JUNK DO -6ページ目

やっと始動

看護学校を受験します。

夏前から考えてはいたけれど、ぐちゃぐちゃと言い訳をして、踏み切れずにいたのです。

金銭面の著しい不足、基礎学力の停滞と低下、学習環境の整っていない生活…最低な状況が何一つ改善しないままの見切り発車です。

何とかなる、というアホの楽天家なので。

言い訳を続けながら挑戦せずに死ぬのは嫌ですし。

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一応正看を目指しますが、落ちた時の事を考えて准看の学校も願書を出すつもりです。
幸か不幸か、准看の学校は願書の配布からして(つまり出願期間も受験日も)遅いですし。

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上記の通り余裕皆無(主に経済力)なので、それぞれ一校ずつです。

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自分がいくつかの医療機関で散々世話になった(下手すれば医師よりも看護師とのやりとりの方が多いし!)看護師の姿、痛ましい事件の頻発する世情での医療の重要性、医師の国家試験を控える友人、何故かプライベートで知り合った何人かの現役もしくは元看護師達との語らい…

ネット上や職場での会話で感じた公衆衛生観念の欠如…
情報を調べ、妥当性を個人的に検証して伝える事は簡単だけれど、自分の言葉に何ら社会的な裏付けの無い歯痒さ…

踏み切る条件は、私には必要十分でした。

どう転ぶかわかりませんが、精一杯動いてみます。

ひとまず、年明けの受験日に向けて。

ヤカラ

唐突に愚痴から始まる。

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目を合わせたら威圧出来るとでも思っているのだろうか?
こちらは自分の感情を曲がりなりにも客として来店した相手に伝えないようにわざと視線を逸らしてあげているのに。

ありったけの罵詈雑言で吠えたいのを堪えている状況の私の目は、悪意に満ちているか、無感動かのどちらかだと思う。

最終的にこうした御仁には何を言っても通じまい、と明後日の方を見ていたのも、その御仁は気に入らなかったらしい。
まぁ、かなり飲んでいた御仁であったし。

あ、思い出したらまた腸が煮えてきた。(笑)

店長にも、今日の事は忘れよう、と、電話で苦笑いされた矢先なのだが。
社長は…店長にメールを転送して丸投げしたと思われる。(苦笑)
私よりもさらに無作法な客に対して辛辣だからな、あの人は…

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「お客様」を名乗るならば然るべき振る舞いがある筈だ。
泥酔状態で入店するなどもっての他。
そして、そこの従業員の態度が気に入らないならば出て行けばいいのであって、相手の業務を邪魔してまで、揚げ足取りに腐心するなど、客ではなくただのチンピラだ。
…大阪では、チンピラの類を、「ヤカラ」という。

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自分は決して「客」から「ヤカラ」に堕ちるまい、そして、万が一勤務中にまたヤカラに遭遇してしまう時にはもう少しマシな対応が出来るように、そして自分が客として入った店でヤカラに出会したなら、社会人としてとるべき態度をきちんと選択したいと、しみじみ思う。

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軽薄短小の第三次産業が隆盛となり「お客様は神様」という間違った表現が普及して、みっともない「ヤカラ」が老若男女問わずに現れる。
(少し前から教育現場でいっそ面白おかしく問題にされている「モンスターペアレンツ」も言わば「ヤカラの保護者」という事だろう)

嘆くのは簡単で、意見するのは場合によっては命がけかもしれない。
「弱い犬ほどよく吠える」と昔から言われるが、それはきちんとどの犬でも見る余裕のある立場だからこそ「弱い」と判断出来るわけで…成人男性二人を相手取るのはかなりの緊張を強いられた。

万が一手を出されればある意味法的な絶対有利を手に入れられるが、一応それを判断出来る程度の社会性は残した相手だったので、延々と続く論旨のずれていく文句と一見筋が通っているようでありながら、ただ単に居直っているだけの揚げ足取り…我ながら泣きも吠えもせずよく耐えたと思う。

手前味噌か。(自嘲)

実証を重ねる「科学」だけが正しいのだろうか。

日々、煙草の煙のたちこめる職場で、自分自身は全く嗜まないにも関わらず、全身(口の中さえも)ヤニ臭くなるまで働いていると、「副流煙」「受動喫煙」という事について考える。
「偽善エコロジー」で有名な武田邦彦教授は、国の提示する受動喫煙による癌発生とその死亡率のデータの杜撰さについて、おそらくはブログで触れていて(「受動喫煙」「副流煙」で調べたら武田教授の署名のあるテキストがヒットしたので、その文章の真偽やどういう性質のものかまでは検証していない…本来ならばそこまで検証しなければネット上での他者を否定するような発信はしない方がいい筈なのだが…)、そのデータがあまりに杜撰であるが故に、受動喫煙の害そのものを疑問視するような論調でそのテキストを結んでいらした。
しかしながら、私は「過去に喫煙経験のある非喫煙者」(愛煙家ではあり得ないが、「嫌煙家」としてヒステリックにはなりたくない)として、日々過剰な煙に晒される事のつらさを呟きたい。

一般健康診断では確かに受動喫煙による害として考えられるようなデータは何も出て来なかったが、帰宅して数時間経っても抜けない息苦しさ、ヤニ臭さ。
手洗いするとヤニで真茶色な水になる制服…これらを「害」として主張するのは許されないのだろうか。

喫煙者が度々、「嗜好品を楽しむ権利」を訴えているのをネット上のテキストで見かけるが、私は、働く環境を選べないワーキングプアでしかない非喫煙者には、「吸いたくない煙を吸わない権利」もっと言えば日本国憲法第二十五条の「健康で文化的な最低限の生活を送る権利」はないのだろうな、と、最早諦めの境地だ。

街を歩けば、路上喫煙禁止を謳った条例特区であろうと、平気で歩きながら紫煙をくゆらす人々がいる。
すれ違う人の持った煙草で、灰が付いたり、持ち物に焼け焦げまで出来た事すらある。
良識とはなんだ、マナーとはなんだ…なんて、そうした人に対しては叫ぶだけ無駄、多分、私が死にさえすればもう望まない煙にさらされる苦しさもなくなるんだ、と、暗い思いに駆られるばかり。

公平なデータや法解釈といった、「正しさ」は、ヒステリックであったり、大国に追随するだけの盲目的な健康指向よりも、確かに社会性の維持に必要かもしれない。

それでも、実感としてのどうしようもない日々の苦しさを、そして「みんなが煙草を止めてくれたら本当に楽になるのに…」という叶わない望みを、呟かずには、いられない。