「今からラブレターを書くのを手伝ってほしい」
と友人からのメール。
深夜のことである。
「諾」 と私は簡潔な返信を送った。
四半世紀生きてきて、こんなにオモシロオカシイことに出会えるとは。
これも大学時代、友人のレポートを飲み代替わりに片っ端から書いていたご褒美だろう。
おかあさん産んでくれてありがとう!的な喜びを噛み締めつつ、私は友の下宿先へバイクで駆け付けた。
友人はご丁寧にキムチ鍋を作って待っていた。冷えたビールと、傍らには碁盤と碁石。
今夜は徹夜になるのだろう、と私は悟った。
黙々と鍋を食べ終わり、ビールを飲みながら碁を打つ。
「で、文字数は?」
私はぱちりと石を打ちながら問うた。
「普通、相手がどこの誰か、とか訊くだろう?」
友人もぱちりとやりながら答える。
「いいのだ。そんなことは。何文字でてめえの愛を伝えたいかと訊いている」
「んー。1200文字?」
友人がくねくねしながら答える。
「小論文かよ。エクセルでも添付すんのか」
「じゃあ、400?」
「うむ。小学校の読書感想文くらいになった」
「こういうのってさ、どういう書きだしがいいのかね」
「まずは。握った弱みに付け込んで無理やりにでも付き合おう」
私は決然と言い放った。
「これ…脅迫文なのか?」
「『お願い』と『命令』と『脅迫』には、文法的な違いがないことが多い。私とお付き合いしてください。来週月曜13時の会議までに、私と付き合ってください。あなたが中学生時代書きためていたこのポエムをコピーしてばら撒かれたくなかったら、私と付き合ってくだ…」
「ラブレターで頼む」
「うむ。あなたの部屋を覗いたときから、ずっとあなたが好きでした。ぐへへ。とか」
「なにそれ、ちょーこわい」
「脅えている彼女の目の前にお前が現れて、守ってやればイチコロだろう。この恋文は、あえて無記名で彼女の部屋に投函すればいい」
「なんつうマッチポンプだ」
「手段なんざ選んでたら負け犬になるぞッ」
「あ、これ、死んでんじゃん」
私の一手で友人の大石が死んで、盤面は私の中押し勝ちとなった。
「ほら、言わんこっちゃない。早く彼女を脅しに行こうぜ。ハリー!ハリー!」
「落ち着け」
「はい」
碁石を片付けた我々は、酔いを醒ますために散歩に出ることにした。
火照った体に夜風が気持ちいい。
公園のベンチに座ると、友人が煙草に火をつける。
「そもそも女の子って、ラブレター貰って嬉しいもんなんだろうか」
友人は不安げに煙を吐いた。
「ここは女性の意見を聞くためにも女の子呼ぶか」
「イヤだよ。なんで旧ドリカム編成で俺のラブレター書かなきゃいけないの」
「多い方が楽しいじゃん」
「モーニング娘かよ」
「お前、それは今時AKBって言った方がいいぞ。時流的に。だいたいチャゲアス編成で書くのも、俺はどうかと思う」
「コブクロとかじゃなくてチャゲアス出てくるあたり、お前も変だ」
「今から~そいつを これから~そいつを 殴りに行こうか~♪」
突然の大声に向かいのアパートの何部屋かで灯りがついた。
「殴ってどうする。話戻していい?」
「うん」
「あんまり、洒落たこととか、書けないしなあ」
友人は白い溜息とともに地面に埋まるのではないかと言うほどうなだれた。
「伝えたい言葉は単純に表現するのがよい。お前が嫌いだ。今すぐ会いたい。このアバズレがくたばっちまえ。結婚してください。さっさとハゲろ。洒落た台詞なんか考えるから言いたいこともわからなくなるのだ。言葉は勇気だ。その勇気が未来を変える」
「そんなもんかしら」
「だから、脅しに行こうぜ!」
「二度としゃべれないカラダにしてやろうか」
「ごめんなさい」
「うーん。今度一緒に囲碁打ちませんか?っていうのはどう?」
仕方がないので、私は適当なことを言った。が、
「あれ、なんかそれいいね!」
と、友人はノリ気に。
「よし!決まりだ!筆持ってこい!文面は、簡潔に。貴殿との対局を申し込む。月曜一八〇〇、囲碁喫茶『樹林』に来られたし」
「これって、恋文っていうより、果たし状じゃね?」
恋文は、難しい。
