深い深い海の…  〜17〜  

































和也くんには俺の左肩にあるハートの形をした痣を見せた事はない筈だ…。






もしかしたら翔くんから聞いたのかな…?



翔くんなら俺と一緒にお風呂に入っていたので、この赤いハート形をした痣がある事は知っている筈…。
(翔くんから痣について聞かれた事はないけれど…。)



でも、ウチに来てからは翔くんと和也くんは連絡を取り合っている様子はなかった筈だ…。









何もかも見透かしている様な色素の薄い茶色の綺麗な和也くんの瞳が急に怖くなり、



「なんで…知ってるの…?」




と言う声が震えてしまう…。



和也くんはそんな俺を見て、


ふふふ。


と冷たい目で微笑むと、



「ねえ、潤くん知ってる?
ハートはね…心臓なんだよ…。」



そう言いながら和也くんはジリジリと俺に近付いてきた。









「潤くん…。
貴方の此処にあるハートは誰の心臓なのかな…?」



和也くんは俺の左肩に手を伸ばしてそう言った。






「え…?」






誰の心臓ってどういう事…?





「誰の心臓の半分を貰ったのかな…?」






水分を含んだ色素の薄い茶色の瞳で和也くんは俺を見つめながらそう言った。




「和也くん…何を言ってるの…?」



色白の可愛らしい顔で俺を見つめてくる和也くんは、いつもの和也くんとは何だか違っていて…。



口元は笑っているけど目が笑っていなくて、和也くんを心の底から怖いと思ってしまった。












バンバンッ!!



とシャボン玉の様な球状の泡の中に閉じ込められている翔くんが中から必死で叩いている音が聞こえ、翔くんの方を振り向くと翔くんは口をパクパクと動かしていた。



翔くんは声が出せないので、何を言っているのが分からず…首を傾げていると、翔くんはハァーーーッと内側から泡に息を吹きかけたのだ。



するとガラスに息を吹きかけた時の様に曇り、その曇った部分に翔くんは右手の人差し指で何かを書いており、ジッと目を凝らしてみていると…。







に げ て





と書かれていたのだ。





逃げて、と言われても…。




そもそも翔くんを置いて逃げたりなんか出来ないよ。




首を横にブンブンと振ると翔くんも首を横に振り何度も口を、逃げて、と動かしていた。




「逃げる時は翔くんも一緒にだよっ!!」



と翔くんにそう叫ぶと、翔くんは何度も何度も首を横に振り翔くんを閉じ込めている泡の内側をバンバンッと叩きながら、今にも泣きそうな顔をしていた。



「翔くん、助けてあげるから待っててねっ!!」


翔くんにそう言うと、




「潤くん…。
貴方…自分の置かれている立場が分かっていないみたいですね…。」



和也くんが呆れた顔をしていた。

  






和也くんは背伸びをして俺の顔をズイッと覗き込むと、


「それよりも潤くん、さっきの話の続をしましょうか?」



といつもの様に人懐こい笑顔でそう言ったのだ。




その笑顔は、




あれ…?


さっきまでの怖い和也くんは気のせいだったのかな…?


と思わせるような笑顔で…。





そうか、そうだよね。


やっぱり俺の気のせいだったんだ。



和也くんがあんなに怖い訳ないもんね。




なんて思っていたんだ。

  
 



       







…あの時の俺は…そう思ってしまったんだ…。













和也くんはいつもの可愛らしい顔で微笑みながら、
 



「潤くん。
人魚にはね1枚だけハートの形をした鱗があるんだよ。
自分の心臓の半分で作ったハートの鱗がね。」



と話し始めたのだ。






「その鱗は本来なら求愛をする時に使うんだ。
愛する人に自分の半分を与える為にね。



だけど人魚の王子様は5年前…人間の世界だと25年前か…。
1人の男の子を助ける為にそのハートの鱗をその子にあげちゃったんだ…。」








「25年前…?」


と聞き返すと和也くんは、




  
「そう25年前…。」


と頷きながらそう答えたのだ。






「人魚は人間に比べると寿命がうんと長いので、人魚の持つハートの鱗は人の命を伸ばす為にも使えるんだ。


だけど自分の伴侶になる相手以外には、ハートの鱗をあげてはいけないというのが人魚の世界での掟なんだ。


人魚の王子様はそれにも関わらずその男の子にハートの鱗をあげて、その子の命を助けたんだよ。

人助けは悪い事ではない…だけど禁を犯した人魚の王子様は、それまではこの広い広い海の中を自由に過ごす事が出来ていたんだ。



けれども人間の男の子に自分のハートの鱗をあげちゃったので、罰として25年間深い深い海の底から一歩も出てはいけなくて、深くて暗い暗い海の底で過ごさなければいけなかったんだよ。
 


そして禁を犯した罰として、美しい声は永遠に失ってしまったんだ…。」


  







そう話すと和也くんは綺麗な茶色の瞳で俺を見つめると、





「潤くん、本当に何も覚えていないの?」



と聞いてきたのだ。


「何を?」



と言うと、和也くんはジッと俺の顔を見ながら、



「この左肩のハートの形をした痣の事を。」


と言いながら俺の左肩を指差した。




「痣の事と言われても…。」



「じゃあ、言い方を変えますね。
この痣はいつからあるんですか?」


「いつから…って…。
あれは…7歳の時だったから…25年前からかな…?」



「何故出来たんですか?」



「何で…?
えーとー…。

子供の頃、海で泳いでいて溺れてしまって…。
もうダメだと思っていたら、赤いユラユラと揺れるスカートを履いたお姉さんに助けてくれて…。
あっ。
そういえばお姉さんがスカートのポケットから、何かを取り出して俺の口に入れてくれたような気がする…。」


