地球に来た目的…輪廻転生を繰り返して前世、過去世のカルマを清算し、魂を成長させるため。カルマを清算しなければずっと地球に生まれ続けて、天国に行けるまで延々と輪廻転生し、やり直しの人生が続く…。

このような話を聞いたことは幾度となくあると思います。                      






このような話は支配者トップのレプティリアンが、自分達は神々であり、天から来た特別で高貴な存在だと偽って庶民の前に現れたことで、庶民に神々という手の届かない高貴な存在がいると信じ込ませました。庶民の前に現れ、我々神々を信じ崇め、神々のおうせの通りに生きれば天国行き、言う通りに生きなければ地獄行きで、また来世も地球に輪廻転生し積んでしまったカルマの清算する…などという宗教的概念を刷り込み、いまもその概念が深く私達の価値観、意識に浸透してしまっています。                   






そしていつしか地球は修行の場であり、魂を成長させるために生まれてきた、などの価値観になってしまったのです。私達は地球に修行や苦行をしに来たのではありません。成長を目的として来たのでも、カルマ清算し、徳を積むためでもありません。私達はすでに完璧です。成長はまだ自分が足りていないとする価値観です。私達に足りないというものはないのです。人と比べるてしまうから、刷り込まれた価値観で判断してしまうから自分は足りないと思ってしまうだけです。 







いくら地球で体験するといっても、地球の全てを体験することはできません。したい体験に必要なツールは持ってきているので、それが好きなこと、得意なことになるわけですが、それ以外の体験でツールを持っていないものは難しく感じたり、興味を持たなかったりします。ですから私達に足りないものがあるのではなく、地球で体験したいことだったか、そうじゃなかったかということだけです。私達は常に変化し、進化している…ただそれだけです。            






カルマ(罪)というものはありませんから、苦労は買ってでもしろ…なんてことはしなくてもいいのです。私達庶民は支配者から、我慢し苦労し、乗り越えれば魂が成長するなどと刷り込まれてきましたが、そんなことをしたらどうなりますか?我慢は辛いです。苦労は苦しみや悲しみを感じます。つまり波動は重くなります。壁を乗り越えるどころか、重い思考の現実、ずっと我慢と苦労の現実が続くということです。     






目的や目標のためにどうしても必要なことで、自らが積極的に受け入れている我慢や苦労の場合は、我慢も苦労も自分の中で俯瞰して、冷静に受け止めることができますし、我慢や苦労よりも目的や目標にフォーカスが行きます。目的や目標に近づくほどむしろモチベーションが上がりますから、そこまで重い思考になることはありません。               






滝に打たれても、坐禅を組んで唱えながら飲まず食わずで瞑想しても、思考が変わらなければ現実は変わりません。体力や気力がギリギリになるとトランス状態になり、快楽ホルモンが出て幻想や幻聴が現れたり、異次元存在と繋がってしまったりすることで、超人的な力が目覚めたような気がすることもありますが、身体も心もしんどくなり、かえって波動を重くしますから現実は何も変わらないのです。         






我慢や苦労をすればするほど波動は重くなります。それを美徳としたのは支配者であり、重い波動エネルギーを搾取するために刷り込んだだけであって、私達庶民の幸せのためではありません。嫌なこと、したくないことをすれば楽しくないので波動は重くなります。波動を軽くしたいなら、好きなこと、したいことをして楽しんでください。地球は修行の場ではなく遊園地です。地球は、自分の上に遊びにきた全ての存在が何一つ困ることないように、自然や、資源豊かで楽しく遊べる惑星にしたかったのです。






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