山口
と友人からのメール。
深夜のことである。
「諾」 と私は簡潔な返信を送った。
四半世紀生きてきて、こんなにオモシロオカシイことに出会えるとは。
これも大学時代、友人のレポートを飲み代替わりに片っ端から書いていたご褒美だろう。
おかあさん産んでくれてありがとう!的な喜びを噛み締めつつ、私は友の下宿先へバイクで駆け付けた。
友人はご丁寧にキムチ鍋を作って待っていた。冷えたビールと、傍らには碁盤と碁石。
今夜は徹夜になるのだろう、と私は悟った。
黙々と鍋を食べ終わり、ビールを飲みながら碁を打つ。
「で、文字数は?」
私はぱちりと石を打ちながら問うた。
「普通、相手がどこの誰か、とか訊くだろう?」
友人もぱちりとやりながら答える。
「いいのだ。そんなことは。何文字でてめえの愛を伝えたいかと訊いている」
「んー。1200文字?」
友人がくねくねしながら答える。
「小論文かよ。エクセルでも添付すんのか」
「じゃあ、400?」
「うむ。小学校の読書感想文くらいになった」
「こういうのってさ、どういう書きだしがいいのかね」
「まずは。握った弱みに付け込んで無理やりにでも付き合おう」
私は決然と言い放った。
「これ…脅迫文なのか?」
「『お願い』と『命令』と『脅迫』には、文法的な違いがないことが多い。私とお付き合いしてください。来週月曜13時の会議までに、私と付き合ってください。あなたが中学生時代書きためていたこのポエムをコピーしてばら撒かれたくなかったら、私と付き合ってくだ…」
「ラブレターで頼む」
「うむ。あなたの部屋を覗いたときから、ずっとあなたが好きでした。ぐへへ。とか」
「なにそれ、ちょーこわい」
「脅えている彼女の目の前にお前が現れて、守ってやればイチコロだろう。この恋文は、あえて無記名で彼女の部屋に投函すればいい」
「なんつうマッチポンプだ」
「手段なんざ選んでたら負け犬になるぞッ」
「あ、これ、死んでんじゃん」
私の一手で友人の大石が死んで、盤面は私の中押し勝ちとなった。
「ほら、言わんこっちゃない。早く彼女を脅しに行こうぜ。ハリー!ハリー!」
「落ち着け」
「はい」
碁石を片付けた我々は、酔いを醒ますために散歩に出ることにした。
火照った体に夜風が気持ちいい。
公園のベンチに座ると、友人が煙草に火をつける。
「そもそも女の子って、ラブレター貰って嬉しいもんなんだろうか」
友人は不安げに煙を吐いた。
「ここは女性の意見を聞くためにも女の子呼ぶか」
「イヤだよ。なんで旧ドリカム編成で俺のラブレター書かなきゃいけないの」
「多い方が楽しいじゃん」
「モーニング娘かよ」
「お前、それは今時AKBって言った方がいいぞ。時流的に。だいたいチャゲアス編成で書くのも、俺はどうかと思う」
「コブクロとかじゃなくてチャゲアス出てくるあたり、お前も変だ」
「今から~そいつを これから~そいつを 殴りに行こうか~♪」
突然の大声に向かいのアパートの何部屋かで灯りがついた。
「殴ってどうする。話戻していい?」
「うん」
「あんまり、洒落たこととか、書けないしなあ」
友人は白い溜息とともに地面に埋まるのではないかと言うほどうなだれた。
「伝えたい言葉は単純に表現するのがよい。お前が嫌いだ。今すぐ会いたい。このアバズレがくたばっちまえ。結婚してください。さっさとハゲろ。洒落た台詞なんか考えるから言いたいこともわからなくなるのだ。言葉は勇気だ。その勇気が未来を変える」
「そんなもんかしら」
「だから、脅しに行こうぜ!」
「二度としゃべれないカラダにしてやろうか」
「ごめんなさい」
「うーん。今度一緒に囲碁打ちませんか?っていうのはどう?」
仕方がないので、私は適当なことを言った。が、
「あれ、なんかそれいいね!」
と、友人はノリ気に。
「よし!決まりだ!筆持ってこい!文面は、簡潔に。貴殿との対局を申し込む。月曜一八〇〇、囲碁喫茶『樹林』に来られたし」
「これって、恋文っていうより、果たし状じゃね?」
恋文は、難しい。
山口