と25年前の海で溺れた時の話を話していると、ある事に気付いたのだった…。








さっき和也くんが話してくれた『人魚の王子様』の話と、俺が子供の頃溺れた時の状況って何となく似ている様な…。





そう思うと思わず、


「あっ!!」


と声が出てしまったのだ。



すると和也くんに、


「どうかしましたか?」


と言われたので、



「さっき和也くんの話してくれた『人魚の王子様』の話って、本当にあった話なの?
『人魚の王子様』って誰?」




と聞くと、



「『赤い尾鰭の人魚の王子様』の話ですか?」


と和也くんはチラリと翔くんを見つめてそう言い、


「潤くんなら誰の事が分かりますよね?」


と言われたのだった。




「誰って…。」





赤い尾鰭は翔くんと一緒だ…。



だけど俺はお姉さんの顔は覚えておらず、覚えているのはあの赤いユラユラ揺れるスカートと声と…抱きしめられた時の腕の温もりだけだ…。




「俺を助けてくれたのはお姉さんで…。」


と言うと和也くんが、


「何故お姉さんだと言い切れるんですか?」


「赤いユラユラと揺れるスカートを履いていたから…。」



と言うと和也くんは、



「潤くん。
俺とまーくんが人魚の姿で海の中を泳いでいるのを見てましたよね?」


と聞いてきた。
   





「うん。
尾鰭がユラユラと揺れていて…。」


と答えて…。 





ユラユラと…揺れる…!?






「あっ!!」



と声をあげると和也くんが、


「ようやく気付いてくれましたか?」


と言ったのだ。


 


「もしかしてあの時俺を助けてくれたお姉さんは、翔くんだったのっ!?
えっ!?
でも、年齢が合わないし…。
もっと年上の人だよ?」


と言うと、

「我々人魚は人間よりも寿命が長く、ある程度成長したらずっと同じ姿でいるんですよ。
翔ちゃんも25年前と全く外見は変わっていませんし。」


と和也くんは翔くんを見ながらそう言った。




「そうだなんだ。」



と言い翔くんの方を見るが、翔くんは相変わらず、逃げて、と言いながら泡の壁をバンバンと叩いていた。









翔くん…。

何をそんなに心配しているんだろう?


和也くんはいつもの和也くんに戻ってるのに…。




と思っていると…。





チャプンッ!!

チャプンッ!!




和也くんの背後に見える海の中で黒い何かが動いた様な気がした…。





気のせい…かな…?



と思っていると海の中から、






《アノ子ダ…。》


《アノ子ダ…。》


《王子様ノ心臓二守ラレテイル、アノ子ダ…。》



《見ツケタ。》


《見ツケタヨ。》



《海ノ魔女ノオ陰デ見ツケレタヨ。》





と言う声と黒い何かが船によじ登ってくるのが見えた。




 

「な…に…?」


と呟き後ずさりをしていると、和也くんは目だけでソレをチラッと見ると左手で制しながら、

 

「まだお前達の出番じゃないよ。
もう少し海の中で待ってなさい。」




と言うと黒い塊達は、



《海ノ魔女ノ言ウ事ヲ聞カナクッチャ。》



《待ッテイヨウ。》




《海デ待ッテイヨウ。》



と言いながら再び海の中へとチャプンッと入って行ったのだ。


  

 

「い、今のなに…?」



和也くんにそう聞くと、和也くんは平然とした顔で、




「ああ。
アイツら海の魔物だから。」


と答えたのだ。





「海の魔物っ!?」




「まあ、アイツら潤くん待ちだから。」


と、しれっと言われたんだけど…。






ま、待たれても困るんだけど…。

ってか俺待ちって何?



それって…逃げ場が無いって事だよね…?







翔くんをどうやってあのシャボン玉の中から出せばいいんだろうか?


どうやって逃げれば…?



と考えていると、





「ねえ、潤くんどうする?
翔ちゃんの心臓の半分と一緒に海の魔物達の餌食になりますか?」



と和也くんがニッコリと可愛い顔で微笑みながら、恐ろしい事を言い始めたのだった。



「え、餌食ーっ!?」



思わず叫んでしまったのだ。






「あー。
だけど、そうすると翔ちゃんの心臓の半分も海の魔物に食べられてしまうんだよなー。
しかもそうすると、人魚の王子様の心臓の半分を食べた海の魔物は半端なく強くなっちゃうんだよねー。

翔ちゃんにも心臓の半分は戻らないし…。
そんなの翔ちゃんが可哀想だよね…?
ああ…どうすればいいのかな…?」





和也くんはチラリと俺を見ながらそう言ってきたのだ。



和也くんは口ではああ言っているが、きっと何が良い方法を知っている筈だ。






そう思い、




「和也くん。
俺はどうすればいいの?」



と聞いた。






すると和也くんはニヤリと笑い、




「ふふふふふ。
じゃあ潤くん。
翔ちゃんに心臓の半分を返してくれる?」


と言ったのだ。











「ねえ。
潤くん、お願い…。」



そう言って微笑んだ和也くんは、口元は笑っているが目は笑っておらず…。





そう、またあの冷たい瞳で俺を見つめていたんだ…。



















⭐to becontinued⭐