きっかけ
たまたま気になる記事を見つけた。ドイツに住んでいる方のご家族がお城の改修工事で日本部屋の飾りを外したところ、日本語が書かれた紙を見つけたとのことだが読めなくて何なのかわからないとのこと。その紙の写真も載せられていた。
京都に詳しくなんかないのだが興味を引かれたので調べてみた。
その記事: 京都に詳しい方いらっしゃいますか?, July 20, 2022
AIに読ませてみる
miwo「みを」というAIくずし字認識アプリを見つけたので読ませてみた。
読ませたもの(問題の紙)は元記事で見てください。
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miwo結果
さて。
郷衣裳絵人形京四条通橋町る三兵
すごい。ちょっと。。。と思う所はあるがすごい。
誤読だと思う所を修正した。
「小」が読めていないので足した。
「橋」が正しいか誤りかわからないのでそのままにした。
「三兵」は違うと思うので「???」にした。
御衣裳繒人形 京四条通小橋町 ふぢや ??? (る)
では調査開始。
自分で調べる
御衣裳繒人形
「御衣裳繒人形」を検索するとぱっつん髪の子供の日本人形が出てきた。御衣裳繒人形とは衣裳人形の一種のようだ。
問題の紙は人形が入れられた箱の蓋に貼られていたか、箱の中の人形に被せられていたのだと思う。
正しい読み方はわからなかった。現代の感覚だとリズムが変な感じなので間違っていると思うけど次のように想像した。
お(ん) いしょう そう にんぎょう
御 衣裳 繒 人形
かなぁ。この分野は苦手だ。
京四条通小橋町
- 予備知識1
鴨川に架かる橋は○○大橋と呼ばれている。
鴨川の西を鴨川と並行して流れる高瀬川に架かる橋は○○小橋と呼ばれている。
- 予備知識2
四条大橋の西に四条小橋という場所が現在もある。大きな交差点に見えるが下に高瀬川が流れていて橋である。
- 予備知識3
衣裳人形が作られたのは江戸時代後期あたりからのようだ。
京都の四条通周辺の古い地図を探し回った結果、いくつかの地図を見つけた。
はっきりしたことはわからなかった。けれどそれっぽい場所はあった。
- 近代京都オーバーレイマップ
https://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/theater/html/ModernKyoto/
現在の地図に古い地図を重ねて見せてくれる。いろんな古い地図がある。
四条通り周辺を重点的に見ていく。大正11年mono(都市計画)【1922】以降の地図を表示させると四条大橋の西に四条小橋、橋本町がある。橋本町は小橋町の新しい町名のような気がする。
- 国際日本文化研究センター 所蔵地図データベース
https://lapis.nichibun.ac.jp/chizu/index_area.php?area=26kyoto
こちらは1枚ずつ普通に見ていくタイプ。かなり拡大できる。
同じく四条通り周辺を重点的に見ていく。
- 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ 地図でみる日本、世界
https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/classification/pickup-map
こちらも古い地図がたくさんある。1枚ずつ普通に見ていくタイプ。地域、年代で整理して欲しい。
同じく四条通り周辺を重点的に見ていく。崩し字が素敵だ。でも読めない。
- 京都市街全図(1914年・大正三年)
http://mksquare.sakura.ne.jp/magimg/coolum20/japan_kyoto_1914.jpg
北は左にあって、鴨川は左から右へ流れている。
四条大橋の近くに「四条小橋」という市電の停留場がある。
- 大正御即位記念地図(1:10,000)「京都近傍図」東北部(大正版)
https://homipage.cocolog-nifty.com/map/2021/01/post-002e3d.html
【図12】(左)大正版を見る。
https://homipage.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/blog_kyoto_10k12.jpg
四条大橋の左に「四条小橋」とある。
- 京大絵図(1686年刊)
https://rekilabo.com/kyotokochizu/
本院の2本左に小橋町らしき通りがある。問題の紙と似てる字だ。偶然か?
- 平安京オーバーレイマップ
https://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/theater/html/heian/
参考。
ふぢや
不明です。たぶん店名。
???
不明。
(る)
- 国際日本文化研究センター 所蔵地図データベース
https://lapis.nichibun.ac.jp/chizu/index_area.php?area=26kyoto
[京大繪圖 : 新撰増補] 京都府 1686
この頃の地図を見ると所々の交差点に丸で囲んだ(い)、(ろ)、(は)…と記されている。(い)の角、(ろ)の角というように現在で言う交差点名のような意味があるようだ。
地図は版画で刷られているらしく、1686年の地図と1696年の地図は変化がない所は全く同じ。
調査結果
わかりませんでした。
問題の紙は、御衣裳繒人形を入れた化粧箱に貼られて販売元を示していたものだと思う。
その店の名は「ふぢや」で四条大橋の近くの四条小橋、または(る)の角の辺りにあったのではないだろうか。
思い切り想像です。
結果としてわかりませんでしたが調査は楽しかったです。
おわり。
