ただいま
帰ってきた。
石巻のボランティーア。
タランティーノ。
ちょっと落ち着いてから書きます。
動画もできたら作るつもり。
世界は変わった。
ほんとそう思う。
この写真。二日前の石巻の渡波。
今地球の地磁気が弱まって宇宙線がたくさんきてるんだって。
だからこんなオーロラみたいな虹がでる。
良くも悪くも、どんどん加速してくんだろうな。
その中で生きること。
今を生きること。
帰ってきて街中が節電で暗くて驚いた。
壊れたゴミばっかみてたから、家で普通に動く電子レンジに驚いた笑
たくさんの気付きがあった。
素敵な人もたくさんいた。
落ち着いたら書いてきます。
こっち戻ってきて気が抜けたのか疲れがどっと出た。
今日は久しぶりの布団でゆっくり寝るんじゃ
きっと自動で朝6時に起きるはず。
うふふ
おやすみなさい
石巻のボランティーア。
タランティーノ。
ちょっと落ち着いてから書きます。
動画もできたら作るつもり。
世界は変わった。
ほんとそう思う。
この写真。二日前の石巻の渡波。
今地球の地磁気が弱まって宇宙線がたくさんきてるんだって。
だからこんなオーロラみたいな虹がでる。
良くも悪くも、どんどん加速してくんだろうな。
その中で生きること。
今を生きること。
帰ってきて街中が節電で暗くて驚いた。
壊れたゴミばっかみてたから、家で普通に動く電子レンジに驚いた笑
たくさんの気付きがあった。
素敵な人もたくさんいた。
落ち着いたら書いてきます。
こっち戻ってきて気が抜けたのか疲れがどっと出た。
今日は久しぶりの布団でゆっくり寝るんじゃ

きっと自動で朝6時に起きるはず。
うふふ
おやすみなさい
石巻ボランティアレポ。渡場と女川
今日は初の現場。
瓦礫撤去、ドロだしの日。
朝6時起きで気合いいれて出発。
もちろんTシャツはフリースタイル。
渡場という街の支所にみんなで移動。
今いる田尻ってとこはけっこう被災したとこより遠い。
石巻までは一時間ちょい車でかかる。
正直そこまでの道のりは全然普通な道だった。全部が全部被災してるわけじゃあない。
しばらく走ってケバブの車が炊き出しをしている支所到着。
そっから三チームに別れて出発。
最初は一軒家の家。
周りはちょこちょこ崩れた家がちらほーら。
道はけっこうきれいだったけど、聞いたところによると、地震起きた直後はすごいありさまだったらしい。
んでドロかき。
細かいことはいいか。
おじいちゃんおばあちゃんが二人で暮らしてる家。
すごいありさまだった。家中嵐の後。
ぐっちゃぐちゃ。
なかにある荷物をフルスピードで外に出してなかにはいったドロを撤去。
あんなのじいちゃんばあちゃんにはできないよ。
その人達が優しくて。
食べていきなさい。飲んでいきなさいって。もらった物資をくれて。
自分たちはまたもらってくればいいからって。
なんかその優しさが、自分が生まれ育った家が潰れて、財産も失い、親しい人を失って、それを乗り越えようとしてる今あるんだって思ったら、泣けた。
掃除しながら半べそ。
でもだからこそ、本気で。
悲しがってちゃ、始まらないもの。
最後の握手、してよかった。
あの顔は、忘れられない。
津波の状況も聞いた。いまの現状も。
それでも生きてるだけでよかったねって言ってる姿に、胸をうたれた。
その後も荷物運びドロだし、渡場ってとこ周辺でやっていた。
途中のメシの時間に外でて海にいった。人がいない。
いる人は今も、家の周りを片付けてる。頑なに動かないという人も多いらしい。機能してない街でも、やっぱ生まれ育った場所は動きたくないもんなんだろうなあ。
周辺は本当に、すごい状況だった。
受け取り方は人によって様々。
世の中はほんとに、諸行無常。
最後に立ち寄った女川。
一番被害の多かった場所。
衝撃的だった。
今できることは、精一杯生きること。
やることはほんと、山ほどある。
家を取り壊すと決めている人も、荷物を出す必要がある、、場合もある。
それだけの為に、自衛隊は動かない。
一人一人の力で、今できること。
明日も一日、顔晴ります。
瓦礫撤去、ドロだしの日。
朝6時起きで気合いいれて出発。
もちろんTシャツはフリースタイル。
渡場という街の支所にみんなで移動。
今いる田尻ってとこはけっこう被災したとこより遠い。
石巻までは一時間ちょい車でかかる。
正直そこまでの道のりは全然普通な道だった。全部が全部被災してるわけじゃあない。
しばらく走ってケバブの車が炊き出しをしている支所到着。
そっから三チームに別れて出発。
最初は一軒家の家。
周りはちょこちょこ崩れた家がちらほーら。
道はけっこうきれいだったけど、聞いたところによると、地震起きた直後はすごいありさまだったらしい。
んでドロかき。
細かいことはいいか。
おじいちゃんおばあちゃんが二人で暮らしてる家。
すごいありさまだった。家中嵐の後。
ぐっちゃぐちゃ。
なかにある荷物をフルスピードで外に出してなかにはいったドロを撤去。
あんなのじいちゃんばあちゃんにはできないよ。
その人達が優しくて。
食べていきなさい。飲んでいきなさいって。もらった物資をくれて。
自分たちはまたもらってくればいいからって。
なんかその優しさが、自分が生まれ育った家が潰れて、財産も失い、親しい人を失って、それを乗り越えようとしてる今あるんだって思ったら、泣けた。
掃除しながら半べそ。
でもだからこそ、本気で。
悲しがってちゃ、始まらないもの。
最後の握手、してよかった。
あの顔は、忘れられない。
津波の状況も聞いた。いまの現状も。
それでも生きてるだけでよかったねって言ってる姿に、胸をうたれた。
その後も荷物運びドロだし、渡場ってとこ周辺でやっていた。
途中のメシの時間に外でて海にいった。人がいない。
いる人は今も、家の周りを片付けてる。頑なに動かないという人も多いらしい。機能してない街でも、やっぱ生まれ育った場所は動きたくないもんなんだろうなあ。
周辺は本当に、すごい状況だった。
受け取り方は人によって様々。
世の中はほんとに、諸行無常。
最後に立ち寄った女川。
一番被害の多かった場所。
衝撃的だった。
今できることは、精一杯生きること。
やることはほんと、山ほどある。
家を取り壊すと決めている人も、荷物を出す必要がある、、場合もある。
それだけの為に、自衛隊は動かない。
一人一人の力で、今できること。
明日も一日、顔晴ります。



















