人は考える生き物です
考えることは人間という生物の特権でしょう
サルなどのほかの生き物も考える力を持ちますが、人間ほどよくできた頭脳はそうはいないでしょう
人は生きるにあたって考える力を発達してきました
その考える力は宇宙をも銀河をも理解しようとする勢いです
しかし
考える一方で人は生きるために考えるのではなく、経済、技術の発展に費やすようになっていきます
もはや食べるための頭脳ではなくなったのです
その人間がもし
体の一部が使えなくなったらどうなるのでしょう
事例はあります
障害によって生まれた時から四肢の一部がなかったり、内臓器官に異常があったり
戦争や争い、事故や怪我によって今まで使えた体の一部が使えなくなったり
そういったことがあります
そうした人間は腕がなくなったと同時に人生に失望し中には自殺する者もいます
しかし、そういう人もいれば四肢がなくても車に乗ったり、生活したりする人もいます
人はこれを価値観の違いといわれます
人や地域によってそれらの心境は大きく違うのです
ふと私は思いました
心のない人はどうやって生きるのだろうか?
おかしなことを言いました
申し訳ございません
しかし思ったのです
心がない人それはどういうことか
脳がない人?
自分的には違うと思う
心臓がない人?
違うと思う
考える力がない人?
それも違う
自分的に心がない人とは
それは
そう思ってやってるわけではない人のこと
だと思うんですよ
いわゆる心と言うのは日本人に備わっている道徳心
つまり自分との会話なんだと思うのですよ
よく小さい子が先生や親に叱られた後に「なぜこんなことしてしまったのか自分と相談しなさい」と言われるでしょう
そこから自分で考える、自分の行動にストッパーをかける能力を身に着けさせる
といったことでしょう
じゃあ、親からそういったことを教わってない人が考えないで行動する”心のない”人なの?と言われると
違います
実はそういう風に育ってもいつの間にか道徳心て身に付くんですよ、環境の適用って感じで
どんなに悪い奴でも「俺こんな悪いことやっちまったよww」て思ったり「無意識だった...」て思うぐらいは人殺ししようが女犯そうが人を付け込もうがチェーンソーを振り回して街中で人切りまくろうが拷問の仕方を考えようが
それは道徳です
それを知って自分はそうじゃないんだと酔ってるただの人間として弱い基地外です
その人はあくまでしちゃいけないことして注目を浴びるて周りから「道徳がない人間はこうなります」
と崇められたい人だけです
面白いです
じゃあ、結局心のない人とはどういうことなのか?
それはまた暇ができたら
おやすみ
