ブログをだらだらとさぼっているうちにとうとう新年が明けてしまった。

今年も頑張っていくのである。

 

さてさて、12/4に横須賀からフェリーに乗って12/5の夜に門司港に着きましたが、到着後すぐに連絡バスで小倉についた。

※連絡バスは無料でこりゃとても助かりました。

その夜は軽く小倉で飲んだのだが、すごい客引きの多い歓楽街で居心地が悪くて早々にホテルに帰ってバタンキュー。

 

翌朝(12/6)8時ごろに起きた。

この日は夜に博多で入社時代からの先輩、同僚と飲む約束になってて、朝の9時くらいの新幹線に乗って博多に向かった。

新幹線、、、早っ! 早いとは思ってたけど、なんと15分で着いちゃいましたよ博多駅@@

飲み会夜なんで何も新幹線乗る必要はなかったんだけど、さてさて夜までどう過ごそうか、、、

ま、でも乗りたかったのよ新幹線こだま(笑)

 

博多は僕にとって第二の故郷だ。

僕の出身は宮崎で博多は1985年、今の会社に入社した時の最初の赴任地だった。

なぜ宮崎出身の僕が博多に行くことになったかというと話は長くなるのだが、大学を卒業して1年半くらい、宮崎の映像会社に入社して地元ローカルTV局の毎夕方のニュース取材撮影に参画した。

そんなある日、偶然にも今の会社の取材に行くことになり、総務課の掲示板の求人チラシを見ることに。

少し勉強をしてダメもとで入社試験を受けたらなんと採用となってしまったのである。

採用通知が届いてよくよく見ると採用地が「博多」となってってびっくりしたのと、職種がシステム関連となり二度びっくりしたのである。

僕はバリバリの文系人間で大学も文学部歴史学科、なんならゼミは考古学なのであってシステムなんて全くの無縁だったのに、どこをどう間違えばシステム職になるんだろうかと焦ったのであるが、そこから都合41年間、ほぼほぼシステムに関連する仕事に従事することになるのである。文系が役に立ったのは仕様書執筆とか説明とか調整とかそんなところだろうか、、、

 

福岡についた僕は夜の飲み会までひたすら暇つぶしでうろうろしたものの時間を持て余し、最後は博多駅の地下で軽く飲んで寝待ち。

時間になって先輩たちと懐かしい話をしながら大いに飲んだのでした。

その日、本当は博多に泊まろうと思っていたのだが、どうにもこうにも宿が取れない。何とかなるかなと思ってナメて予約しないまま博多まで来たんだけど結局取れず。

聞くとなんとsnowmanのライブが3日連続で福岡ドームで行われていたようで、全国からファンが集まってたらしい。

仕方なく、博多に泊まるのはあきらめ、夜の21時の高速バスで宮崎まで行って、宮崎のホテルに泊まろうとしたのだが、そちらもななーんと全然宿が取れないではないか(-_-;) 

 

どうやら、自衛隊新田原基地の「エアフェスタ2025」が開催されていて、全国からの自衛隊隊員や戦闘機ファインが集結していたのだ。

そんなこんなで博多から高速バスで4時間。ちなみに宮崎行きの高速バスはsnowman帰りの女子ばかりの満員バスでした(笑)

そんなこんなでもちろん寝て宮崎まで帰ったんだけど、泊まるところがなく、カラオケボックス(ねこまねき)で一夜を過ごすことに、、、とほほ

 

 

ま、でもこれ以外とありだなと思った。料金は朝までで2500円で、あったかく寝れて、飲み物は飲み放題だしいんぢゃね?って感じでした。

 

翌朝(12/7)、早くに起きてホテルを出て、父と母が眠るお墓にお参りに。

僕は宮崎を離れてもはや何十年もたって、今はすっかり関東人である。

もはやこの先地元に帰るという感覚がどうしても涌かないので、「ごめんねー。父さん母さんのお墓に僕は入らないからね~」と謝りに来たのだ。「いいよ~気にするな~」って親父が言ったような気がした。

朝早くに墓参りを終えて、さてさてどうしようか、、、
19:10初の宮崎→神戸の宮崎フェリー乗船までにはずいぶんと時間がある。

 

と言うことで、在来線で大好きな「青島」に向かった。

青島は有名な青島海水浴場があるところなのだけど、昔は遠浅の海岸で海までの砂浜がすごく長くて、夏場は海まで行こうとすると足の裏火傷しそうなくらい熱くて走って海まで行ったものだった。

それが今は恐ろしいほどの侵食を受けて砂浜は猫の額ばりに縮小して見る影もないのである。

宮崎の東方沖には太平洋プレートの落ち込みもあってまあそのへんも影響しているのかもしれない。恐ろしい@@

 

青島はその名の通り、青い島があって波状岩に囲まれている。(鬼の洗濯岩にかこまれいる)

 

この青島に徒歩で渡ることができて、青島神社があります。

   

 

ここを参拝して、帰りしな海を撮ると海面が陸地より高く見える不思議写真が撮れた。

こういうのあるから写真って面白いなーと思うのである。

 

青島で懐かしい景色を楽しんでそろそろ市内に戻ろうかと思います。

 

青島駅に着くと市内に戻る電車がちょうどいい塩梅に到着した。

さ、さ、さっと乗ったところ、、、、、

なーーーんか、なーーーんかひっかかる。(まだ出発はしていない)

なーんか大事なことを忘れて様な感覚、、、。

なにかなーなにかなーと考えていてハッと気が付いた!

