Nikon Z6(に2本のズームレンズ)と行った2019年GWのバリ島旅、最終回です。
前回: https://ameblo.jp/junwxyz/entry-12599574177.html
ジャカルタからペナンまではエアアジアで往復。チケット約18,000円。2時間半のフライトでした。
ペナン島は華僑が人口の半分弱を占める、オリエンタルな雰囲気の島です。
旧イギリス植民地であるこの地は、東西の文化が交差。イスラムな雰囲気のマレー半島側とはうってかわった景色が広がっています。
展望台からマレー半島側を臨んで
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ペナンの空港でWi-Fiに接続し、友人夫婦にLINEを送ります。
自分「空港ついてます。のちほど」
嫁「はーい!!」
友人夫婦もこの日マレー半島側からペナン入り。友人夫婦の泊まるホテルのバーで待ち合わせることにしました。
空港ATMでリンギッドをおろし、タクシーに乗りました。到着した先にあったのは…なんとも立派なホテル。
自分「ホテル着いたで」
旦「まじか 今タクシー探してる」
友人たちは前夜までは別のホテルに宿泊しており、最後の数泊をここで贅沢する予定としていました。
これがまたすごいホテルで。
そうこうしているうちに、友人夫婦とその子どもが到着しました。
「あっ元気~?」相変わらず陽気な嫁。
大学の同期であるこの二人。一緒に海外に行くのは、2014年のアイスランド、2015年のギリシャ、2015年の年越しロンドン、とこれで4度目。
過去三回の旅と違うのは…二人の子供がいること。一緒に海外に行けるくらいに大きくなりました。
まずは周囲を散策。
有名な青い家
インスタ映えするオブジェがたくさん
見る景色見る景色が画になります。
ペナン、穴場でした。
中華料理でランチ。でもビールはタイガー
モスクもあります。
モスク、お寺、教会。宗教施設はどこもなんでこんなに心が落ち着くのか。
自転車がぶらさがっている…
インスタ映えするワイヤーアート2
湖上村にやってきました。
おしゃカフェで休憩。ペナンはこんな感じのおしゃカフェの宝庫。
展望台にて。
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濃厚な一日でした。
夜はどこか二人の宿の近くのドミトリーにでも素泊まりするか、と思っていたのですが、三人が泊まる部屋のエクストラベッドで寝かせてくれるとのことで、棚から牡丹餅的なお申し出に感謝しつつ、この高級ホテルにお邪魔しました。
「男二人で飲んで来たら?」
と昨日も聞いたような奥様からのご厚意で、ホテルのバーで二人で飲んでました。
この友人は、大学の入学直後からの仲で、2年生の時にバイトを1年ほど一緒にしたり、南米の卒業旅行も誘ってくれたり。
卒業後も毎週のように遊んでいました。浪人しているため、同級生でありながら兄貴分的な存在の、頼れる男。
夜の海を見ながら、色々と話しました。
学生時代は毎日のように一緒に居て、社会人になってからも毎週会ってて。
でもこんな時間ってもう人生で数えられるほどになっちゃったんだろうな。今は共に首都圏に居るし、年に数回は集まることが出来ている。でも、このペースが維持できたとしても死ぬまで会う機会は150回とかそこら?
まだお互い若いから、実感を伴わないけど、たとえお互い無事に平均寿命くらいまで生きられたとしても、その時間の長さの割に、共に過ごせる時間は限られている。大事に過ごさないと。
そんな気持ちになっていました。
普段首都圏で会う時はそんなこと微塵も思わないのですが、貴重な旅先での時間に、どうも感傷的になったようです。
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ペナン2日目。この日は午後のフライトでジャカルタに戻るため、昼食くらいまで一緒に過ごしました。
お寺に訪問も、豪雨。
市街に戻ってアフタヌーンティーを。
旧英国植民地、アフタヌーンティーの文化が残っています。
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「さて、俺ジャカルタに戻るわ」
「おう、また日本で」
「バイバーイ」
Grabで呼んだタクシーに乗車し、空港に向かいました。
この日はジャカルタの空港近くの安宿に泊まり、翌朝のフライトで日本に戻ります。
まずは残ったお金で買えるギリギリの買い物ということで、空港でカップ麺を買って腹ごしらえをしてから、ペナンに向かう際にジャカルタの空港に預けた大きい方のバックパックを回収し、背負い、空港から歩いて行けるような距離の安宿に向かいました。安宿と言っても6階建てのモダンな建物でしたが。
街灯も少ない、暗い路地の一角。この旅で初めて東南アジアの下町の雰囲気に触れた気がします。
弾丸一泊ペナンに疲れ果てていたため、シャワーを浴びてベッドに倒れこみました。
ジャカルタの空港
さて、帰るか。
いつもは旅の終わりには感傷的な気持ちで旅を振り替えるのだが、今回は至って普通に、明日から仕事嫌だなとか、既に日常にのことを考えていた。
2017年、留学を終えた直後から、少しずつ旅への感動が薄れてきている。
世界が変わったのは、間違いなくある。ネットを見れば誰かが撮った写真と誰かの書いた体験記が溢れていて、空港でSIMカードを買えばあたかも東京の街歩きをするかのように目的地に辿り着けてしまう。誰かの追体験を消費する部分の多さに比例して、自分にとっての旅の意味が失われていく。
そんなもの見なければ使わなければ良いだけの話なのだが、それらに触れなかったとしても、そういった装置が生産する、行く先行く先に溢れる旅行客の存在が、大量生産される体験を消費しているという感覚を引き起こす。きっと世界は便利に、そして近くなりすぎた。神秘の秘境だと思っていたアイスランドでは、大量の中国人の一団が、大自然の中で大声で騒ぎ、国立公園にタバコを投げ捨てていた。もう5年以上前の話だ。
ただ、自分も変わった。いや、こちらの方が、きっと遥かに大きい。これまで通り過ぎた多くの経験や景色の記憶の蓄積が、新しく見るはずのものにすら、既視感を与えてくる。沢木耕太郎が「旅には旅の生涯というものがあるのかもしれない」と言っていた。自分も、旅については壮年期から老年期に入っているのかもしれない。今は、終わりを考える時期にきているのだろう。ただ、長期の旅行者と違い、短い旅に時折長めの旅を何度も繰り返してきた自分にとって、納得のできる終わり方を見つけるのは、難しい宿題になりそうな予感がしていた。
まぁ、この旅については、難しいことは考えなくて良いか。
気の置けない友人たちと過ごせた時間。気づいたら別々の道を歩み始めていて、今となってはその道と道の間の距離が遠くなり始めていた旧知の友人たちと、また新たな思い出ができた。
それだけでこの旅は十二分だった。
そして、旧い友人たちからは、新しい道への着想をもらった。
帰ったら、次のステージに向かって踏み出さないとな。
馴染みの転職エージェントに久々に出すメールの下書きをしていたら、搭乗の時間になった。ビール飲んで寝よう。
飛行機はいつも窓際と決めている。眼下には、美しいジャワ島の景色が広がっていた。
[2019年バリ島旅行記・終]