47歳の時
朝6時に母から「姉の死」を聞いた
自○ではなく事故○
救急搬送されることなく検視となった
警察署で姉と対面した
私は49歳まで怖かった
姉は「統合失調症」と「アルコール中毒」
を患っていたので
精神疾患がある私も何かあるのかもと
それらは50歳過ぎた頃には無くなった
姉の生涯を考えれば
自分に素直に生きたと思える
シラフの時は頭が良かった
無類の読書家で超マザコン
私と妹のみならず姪や甥にまでヤキモチ妬くほどに
自分か自分の子供達が母にとっての一番じゃないと母に食ってかかる
母も困りながらも初孫は可愛いから
ネグレクトな姉に変わって
3歳位から姉の子達を引き取って育てた
私は割り切っていたので
母のお金は母が好きに使えばいい
家の子供達にもプレゼントを買ってくれていたけど…姉にバレると姉からの抗議
私には攻撃はあまり無かったけど
母に文句を言っていた
妹は目の敵にしていた
母は妹が1番可愛いと言っていたから
姉も波乱万丈のだった
最初の夫は浮気も子供への暴力があった
離婚後、水商売をして
スポンサーやいろんな男の人付き合うが
別れ下手で別れる時に呼び出された
姉は別れる前から次の相手が必ずいた
母性が無かったわけじゃない
私が姉の長男が八つ当たりで私の息子に暴力を振るった時
「八つ当たりで何もしてない相手に暴力はダメだよ。」と言ってゲンコツした
その翌日、姉が
「私だって手を挙げたことないないのに
なんで、あんたが叩くのよ!!」と
抗議を受けた
子供達の参観日には行っていたし
姉なりに可愛がっていたのだろう
ただ一緒に暮らしていない親子は子供が大きくなってから暮らしたら
ひと月持たなかった
両方共に「ギブアップ」
気性の激しい姉の繊細さで
精神的に持たなかった
だから恋愛依存になって酒に逃げた
ここには姉の全ては書けないけど
もう一つ抱えていたことがあった
書かない理由は他の人にも関わるから
それでも姉は姉だった
「じゅんちゃん、老後は一緒の老人ホームに入ろうね。」
と言っていた
叶わなかった夢
どちらが姉か分からない姉妹だったけど
貴女の妹で良かったよ
今日は貴女の命日だからお線香上げたよ
Acid Black Cherryの「冬の幻」も
今は歌えるようになったよ
私は今日も生きてるよ
貴女が好きだったケリーと一緒に🐈
