無駄で無生産な日々⑨
終点の駅前でバスを降りた時に女に電話をしたものの、連絡は取れなかった。駅員にこの町の中心地を聞けばよかったが、灯りの少ない寂しい町ということはすぐに分かったし、俺は汚い格好をしていたから、そのまま駅舎を背にして歩き出し、車通りの多い道を左に曲がった。
シャッターの下りた駅前の通りをしばらく歩くと町灯りはなくなった。左手の土手からは夏虫の泣き声がやかましいほど聞こえてきたから、俺は土手に上り腰を下ろした。土手の上は視界がよかった。通りの向こうには黒い海が広がっており、月が海に浮かぶ小島を照らしていた。この町の中心地を探すために、右手の駅の方を見、そして反対側を見た。駅の方には高い建物は見えなかったが、駅と反対側の方には5階程の高さの建物が見えた。だから、来た道をそのまま進むことにした。何台ものトラックが行き過ぎたが、歩いている人間はいなかった。5階建ての建物は1階が食料品店、2階より上が衣料品や台所用品を販売している郊外型のスーパーのようだった。当然、営業は終わっていた。通りから見えるのは赤提灯がぶら下がった居酒屋が2軒とうどん屋だった。
再度女に電話したらやっとつながった。うどん屋で待ち合わせることにした。このうどん屋は仲のいい友達の両親が経営しているという。俺はカウンターに座り、気さくなおっちゃんやおばちゃんと話しをしながら、ビールを飲んだ。わかめうどんがうまかった。
<続く>
無駄で無生産な日々⑧
ちょうどいいから、運転をお前に代わった。お前はA面もB面も『One Head Light』だけが録音されたテープをかけ、来た道を引き返した。街灯の多い通りへと車を走らせると、2号線に戻った。しばらく走った後、コンビニに寄った。
車の旅は列車やバスの旅と比べれば、出会いもなければ事件も起こらない。何もない田舎道でガソリンでも切れない限り人と接することがないからだ。列車やバスが終着点に着き、次の便が翌朝までないとなれば、深夜営業のうどん屋にでも行って、泊まれる場所を尋ねなくてはならない。車中で夜を明かすこともできなければ、夜明けまで走り続けることもできない。そんな車の旅において人と接することができるのがコンビニだ。
2年前の8月、俺は当時の女に会うために、女が暮らす町に行った。見知らぬ町だったし、女のこともよくは知らなかった。女には行くことを言わずにバスに乗った。バスは海沿いの小さな町の駅前に午後11時40分に着いた。予定では午後8時過ぎには着くはずだったが、雷雨のため到着時刻が大きく遅れた。女は実家で暮らしていたから、女の処に泊まれないことは分かっていたが、泊まる場所のことは考えていなかった。一緒に夕食を食べながら尋ねるつもりだった。
<続く>
無駄で無生産な日々⑦
住む所がなくなって転がり込むくらいだから、当然連れとは仲がいい。でも、広島に着く頃には話は尽きていた。そこで、その連れは三国志の武将の話を始めた。俺は三国志についてまったく知らないが、連れの枕言葉がふるっていた。「お前が三国志に興味がないことは知っている。だから、俺が好きな武将の話を一方的にするから、お前は一方的に聞いていてくれ。」俺は一方的に聞いた。今となっては、その武将が誰だったのかまったく覚えていない。
この時も加古川で2号線から外れて細路地に迷い込んだ。
そして、また加古川だ。
俺達の車はまた細路地に迷い込んだ。この土地には空間の魔術師がいるようだ。どうすればあんなに車の多い2号線から、街灯すらない通りに出るのか不思議なくらいだ。
路地を抜け瀬戸内の海沿いに出ると車を止めた。お前はガードレールに腰掛けて煙草を吸っている。俺も隣に腰掛け火を点けた。自分の車を見ながら吸う煙草は悪くない。
小さな車だ。背丈が180センチに届こうかというお前が乗ればなおさらだ。外から見ると、車の中はさぞ圧迫感があるように思われるが、実際に運転してみると、視界は外に向かって広がるから、傍目ほど狭くは感じられない。俺は、初めて手にしたこの車をジェニーと呼んでいた。
<続く>
