ある動画をYouTubeで見ました。そこである人がこうおっしゃっていました。「今の日本人は仕事はできているが、生きることができていないんじゃないかと疑っている。」と。生きるために仕事をしているが、生きることができていないとはどういうことか。これは話の前後を聞けば分かるのですが、こういった時代を続けたから我々は本当に何がしたいのかが分からなくなってしまった、幸せが何なのか分からなくなってしまったということでした。
今、僕はワーホリでオーストラリアに来ています。皿洗いの仕事を2つ掛け持ちして月曜日から日曜日まで毎日働いています。この2つの仕事に就くまで苦労しました。家賃も払えず、ご飯もろくに食べられない。ここでは英語力や特別なスキルがないと仕事を見つけるのが非常に困難です。だからスキルのない僕には仕事を選ぶことすらできません。とにかく何かしらの仕事に就いてお金を稼がないと生きていけません。なので今ようやく2つの仕事に就けたことで、なんとか生活することができています。相変わらずお腹いっぱい美味しいものを食べることはできませんし、ルームシェアで人に気を遣いながら生活しなければなりませんが、ようやく安定してきた様な気がします。しかし、お金の不安が減ってくると同時に、楽しみも減りストレスだけが増えてきました。最近はそのせいで少し気持ちも沈み気味でおかしくなってしまうんじゃないかと自分でも気づき始めていました。ただこの辛さを乗り越えて僕は強くならなければならない。そう思ってなにくそとやってきました。そして、ある時前述した1本の動画をYouTubeで見たわけです。それを見て僕は思いました。「ああ、自分は生きることができていないんだ。」と。だから今日、2つの内1つの仕事を辞めました。辛いことに耐えて強さを求めることは、何も間違っているとは思えないし、未だに必要なことだと思っています。ただ、生きることができていないことは良くないんじゃないかとも思いました。ワーホリに来たのは経験のためで、そして強くなるためでもあります。月曜日から日曜日まで働くこの生活は辛い、でもそれを乗り越えて強くなるんだと思い、続けてきました。ただ1本の動画を見て、「そうだ、自分は生活はしているけど本当の意味で生きることはできていない。」「ここで仕事を辞めたとしてもどうせこれからまた辛くなるんだからそこをまた乗り越えればいいじゃないか。」と自分に言い聞かせて仕事を辞めました。
僕は辛さから逃げたことになるんでしょうか。弱い人間なのでしょうか。ただ、心は少し軽くなりました。そして、空いた時間でやろうと思ったこともあります。お金に関してはまた苦労するでしょうが、少しの幸福は得られるのではないかと考えています。この選択をして良かったと思えるよう生活していきたいと思います。