こんにちは、順子です。
突然ですが、あなたは自分のご両親が好きですか?
私は、嫌いでした。
いえ、大嫌いでした。
こんなこと言うと、家庭環境に問題があったのかと
思われるかもしれません。
実際には、家族全員穏やかな性格をした
いたって普通の平和な家庭でした。
人並に思春期に反抗期もありましたが
両親は大切な家族で好ましい存在であり、
将来は親孝行をしたいなと考えていました。
とても一般的でしょう?
でも、大人になってから
自分について見直したとき、
自分の抱えている心の悩みについて向き合ったとき、
両親が影響していることに気が付きました。
私が当たり前のように思っていたことは
実は母の中の当たり前で、
気が付かないうちに私は母の価値観に合わせていました。
子供の頃に感じた愛情の不足感が大人になっても続いていて、
母に褒めてもらい、認められ、愛されるため
私は常に母のことを気にして生きていたのです。
そのことに気が付き、
自分の心の感覚を取り戻して、自分の価値観が分かっていくと
「これは母とも父とも価値観違い過ぎて、
子供の頃に押さえつけられるように感じたわけだわ。
でも私は両親と別の人間だから価値観が違うのは当たり前だよね」
と認めて受け入れられるようになりました。
そうやって、両親と自分は違う個の人間である、
と分かってきたときに気が付いたんです。
「なんでこんなにもがんばって認められ愛されようとしてるんだろう。
もし両親が他人だったら、深く関わりたいと思ったかな?
私…、実は両親のことそんなに好きじゃないんじゃないの?」
これは私にとって、とても衝撃的なことでした。
だってこれまで日本で育ってきて、
両親を愛し大切にするのは当然のことで
それをしないのは罪だと思ってきたんです。
家族を嫌う = とてもネガティブなこと
という風に思えて、引き寄せの法則を知っていた私は
そんなネガティブなことを思っていたら
同じようなネガティブなことを引き寄せちゃう!と焦りました。
どうにか両親のことを好きになりたくて、
両親に対する怒りを見つけてそれを許す
など、いろんなワークを試してみました。
そこで変化があっても
気が付くとまた両親を嫌ってる私がいて、
そんな自分が嫌になる。
そういうことを繰り返していました。
でもあるとき、私のメンターの一人に
こう言われて気づいたんです。
「なんで両親のこと好きじゃないといけないの?
自分が嫌いだって思ってるなら、嫌いでいいじゃん。
自分の感情に嘘ついてどうすんの?」
私の中にあった、
「両親のことは好きでないといけない。
両親を嫌う自分はダメ、
両親を嫌いだなんてネガティブな思いがあっては幸せになれない」
これらは全て私の思い込みだったんですよね。
普遍的な真実ではないんです。
いくら両親のことを好きになろうとしても
まず自分の中にある「両親が嫌い」という感情を
きちんと認めていなかった。
認めてもらえなかった感情は、
消化できずに私の心の中にずっと残り続けて
ふとした瞬間にまた表面に現れてきていた。
「今まで気づきませんでしたが、私両親のこと大嫌いです!」
こうメンターに宣言できたとき、
自分が蓋をしてきた感情を開放できた爽快感がありました。
口に出して人に伝える、というのは
とてもパワフルな感情の肯定だと思います。
こうして一度、心に抱え込んでいた感情を開放して消化できると
もう後々になってモヤモヤし出すことがありません。
そして、一度両親を大嫌いだと認めて
もう無理に好きになる必要ない、
親として認めなくたっていい、
距離を置いたっていい。
と自分に許可できるようになったら、
私の両親への気持ちは変化しました。
嫌いだと認めたら、もう好きになれることはないと思っていたのに
しだいに両親のことを認められるようになったんです。
考えてみれば友人や恋人に対する感情だって、
ずっと一定ではないですよね。
すごく好きだったけど嫌いになったり、
嫌いだと思っていたけど突然好きになったり。
人は変化し続ける存在だから、
両親のことだって、一度大嫌いだと思っても
大好きにだってなれるんです。
だから、「大嫌い」を認めるのは決して怖いことじゃない。
私は両親が大嫌いだという自分の感情を認めたことで、
自分の思考や心に変化が生まれて
ようやく好きになれました。
親子だって人と人だから
好きな面も嫌いな面もある。
その両面を持っているのが、その人という存在。
今は「親だから」好きなんじゃなくて、
一人の人間として存在を肯定して
幸せでいてほしいと思っています。



