血尿から一年後

新しく出来る医療センターの開業を待って検査入院

腎臓癌が見つかり大学病院で手術

開腹したが手の施しようがなく閉じる

体力の回復を待って

医療センターに戻って抗がん剤治療が決まった

4クール
25年前は入院しながらの抗がん剤治療



余命宣告をされた母


でも、母は余命を知らない。。。。


癌を患っている事も知らない


抗がん剤治療。。。。


先生からは
お母さんの血管腫は発癌の可能性があるため根絶する意味での抗がん剤治療をしましょう
と説明された。

こんな病気になっちゃってやんなっちゃうわね〜

自宅に戻りお腹の傷を消毒しながら母は落ち込んでいた。





母の看病は私が看るしかない。


父には仕事がある。
自営業のため昼から夜中まで仕事をしている。

兄には産まれたばかりの双子の赤ちゃんがいる。

看病をするには実家に同居しないと赤ちゃんを抱えては通えきれないだろう


ワタシは夫に、余命僅かしか残されていない母の為でもあるけれど私が後々後悔したくないので出来る限りの事をしてあげたい。
実家に同居して母の看病をさせて欲しいとお願いをした。


夫は心よく。。。ではないけど。
了解してくれた。
(夫は九州の本家長男のボンボン)

思い起こせば、この時からワタシ達夫婦の小さな小さなズレが始まっていた。(私達夫婦の事は追い追い)




母は自分の病気の現状を知らない。


同居をする目的は看病の為だけど。。。

でも自分の病気がそれほど悪いと思ってない母は病気の事ならお母さんひとりで大丈夫と言いかねない。。。。

私は押し問答が苦手。。。


両親には赤ちゃんも産まれてくるし、少しお金も貯めたいから暫く実家で暮らさせて欲しいと頼み込むカタチにした。


母は大喜びした。