「ハッパ、オンナ、キリングフィールド、シューティングパンパン」

東南アジアに入って、三輪タクシー、バイクタクシーの客引きが激しい。
歩いていると声をかけて来て、
「どこ行くんだ、3万ドンで行こう」などと。
まあ鬱陶しいことは確かだが、
多くの旅行者の彼らを完全無視し人間扱いしないような態度は、
見ていて気持ちいいものではない。
笑顔で行かないよと言うと笑顔を返してくれるドライバーがほとんどだ。

で、ベトナムからカンボジアに入って。
カンボジア首都、プノンペンのバイタクドライバー。
正直、タチが悪い。
第一声からして既に違う。
一応タクシードライバーなのだから、「どこ行くの?」が普通だと思うのだが。
日本人を見かけると、「ハッパ?オンナ?」
これがもう決まり文句だ。
笑顔で首を振る気にもならず、むかついた顔で無視するようになっていた。
それだけ、日本人がプノンペンで「ハッパとオンナ」を買っているという事だろう。
だから日本人の男を見ると「ハッパ?オンナ?」
まあ、きっとそういう事だ。

「ハッパ、オンナ」を無視していると次に続くのはこんな台詞。
「キリングフィールド? シューティング、パンパン」
キリングフィールドは、プノンペン中心から15キロほど離れた、クメールルージュの虐殺現場。シューティング、パンパンは、要するに実弾射撃場。
なんだか、悲しい気分になる。
「ハッパ、オンナ、キリングフィールド、シューティングパンパン」
卑しい笑いと共に発せられる、原色ばかりを混ぜ合わせた反吐が出るような色。
欲望てんこもりのどぎつい色のカクテル。
人間の所行を点で繋いで描いた、いびつな四角形。

たくましいと、そうも言えるかもしれない。
彼らの悲しすぎる歴史であるキリングフィールドまで他の3つとごちゃ混ぜにして、
とにかく金を稼いで生きている。
そうも言えるのかもしれない。

この四点セットの誘いを3日間聞いていて、
こんな人間像を思った。
言われるままにハッパを買って、トリップ。
誘われるがままにオンナを買って、セックス。
キリングフィールドでは、死者に祈りを捧げ、どうしてこんな虐殺が起きたのかと呟く。
そして夜はピストルをぶっ放し、何かの「ちから」の感覚に浸る。
不思議なほど、この「彼」には矛盾がないと思った。
彼には性欲もあり、未知の世界への渇望もあり、虐殺に心を痛める良心さえあり、
一方で拳銃の重さにも酔う、極論すれば潜在的に他者を傷つけ殺したいと思っている。
(これには異論もあるだろうが、潜在的に人間は暴力が嫌いではない、これは事実だ)

カンボジアは、怖い。
何かが、未だ「野」のまま、剥き出し。
それは僕が望んでいた事のはずだったのに、
それを前にして、なぜか深く考えるのが怖かった。