杏の乾杯の音頭で、飲み会が始まった。杏の事を僕と同じように思い出せていない聡だったが、杏からの今に対しての質問責めに、満更じゃない雰囲気になっている。

聡は、杏に今の生活や仕事の事を話し続けた。僕は二人のやりとりを聞きながら、必死に杏に対しての記憶を探した。

一時間位過ぎた辺りで、聡も結構、酔いも回り始めていた。人ってのは、自分の事を興味津々に聞かれると、ついつい良い気持ちで話す。聡は、今がまさにそうだった。

「ちょっと、化粧直し。」

杏が席を外した。

「おいおい、聡ぃ、思い出せたか?」

「いやぁ、わかんねぇよ!」

「お前なぁ、任せろとか言ってたじゃないかよ!」

「もう、良いんじゃねぇの?杏ちゃん、俺の名前を知ってたんだぞ。」

「だから?」

「だから、杏ちゃんと俺らは、やっぱりさぁ、知り合いなんだよ。」

「でも、思い出せないと気持ち悪いんだ。」

「めんどくせぇな。もう良いじゃねぇかよ!思い出せないなら。」

「あのなぁ、本当にお前も適当だな。」

「ありがとうございます!」

「誉めてねぇよ!」

酔っぱらいの聡に突っ込んだ所で、杏が戻ってきた。



次の日、出社の途中で杏にメールを送信した。内容には、凄く困ったけど、簡単に“食事に行こうよ”と誘ってみた。仕事を終えて、会社を出て暫くした時に、返事は届く。

“いいよぉ?いつ?”

僕は、聡に連絡して、空いている日を確認してから杏に返事をした。



二日後、僕は仕事を終わらせて聡と合流。

「孝也とは、さっき偶然出会った事にしような。」

「あぁ、今日は頼むな、聡。」

「了解。お任せ。」

二人で、杏と待ち合わせの居酒屋に向かう。店に入ると、先に杏は店内にいた。

「おおぃ!孝也くん、こっちだよ。」

「あぁ。」

僕は、聡を連れ杏の前に座る。杏は食い入るように聡を見ている。“いきなりは…まずかったかな。” すると、

「もしかして…聡ぉ…さん?」

「えぇっ?」

「やだぁ、全然変わんないんだぁ。」

驚く聡は、僕をキョトンとして見ている。

「そっ…そんなに変わらない?」

「うん。直ぐ解ったもん。」

「そっ…そうかぁ。」

「っていうか、遅いよ。結構、待ったんですけど。」

「ごめん、たまたま、そこで聡に会ってさ。」

「いいよ良いよ。先にトイレに、行ってきてもいい?」

「あっ…うん。」

そう言って、杏は席を外した。

「どう?聡、解るか?」

「いやぁ、わかんねぇ。」

「でも、お前の事を知ってたな。」

「…だな。」

そして杏は、席に戻ってきた。

次の日の朝、遅刻ギリギリで出社した。

昨夜、杏の言葉を聞き、片っ端から高校の連絡先の解る友人に連絡をした。そして、もう一度、アルバムに目を通した。

結果は、何も解らなかった。

それから、三日ほど僕は彼女を見る事はなかった。携帯も圏外になっているみたい。

“ピンポン”

夜の遅い時間に、誰かが僕の自宅を訪れた。

「はい?」

「俺だけど?聡だけど。」

高校時代の同級生だった。僕はドアを空けて、聡を家にあげた。

「どうした?突然?」

「どうしたって、皆が心配してたからさ…。」

話を聞くと、『杏』という子を俺が必死に探している。でも、みんなも聞いたことない女で。きっと何か精神的にやられて、幻でも追ってんじゃないか?と心配しているらしい。

「ごめん…何か心配かけたな?」

「別にいいんだけどさ。お前、その女に騙されてないか?」

「いやぁ、騙してるとかは思わないんだよね。梢の事も知ってたし。」

「そうかぁ。俺に、その子を会わせてみろよ。俺が思い出すかもしれないし。」

「そうだな。そしたら、連絡するよ。」

「おう。それじゃ、今日は帰るな。」

「あぁ、解った。悪かったな、心配かけて。」

「じゃぁ、連絡しろよ。」

そう言い残して、聡は帰って行った。