本来私達は身体は持っていない、個性の意識エネルギー体ですが、3次元波動領域の地球の体験に必要な、身体というツールを持って地球に生まれました。身体はあくまでもツールですから、自分そのものではありません。そして私達は個性や価値観が違う存在ですから、身体というツールもそれぞれの個性の表現であり、存在したままですでに自分として完璧なのです。    






ですが私達が物心ついたころには、すでに設けられた世間一般での美の基準などから、いつしかお互いの容姿を比べたり、自分の価値観で無意識に評価して見てしまうということは珍しいことではありませんね。それは本当にあなたが誰かと比べたくて、評価したくてしていることではありません。ここにも彼ら支配者のコントロールの意図がしっかりあるのです。    







まず、美の基準というものが存在すること自体が全く意味不明なことなのです。これだけの人間がいる中で、なぜ基準が必要なのでしょうか?それが一体何なのでしょうか?ということです。誰のための何のための美の基準なのか?そうです、私達のためではありません。美の基準とされている、金髪、白い肌に大きな目、高い鼻細身の身体に長い手足…。支配者の中にはレプティリアンの手下の立場の宇宙存在もいます。その一部の金髪碧眼系宇宙人が私達庶民に刷り込んだ美の基準です。まさにそのままです。彼ら支配者は自己顕示欲が強く、自分という存在が優れていると思い込ませたかったのです。                  







美の基準とされるものに私達庶民が翻弄され、我を忘れれば、それだけ真実からフォーカスを逸らすことができる…ということもそうですし、肌の色の違い、体型の違いなどで価値観の違いからお互いを評価させるとどうなるか…。言い争いや、言葉や実際の暴力などで人々が分断されます。私達庶民を分断し、争わせておけば彼らは安泰だからです。              







商業ベースで考えても、容姿に関するビジネスというのは非常に儲かるのです。サプリメントや化粧品、ファッションや食品に整形などなど。これを見ればお分かりかと思います。一体、美の基準があることで誰が得をするのか?これがわかればもう振り回される意味がないということもお分かりいただけると思います。







一つお伝えしたいのは、きれいになりたくてやっていることに対して、いい悪いでお話ししているわけではありませんので誤解されないでくださいね。何をどう考え、行動するかは個人の自由なのですから。そうではなく、彼らの意図した美の基準をもとに自分を評価すること、人と比べることによって、セルフイメージを低くしてしまったり、必要以上に人の評価も気にしたりしてしまうのは勿体ないと思うのです。     







世間一般の刷り込まれた美の基準には、そもそも私達庶民を支配コントロールする以外、とくに何の意味もないのです。それこそ幻の基準に過ぎません。誰かが誰かの個性の表現、価値観を評価する必要もありませんし、それはできないのです。みんなそれぞれの個性の表現であり、一人一人の美しさである、ただそれだけです。身体は体験のために必要な素晴らしいツールです。とてもありがたい相棒なのです。        





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