化学反応
ケミストリー(CHEMISTRY)のライブ「FACE TO FACE」(フェイストゥーフェイス)に行きました。
実は生で彼らのパフォーマンスを観たのは2002年、ワールドカップの記念ライブ以来2回目です。
当時の彼らはASAYANのオーディションから出たデュオとして注目を浴び、一過性のブームを築いていました。
そして私も例に漏れることなく、そのような視点で彼らを見ていた一人でした。
私の予想では8年間も彼らが活動を続け、10年を目指すことが出来るアーティストになれるとは思っていませんでした。
(今となっては大変失礼ですが。)
今回彼らは5年ぶりの日本武道館でのコンサートだったそうですが、活動をその真髄を見られた気がします。
それは2人のコーラス。
化学反応とはよく言ったもので、それぞれがソロで
、2人で歌った時合わなそうな雰囲気を醸し出すものに感じられるのです。
しかし、実際は両者の声が溶け合い一つのメロディーを作り出していました。
多くの方に支援され長く活動をつづけられた理由がわかった気がしました。
一発屋だと思って、サングラスぶら下げ、胸に手を当ててカラオケしていた当時の私に代わり謝罪させていただきます。
一発で思い出しましたが、ASAYANのデビュー企画、ケミストリーじゃない方のネスミスなんたら組は今何をしているのでしょうか?
ブロガー宣言
ブログには約2年振りに復活します。以前とは別の名前で参加です。
よろしくお願いします。
私事ではありますが、この約2年の充電期間は非常に苦しい時間の連続でした。
粗末な小屋に住み、毎朝朝5時に起きて牛乳を運ぶことが私の仕事でした。
牛乳配達で生計を立て、毎日わずかな水とパンの切れ端だけで生きてきました。
今日と明日を切り繋いでいくだけギリギリの生活でした。
ですが、置かれた苦しい状況を自らの運命を天から与えられたものとして受け止め、
ひっそりと、そしてつつましく生きて参りました。
貧しくそして苦しいながらも、夢やら愛やら希望やらを必死に追い求めてきました。
2年に及ぶ壮絶な日々の記録を綴っていけたらよいと思います。
宜しくお願い致します。
よろしくお願いします。
私事ではありますが、この約2年の充電期間は非常に苦しい時間の連続でした。
粗末な小屋に住み、毎朝朝5時に起きて牛乳を運ぶことが私の仕事でした。
牛乳配達で生計を立て、毎日わずかな水とパンの切れ端だけで生きてきました。
今日と明日を切り繋いでいくだけギリギリの生活でした。
ですが、置かれた苦しい状況を自らの運命を天から与えられたものとして受け止め、
ひっそりと、そしてつつましく生きて参りました。
貧しくそして苦しいながらも、夢やら愛やら希望やらを必死に追い求めてきました。
2年に及ぶ壮絶な日々の記録を綴っていけたらよいと思います。
宜しくお願い致します。