の根拠を 持った予想であるが、これはもちろん預言ではなく、多くの点が間違いに終わることが考えられる。今後、新たなものみの塔の動きに対応して、随時、加筆、変更をしていく予定である。