パーティーなんぞはしないが、
誕生日だから
好物を作ろうと用意していたら、
長男、出かけるって。
地元の友達がお祝いしてくれるそうで、
パブに出かけたわ。
次男も居ないし、
スコティッシュ夫も出張中。
出鼻をくじかれて、
一人で飲んでます。
遠い昔の自分に乾杯。
右も左も分からない異国の地で
お産に向き合った。
検診で、まだ予定日までは二週間もあるのに
首に臍の緒が巻き付いているから、
即、入院、翌日に
帝王切開で出産しますと言われた。
びっくりした。
慌てて入院。
手術はしたものの、
高熱が出て
産後は朦朧。
息子を抱くどころか
ICUで一晩過ごしました。
夢うつつの状態の中で
主治医がやってきて、
お腹を開けたら腫瘍があった、
ラボに回したらグレーの結果だったよ、と
告げられた。
そんなの知るか!
その時は知るよしもなかったが、
その後もグレーな腫瘍には付き纏われ
苦労しました。
ようやくオンコロジー通いも終わり、
オールクリアを貰った後に
グレーな腫瘍が戻って来た時は
流石に凹んだわ。
ええい、邪魔よ!
後腐れなく全部まとめて切ってしまえ、と
子宮全摘出手術しました。
まあ、それは全て後のはなし。
初産の話に戻ると、
翌日、大部屋に移動したものの、
銀ラメのアイシャドウをした看護婦さんに
サァ、シャワーに行きましょう、と
軽く言われたので
立ち上がったら、あまりの痛みに
瀕死状態になりました😅
でも、この頃は
まだウブだったので
痛み止めにモルヒネを処方されたら
ビビってしまって使えなかった。
お産は病気じゃないし、
と我慢した私😅
大和撫子は痛みに耐えます!
若かったね〜。
いや、帝王切開は
メジャーな手術ですよ。
開腹手術は
当たり前に痛いです。
三人目の手術の頃には、
もうモルヒネでも何でも
プリーズ、プリーズ💕
双手を上げて大歓迎👍
そんな修羅場で格闘しているのに、
お見舞いに来た義妹は
息子のことを「早産で未熟児だ」と
抜かしおった。
38週、体重は3000gです。
早産でも未熟児でも無いよ?
健康児です。
子供を産んだこともないくせに、
半端な知識で
えらそうに未熟児、未熟児と言う。
だったら何?
何が言いたい?
そういやスコティッシュ夫は
この時もDIY、やってたわ。
バスルームをリフォームしていて、
私が退院するまでに
完成させなきゃと
ろくにお見舞いにもこなかったね。
一番嬉しかったのは、
駐在員妻のお友達。
皆さまがお見舞いに日本の雑誌や
手作りの日本食を
差し入れしてくれました。
あの時の梅干し入りおにぎりの
美味しさは一生忘れません!
夜にベッドの周りのカーテンを
閉め切って、
ゆっくり食べたおにぎり。
一口齧ったら
涙が出てきました。
不味い病院食は言うに及ばす、
検診、入院、手術のたたみかけるようなスピード。
出産という大きな経験。
周りは英語。
全てアウェー。
日本の家族に電話する機会すらなく、
いつ会えるかも分からない。
無性に母が恋しく泣きました。
泣きながら食べたおにぎり。
お友達はなんと鶯餅まで
作って差し入れしてくれた。
鶯餅なんて
日本を出て以来食べていない。
ボロボロ泣きながら食べたから、
久しぶりの餡子は
塩っぱくなりました。
そして流石のコメパワー!
おにぎりと鶯餅を食べたら、
いきなり母乳の出が良くなった!
やはり日本人の身体は
コメに反応するのね〜。
当時はNHSもそれほど
カリカリはしていなくて、
初産の時は
しっかり一週間、入院しました。
でもボロい病院でね。
その後取り壊された。
帰宅してからは、
いわゆるワンオペでした。
両親は日本だし、
義実家は遠い。
夫は普通に仕事。
でも、どうしても
他の人の手を借りなきゃならない場面もあって、
もう恥も外聞もなく
周りに頼みまくりましたね。
今、思い出すと
身がすくむけど
その時は他に選択肢がなかった。
生後3ヶ月になった頃、
仕事に復帰しました。
大人と会話できて
とにかく嬉しかった。
その後もいろいろ、
た〜くさんあったし
悩み苦しみました。
楽しいこともあったけど
人生楽ありゃ苦もあるさ、ですからね。
今も長男にはいろいろあり過ぎますが、
とりあえず
健康で真っ当に生きているから良しですね。
ケセラセラ。
人生はなるようになる。
歩いて行くんだ、しっかりと。
自分の道を踏みしめて。
昔は可愛かった。
今じゃこんな面影は全く無いので、
素で載せちゃいます😅