「やばい!荷物ロッカーに預けたままぢゃん‼!‼」

ドアが閉まる直前であわてて飛び降りた。

 

あーーーやばかった。青島の駅にスーツケースとかよざんな荷物をコインロッカーに入れているのをすっかり忘れていたのである。

セーーーフ!セーーーフ!、、、、よかった。

まあでもセーーーフ!だったのではありますが、次の電車は1時間後、、、やらかしました。

余裕を持っていたんで夜の船には間に合います。旅はこういうのもありなんです。

 

ちゅことで話はまだまだ続く。。。おいおい(笑)

 

 

行ってきましたよ、、、

今回の旅のテーマは移動を楽しもう移動は寝てる間に)である。

移動を楽に!そうして乗り物を楽しむ!が第一優先なのである。

 

<出発>
12/4。夕方に自宅から横須賀にJRと京急線で移動。

横須賀から「東京九州フェリー(それいゆ)」に乗って北九州は門司港までの船旅だ。

乗りたかったのよ、、、それいゆ。

ホテルで寝る&楽しんだら着いちゃうというなんとも楽で優雅な乗り物なのだ。

 

<それいゆスペック>

  • 全長: 222.5m ←で、、、でかい!!!
  • : 25.0m
  • 総トン数: 約15,515トン
  • 旅客定員: 268名(客室タイプにより異なる)
  • 積載数: トラック約154台 / 乗用車約30台
  • 航海速力: 28.3ノット(約52.4km/h)  ←フェリーにしてはかなり早い船だそう

 

出発時間は23時45分で門司港到着が 翌日21時で 約21時間15分(約21時間)を船内で過ごすことになるので設備も十分。

 

まずは豪華なエントランス。吹き抜けが迎えてくれる

 

お風呂

 

ジム。さすがに誰もやってなかったです(笑)

 

立派な食堂もあってファミレス張りに種類も多いのだが、なんといっても価格が安い。

陸地と変わらない値段でやってくれてるのが本当にすごい。

  

 

今回のお部屋は一番お安い「ツーリストS」(14,000 円でした)。

「ツーリストS」は二段ベッド形式のカプセルって感じなんだけど、上階の入り口は反対側になる感じで、端のブースを選んだので個室に近かったです。

一人旅なんでこんなんでいーっかって感じでしたが、そもそも混雑もなく何の問題もなくでした。

貴重品とかは無料のロッカーも充実していましたのでそこも問題なしです。

 

今どの辺を走っているかモニターで確認できます。

 

ちなみに、外海を航行するので、携帯の電波は陸地に近づいたとき以外はほぼ入らないです。

横須賀を出てしばらくすると不通になり(というか寝てるから気づかなかった感もある)、四国の足摺岬あたりで陸地に近づくとロビーでも陸地側に行くと電波が入りました。後は豊後水道以降は断続的だけど電波はつながりました。

まあ、この船に乗るなら携帯電話利用は諦めて、船旅を存分に楽しむべきなんだろうと思いましたね。

 

とはいえ、こうなるわな、、、(笑)

横須賀を23時に出て到着が翌日の21時なので、朝目覚めてからも船旅が長いんです。

海を見ながらのんびり酔っぱらうのです。

 

 

ほぼ定刻に門司港に着きました。到着は暗かったので写真はございません。

 

ちなみに、実はわたくし極度の乗り物酔い人間であります。

なんなら体調が悪いと自分の車の運転でも酔いますし、シュノーケリングとかでも波酔いします(笑)

であればこの船旅なくない???って思われるかもしれませんが、これですアネロン。鬼に金棒です。

以前、ダイビングのライセンスを取ろうとしたときに、インストラクタから教えてもらったダイバー御用達の酔い止め薬アネロン。

ダイビングって小さい船での待機が多いのですが、木の葉のように揺れる船でもアネロンがあれば、あーら不思議酔いません。船の上でのお弁当もバクバク食べれちゃいます。おすすめです。

 

ということで、移動を楽しもう(移動は寝て待てる間に)、、、の旅<パート①:出発編>は終了です。

全行程一気に書こうかなとも思ったのですが、根気がないので続きはまた別途アップします。

 

 

ではでは juntino

定年退職後、再雇用の身を4年間続け、5年目は更新しないことにした。

主な理由は「体と気持ちがついて行かん」、、、である。

来年3月31日を退職日として、溜まりに溜まっていた有給休暇80日分を12月の頭から消化することとした。

会社は当初びっくりしていたが、積年の貸しは返してもらわねばだし、労働者の当然の権利なのである。

そもそもこれまでどれだけ会社に貢献してきたことか、、、。

本人が思うほど会社はそんな事考えていなくて、辞めるとなるとあっさりしたもんです。まあ、そんなもんだ。

 

