2週間にわたって

熱戦が繰り広げられた

オリンピックが終わりました

 

開催できるかどうか

ギリギリまで不確実な中

関係者の方々の尽力は

想像を超えるものが

あったのだと思います

 

熱い戦いを繰り広げ

勇気や喜びを届けてくれた

選手の皆さんにも心から

ありがとう🙏という思いが

湧いてきました

 

中でも私は小中とバスケ部だったので

特に女子バスケ⛹️‍♀️バスケの活躍には

胸を打たれました

世界で通用する日本の女子バスケ

ただただ、すごいです爆  笑

 

8月後半にはパラリンピックが

始まるのですよね

まだまだ熱い夏が続きますねニコニコ

 

この時期に私の生活でも

ひとつの区切りがありました

 

先日心療内科の定期診察があり

先生から

「通院を終了して大丈夫でしょう」

と言って頂きました

 

初めての受診が2019年の3月

それから2年と5ヶ月が経ちました

 

最初の3か月は意識が朦朧として

生きているのが精一杯

うん十年にわたり蓄積された

疲労や無理があふれ出て

強制終了した感じでした

 

本を読むことも

スマホやPCを見ることも

ままならず

 

家族の食事を作ることだけは

と思いましたが

それすらできない時も多く

 

眠れなくなったことで

気持ちが動揺して

このまま死んじゃうんじゃないかガーンって

完全にパニックでした

 

それから徐々に少し落ち着くと

うつに関連する本を読んだり

睡眠について調べてみたり
 

焦る気持ちから

仕事を探したりもしましたが

頭の鈍痛や不眠は続いていて

 

まだ、何かが違うと感じて

心身を立て直すことを

探求し続ける日々でした

 

丸1年たつ頃に

そろそろ少し体も動かしたいと思って

リハビリがてら短時間のパートを始めました

 

ひとつは

一人で完結する掃除のお仕事

もう一つは

週に2回ほど短時間で人と関わるお仕事

 

人と関わるほうの仕事では

いきなり刺激が強すぎたのか

始めてまもなく不眠気味になり

雇い主さんに泣きついたこともありました

 

もう少し様子を見て

だめならやめればいいや

と思いながら1年が過ぎ

今に至っています

 

私が体調を崩してから今まで

夫はただただ

見守ってくれていました

 

瞑想や運動など

夫がいいと思ったことを

さりげなく勧めてはきましたが

私のやりたいようにさせてくれ

見守ってくれていた

それが心からありがたかった

 

そうして迎えた

8月6日の診察日

心療内科の先生から

通院を終了していいと言って頂いた

 

その時は泣くほどうれしかったのですが

少し時間がたつと

何かが重くのしかかってくるような

そんな気持ちにもなったんです

 

なんだろう、この気持ちはキョロキョロはてなマーク

晴れやかになりきれないこの気持ち

 

まだ眠れなくなる日もある

これからの仕事のこともある

子どもたちもまだしばらく手はかかり

いろいろな問題も起きるでしょう

またうつになってしまうかもしれない

 

そういう問題を

楽々と乗り越えていける自信は

正直まだありません

 

先生から診察終了と言われたからって

すべてがうまくいっているわけではない

うまくいかないことがいっぱいです

 

でも2年半前よりは

少し分かってきたことも

あるかもしれません

 

うまくいくといいなと願いながら

弱さと未熟さとともに

少しずつ少しずつ

前に進んでいく

そんな感じです

 

ああ、なんだか

センチメンタルなブログに

なってしまいました照れ

 

いろいろ、ひと区切り

ということでご容赦くださいお願い

 

長々とお付き合い下さり

ありがとうございます!!

 

また次回の更新までパー