川上未映子の「すべて真夜中の恋人たち」を、昨日読み終えました!!
入江冬子は美人でもなく、結婚しているわけでもなく、社会から見ると、いわゆる「負け犬」。それでも自分に満足している冬子だが。。。というところから話がスタート。
これは再読なんだけど、一度目読んだときは特に思わなかったけど、再読して、いい小説だなあと思った。
冬子みたいに、ファッションにも興味がなく、人と上手く関われなくて、それでもぶれない人っていうのは、今は珍しいかもしれない。みんな自分の中で満足できなくて、外に何かを求めるよね。あるいは子どもとか。みんな、自分が幸せに見られたいって思ってる。幸せとか、お金持ちとか、華やかとか、みんなそういうの好きだよね。
自分の中で満足している冬子だけど、段々それがぶれてくるんだよね。
三束さんが現れて、(その前か。お酒飲んでカルチャースクール行くんだからね)冬子もぶれてくるんだよね。
でも、結局は、ぶれない、イマドキじゃない冬子が、三束さんは好きだったのかなあって、思った。冬子がどんどん変わっていって、関係が変わっちゃったのかなって思う。
でもなあ、三束さんはそんなことないけど、他の登場人物は、なんだかなあ笑。冬子に対して意地悪な人が多くて、ちょっと嫌だった。
みんな冬子に「いらいらする」っていうけど、自分と同じじゃない人を攻撃したがるのって、大人になっても変わらないのかなあ。多分、冬子を見ると慌てるんだよね。
聖があげるクロエの香水の場面があるけど、恭子さんも同じのをあげたっていうのは、結局聖と恭子さんは同じ人種なんだよね。自分が一番正しいと思ってて、冬子にそれを認めさせたい。恭子さんは、冬子は聖に利用されてるというけど、恭子さんも利用してるんだよね。
私は、冬子みたいな人、好きだけどね。私が話し上手じゃないから友達にはなれないかもしれないけど、私は、自分に満足してる人が好き。自分が幸せに見られたいっていう一心で、そのために努力してるだけって人は、あまり好きじゃないなあ。
最近、自分の幸せについて考える。ちょっと前まで、私は友達も少なくて、何か得意なことがあるわけじゃないから強みもなくて、そんな自分があまり好きじゃなかったけど、あまり好きじゃなかったのは人にどう思われるかって、人に幸せに見られてるかって、そういうことを気にしてたからじゃないかと思う。
でも友達は少ないほうが居心地がいいし、別に毎日が特別忙しくなくても、私は満足なんだよね。
毎日友達と遊んでて、とか、お金持ちで、とか、パーフェクトを求める人もいるのかもしれないけど、人って求めれば求めるほど不幸になっていく気がする。。。
うちのおじいちゃんちに、吾唯足るを知るっていう標語が飾られてあって、やっぱ今あるものに満足しないといけないよね。そうじゃないと、不幸って一生付きまとってくるなって思うよ。
自分の幸せは自分で決める!!雑誌の「今旬な女」的な記事には流されないぞ!!
。。。ちょっと話それたな笑