蛇足になるが、会社は2020年から本格的なリモートワークを開始し、就業をデフォルトリモートワークとし、ついには大手町の事務所の縮小を行った。

社員への通勤費もいらなくなり、ビルの借賃もいらずでなんのかんの得したのは会社なんだろうと思う。

このリモートワーク、働く人(できる人)は仕事効率が上がって馬車馬のようにミーティングをこなし生産性を上げるのだが、働かない人との格差はどんどん開いたと思う。

一日一言も発しない社員のなんと多いことか、、、

こちとら再雇用は給料は半額でフルスロットルだ。

そんな不公正も含め辞めることを決意した理由だ。

 

辞めることを会社と合意したあと、コロナ以降のリモートワークでなまった体を作り直すために、自宅マンションのジムで体つくりを開始した。

自宅での飲酒もピタッとやめて体調は少しづつ改善の傾向だ。

 

さてそんな中、旅に出ることにした。

今日の夜のフェリーに乗ってまずは北九州へ。

その後、博多に移動してかつての先輩たちと飲んで、その後深夜バスで宮崎へ。

両親の墓参りをして、またまたフェリーに乗って神戸三宮へ。

三宮から奈良の飛鳥に向かい石舞台古墳、高松塚古墳を散策して大阪京橋へ。

京橋で飲んだら酔いの冷めないうちにサンライズ出雲寝台列車に乗って関東に帰ってくる強行軍だ。

 

さてさてどんな旅になりますかな。行ってくるのである。

 

もーーーいつぶりのブログアップでしょうか、、、もはや覚えていない。

ブログを書かなくなったままコロナに突入しそのままブログ不精を継続しておりました。

 

そんなこの頃ですが、2年近くもブリッジが浮いて放置していたアコースティックギター(History)の修理にチャレンジしてみた。

Historyは島村楽器のブランドなのですが、購入当時で12万円。オールマホガニー材で組み立てられたなかなか鳴りもいいギター。

今年の2月にGibsonJ45のブリッジのリペアはさすがに購入店にお願いしたのですが、Historyは自分でやってみようと思い立った。

 

ネットで道具を調べて購入したのですが、もたもたしてて全部揃うのに1っか月くらいかかってしまった^^;
①スクレーパー(ブリッジの隙間に差し込んではがす道具。シールもはがせます)
(手術台)

②木工用ボンド(プロ仕様で速乾タイプ)

③紙やすりパック(ボンドをはがしたり木目を木面を磨くために使用)

④クランプ(ブリッジ専用タイプで接着後の固定で使います)

 

<はがし工程>

スクレーパーを差し込んだら経年劣化で接着剤が乾燥しまくっていたのか、あっさり剥がれました。


相当接着剤が張り付いているのでここを磨き上げていきます。

 

<磨き工程>
しっかり養生をして紙やすりをかけていきます。

400番から1000番までを順に使って地道に磨いて凹凸を整えていきます。

これ反省点として、ブリッジを外す前に、カッター等で境界線をしっかり面取りしとくべきだったなーと、、、。どこまで削っていいかがわからなくなっちゃうんですよね。。。

ま、ま、ま、まあ、そこは雰囲気で進めてボディー側とブリッジ側を指感覚で磨いて平らになりましたのでなんとかなるっしょ。。。

 

<接着工程>

ボディーとブリッジ側にたっぷりとボンドを垂らして指で伸ばしていざ接着。

ボデーから接着剤がはみ出ても水で拭き取れるのではみ出すぐらいが理想です。

くっつけたらすかさずクランプを装着して圧着を開始します。

ボデーにはみ出したボンドを水拭きで取り除いて2日間放置。

 

そうして2日語、完成!しっかりくっついたようです。



早速弦を張ってみましたところ最初はもさっとした感じがしました。

おそらく、長期間弦を張っていなかったのでボディーの緊張がなかったのだと思われますが、弦を張った翌日以降は程よいボディー緊張状態となってよい鳴りになりました。(ネックも準ぞり気味だったのですがそれも解消)

 

ということで、今回のセルフリペアを通じて、ブリッジの交換くらいなら何とかなるなーと少し自信がつきましたが、そのギターの状態によっては厳しいことも起きそうなので、場数を踏まないといけないなと感じました。

ま、でもさすがに高価なGibsonまで自分でやろうとは思わないですけどね、、、

 

juntino



昨日は自宅マンションは断水日。
リモートワークの泣き所は水道、電気である。
水がでないってことはトイレにも行けないってことになる。
うむぅ、、、どうしたもんか。

行き着いたのが『ポータブル電源』。
これもって公園でもスーパーの休憩コーナーでも駐車場でも仕事ができるではないか?

さっそくAmazonで購入。
PCをもって近所のスーパーの休憩コーナー(シケシケのスーパーで誰もいない)でお仕事開始。
Wifiは携帯デザリングでTeams会議も資料作成もまったく問題なし。
気分転換もできてこりゃいいど~❤
もしかの災害時にも重宝しそうだ。

ちゅことでリモートワークも工夫で楽しむのだ。



juntino