「大喜利」が記憶に残らない・・・理由
まだ、ストンとこないのは、もしかして既に「予備軍」なのか 
その想定を外して、考えるならば、寄席演芸の成り立ちや有り様を、探ることから・・・・
一口に演芸といっても、結構な芸態があるわけで、分類しつつ、検証の旅にでるとするか(記憶の旅)
記憶のレベル・・・
認知症予備軍検査。
項目の中に、以前見た映画の「見た記憶はあるが、内容が思い出せない」
よく、前日の晩飯のメニューが思い出せない・・
ただ、これは「加齢」による「物忘れ」の部類らしいが・・・
しかし、食べた覚えが無い! ってことになると「厄介な症状らしい」・・
空腹感はどうなってるんだ
映画に関しては、テレビで見る時、タイトルはうろ覚えでも、始まった瞬間にエンディングが出てくる訳で・・
まだ、見た覚えが無い「現象」は起こらない。
最近、気になるのは、「笑点」の再放送(BS)の「大喜利」だ。
まだ司会が故円楽の頃や、故歌丸の頃・・・・
店は日曜休みで、欠かさず(家にいるときは)楽しみに見てた「筈」だが、
やりとりが、「お初」(新鮮ではあるが・・・)、これはこう答えるぞ
が全くない
実はこの頃は見てなかったのか??って想った方が、慰めになりそうなくらいだが・・・・「見てない筈が無い」の方が「強い」
映画や音楽みたいに、一瞬でそのときの情況やら付随して出てくる・・・
見方・集中・・・・・の違い・・・・で「解決」したくはないのは、「笑点」だって、ついでに見てた・・って、「記憶」はない
記憶の意識を考えてるうちは、まだ「予備軍」にも入れないか・・
そう・・遠くじゃないはずだが・・・
落札の瞬間に、シュレッダー作動
てめ~の絵画に仕掛け
その場に居た奴らは、いっせいに「何事!???」 
これは、出来事だが・・・「事件」じゃない・・かも・・・
これも、作者のプロセスか
これで、作品完成! でもないかもな・・・・
芸術性だの、オークションとは・・・より、額装に仕込まれた「装置」と「作動タイミング」に、激しく興味・好奇心・・・
但し、会場の無防備は「露呈」したな
気~~付けなハレ