深い深い海の…  〜⑩~























あれから翔くんの足は相変わらずお魚のままなんだけど、不思議な事にそう見えているのは俺だけみたいなんだよな。






翔くんが来てからは海への散歩はしなくなったんだけど、その代わりに近くの山に翔くんの車椅子で行ける範囲で散歩に行ったり、買い物でスーパーなんかに行ったりすると其処ですれ違う人達によく、


『裸足で寒くないの?』


と言われるので…。



翔くんに、


『翔くん。
翔くんの足がお魚さんに見えるのは俺だけみたいだね…。
何でかな?』


と聞いても翔くんはニッコリと微笑んで話をはぐらかすんだよな…。







そしてあれ以来俺と翔くんは一緒にお風呂に入る事が増えたのだ。




翔くんがあの可愛い顔で、


〝潤さん、一緒にお風呂に入ろうよ。〟


と誘ってくれるので…。



あんな可愛い顔で誘ってくるなんて、ズルいよね…?

勘違いしそうになっちゃうよ…。


それに翔くんと一緒にお風呂に入ると、湯船の中でユラユラと揺れる翔くんの綺麗なお魚の足が見れるし…。




翔くんはいつも楽しそうにお風呂の中を泳いでいるので、


『翔くん、今度海に行ってみる?
海の方が思いっきり泳げるよ。』



と言うと翔くんは首をブンブンと横に振り、海に行きたがらないんだよな。

 

 



ウチに来てから翔くんは海へ散歩に行きたがらなくなったんだよな…。








なのに翔くんはウチの窓から見える海をあの大きくて綺麗な瞳で口元も微笑んで楽しそうに眺めているので、本当は海に行きたいんだろうな…?


と思い、




『翔くん、海に行きたくなった?
海にお散歩に行こうか?』



と言うと翔くんは白い縁取りのボードに、



〝海には行きたくない。
潤さんも絶対に海には行かないでね。〟



と書いて見せてきたので、



『何で?』


と理由を聞いても、翔くんは悲しそうに微笑むだけで理由を教えてはくれなかったのだった。


















 


そうこうしていると日にちも過ぎていき、翔くんの赤くて透明な薬も残り一粒となった日の夕方の事だった。









夕飯の支度をしていると、










♫ピンポ〜ン ピンポ〜ン♫






とチャイムが鳴り、




「はーいっ!!」




と言いながら玄関へと向い扉を開けると其処には…。





「よおっ!!潤。」




大野さんが居たのだった。




「えっ!?
大野さん、どうしたの?」



と聞くと、




「はぁっ!?
『どうしたの?』じゃないだろう?
潤、お前が『明日翔ちゃんと一緒に海に釣りに連れて行ってっ!!』って電話してきたんじゃないかっ!!」




と言われた。





「えっ!?
俺が…?」



と聞くと大野さんは、




「そうだ。
ほらっ!!」


と言いモバイルの画面を見せてくれた。





其処には確かに、潤、と俺の名前が表示されていた。







「ごめん、大野さん…。
俺、かけた覚えがないんだけど…。」



「確かにお前の声だったぞ。」



大野さんは何度もモバイルの画面を見ながらそう言った。





「まあ、とりあえず大野さん上がってよ。」




と言い、大野さんにウチに上がって貰い2人でリビングへと向かった。





リビングへと向かうとソファーで座って待っていた翔くんが大野さんを見ると嬉しそうに微笑み、





〝大野さん、どうしたの?〟



と白い縁取りのボードにそう書いて大野さんに見せた。







「いや、今日は潤に呼ばれて来たんだけど、潤は知らないって言うんだよ。」



と言う大野さんの言葉を聞いて翔くんが眉間に皺を寄せてジッと大野さんを見つめていた。





「ほら、見てくれ。
潤からの着信があるだろう?」




と言い翔くんにもモバイルの画面を見せると翔くんが首を傾げていたので、モバイルの画面を覗き込むと先程はまであった俺からの着信履歴が消えていたのだ。





「大野さん…。
消えてるんだけど…。」



と言うと大野さんが、



「そんな訳ないだろうっ!!」



と言いモバイルの画面を見て、



「本当だ…。
消えている…。」


驚いた顔をしていた。




翔くんは眉間に皺を寄せてジッと大野さんのモバイルを見つめていたので、



「翔くん、大丈夫?」


と声を掛けると翔くんはニッコリと微笑んで、



〝潤さん、大丈夫だよ。〟



と白い縁取りのボードに書いて見せてくれたが、何だか手が震えていたので、




「大野さんのせいで翔くんが怖がってるじゃんっ!!」


と大野さんに文句を言いながら翔くんの手を握って、


「ごめんね…、翔くん…。
怖かったね…。」




と言うと翔くんはギュッと俺の手を握り返してきて、ユラユラと揺れる大きくて綺麗な瞳で見つめられて俺はそんな翔くんの綺麗な瞳から目を逸らす事が出来なかったのだ…。














⭐to becontinued⭐