翔ちゃんはあれから眠り続けて…。



ようやく目を覚ましたのは、2日後の…月曜日の夕方だった。








学校帰りに櫻井の家に立ち寄り、ガラガラガラッと勝手知ったるこの家の玄関を開けて、



「伯母さーん、こんにちはー。」

と言うと、玄関ホールの突き当たりにある、木で出来た格子戸がスッと開き、


「和ちゃん、いらっしゃい。
おかえりなさい。」


と伯母さんが迎え入れてくれた。










リビングのソファー鞄を置き、


「翔ちゃんの様子は…?」


と聞くと、伯母さんは顔を横に振り、


「まだ目を覚さないのよ…。」

と言った。




「今朝、さとちゃんに診て貰ったら、どこも異常はないみたいで…。
ただ、眠っているだけみたい、って言われたのよね。」


と伯母さんはクスクスと笑ってはいるが、どことなく悲しい顔をしていた。



「俺、翔ちゃんの様子を見てきてもいい?」


と聞くと、


「ぜひ、行ってあげて。」


と伯母さんは言った。





「翔ちゃんに早く起きるように、文句言ってくるよ。」

と言うと、伯母さんは、


「和ちゃん、お願いねっ!!」



と微笑みながらそう言った。










  


リビングを出て、掃き出し窓のある廊下を通り、櫻井家の人々のプライベートゾーンのある廊下を通り、翔ちゃんの部屋へと向かった。










「翔ちゃーん。
入るよーっ。」


と言い、ガラス障子をカラカラカラッと開けて、翔ちゃんの部屋の中へと入って行った。







部屋の奥にある翔ちゃんのベッドへ向かうと、そこには…。



























相変わらず黒い柴犬が1匹、スースーと寝息を立てて眠っていた。



「ちょっとー。
なにまだ犬の姿のままでいるのよ…。」


と呟き、黒い柴犬の姿になって眠り続ける翔ちゃんの頭や背中を撫でながら、


「翔ちゃん…どうしちゃったのよ…。
何で起きないんだよ…。
伯母さんも心配してるよ…。」

と呟いた。







暫く黒柴犬を撫で続けていると…。




ピクッと動いたかと思うと、クィーーーーーッ、と伸びをして、その姿は少しずつ人型となり…。



ベッドには真っ裸な翔ちゃんがうつ伏せで寝ている状態でいた。



「翔ちゃんっ!!」


声を掛けても寝起きの翔ちゃんは虚な目をして、暫くボーーーッとした後…。







ゴロンと寝返りをして、仰向けになったかと思うと、




「…あー、腹減った…。」

と呟いた。


翔ちゃんが目を覚ました事にホッとしたのと同時に、皆んながあんなに心配しているのに呑気に『あー、腹減った…。』なんて言う翔ちゃんに怒りもこみ上げてきて、


「何ふざけた事言ってんだよっ!!」


と言って翔ちゃんに、思いっきり力を込めてデコピンをしてやった。





















★〜★〜★














何だか夢を見ていたような気がするが…、目が覚めると…。





全て…忘れてしまっていて…。






何だっけな…?
と思い出そうとしたのだが…。








…思い出せない…。








そんな事よりも、空腹感が半端なかったので、


「あー、腹減った…。」

と呟くと、和が珍しく低い声で、


「何ふざけた事言ってんだよっ!!」

と言って、力を込めて思いっきりデコピンをしてきた。





「ってぇーーーっ!!」


涙が出るくらい痛くて、おでこを押さえながら和に、


「和、お前ふざけんなよっ!!」


と文句を言うと、


「はぁーっ!?
ふざけてるのはどっちだよっ!?」


と和が言い返してきた。


「人が目を覚ますなり、デコピンはないだろうっ!!」


と起き上がり和にそう言うと、



「はあーっ!?
こっちがどれだけ心配…した…か…。」

和は言い返してきたが、急に顔を赤らめて…。








「ってか…、翔ちゃん…ごめん…。
とりあえず服着てよ…。」


と和に言われて、真っ裸である事に気がついた…。







部屋着のグレーのスウェットの上下を着ていると、



「翔ちゃん、『甘い花の香りがする。』って言って急に倒れたんだよ。
それで俺が水を買いに行っている間に、通りすがりの潤くんに噛みついて怪我させて…。」



と和に苦情を聞かされていた。







「でもさ…。」


「うん?」


「オレ、全く記憶にないんだわ…。」


「はいーっ!?」


「だーかーらー。
全く、記憶にないのっ!!」


「翔ちゃん…。
ふざけてるの…?」

フルフルと震えながら和がそう言った。


「えっ!?
『甘い花の香りがする。』って、オレが言ったの?
オレ、そんな事言ったっけ…?」




意識を失う前も、記憶が曖昧で…。




しかも、『通りすがりの潤くん。』って誰だよっ!?


「和…。
潤くん、って誰だよ…?
そんな知り合いいないし。」



と言うと、


「ああ…。
翔ちゃんが、気を失う前に噛みついた人がいたでしょう?」


「んあっ!?
人に噛みついたりしたっけ…?」


「翔ちゃん、本気で言ってるのっ!?
潤くん、左の首に翔ちゃんの歯形がくっきり付いていたんだからねっ!!」



「えっ!?」


「潤くんは『マンガみたい。』って笑っていたけど、笑い事じゃないからねっ!!」


「仰る通り…。」




「今度の土曜日に潤くんが来るから、翔ちゃん、潤くんにちゃんと謝ってよっ!!」


と和が言ってきた。


「はいはい。」


と答えると、


「本当に分かってる?
反省してるっ!?」


と頬を膨らませて怒るので、


「その潤くんやらにちゃんと謝るから大丈夫だよ。」


と答えると、


「それならいいけど。」


と言い、


「伯母さんに、翔ちゃんの目が覚めた事を知らせて来るね。」


と和は立ち上がり部屋から出て行った。















⭐to be continued⭐