こんにちは
お久しぶりです。ノラです。私は元気です。
育児日記を綴るブログなのに、そっちはなかなか更新できてないけど、ちょっと家族のことで重い話を、記録として、書いておこうと思いました。
私の父親の病気のこと。
このブログ、長くなると思います。
暗い内容なので、
見たくない方、また育児日記のときに、読んでくださいね

これは、
私の中で、整理しながら、大切なことなので、書いておきたいんです。
私の父親、72歳なんです。
厳格で、亭主関白で、せっかちで、真面目で。
↑こんな悪口しか出てない感じだけど、なんだかんだ言っても、私の父親なので大好きです。
なんだかんだ言っても、私のこと大事にしてくれるし、優しい。
お父さんって、ずーっと何十年も呼んできたけど、
娘が産まれた3年半前からじーじってしか呼ばなくなったなぁ。
定年退職迎えて、少し延長して働いて、少しゆっくりして、暇つぶしで短時間バイトして、辞めて。
ここ数年はコロナ禍ということもあり、バイトもせず、ずっと家にいました。母親はまだフルで平日パートで朝から晩まで働いてるので、じーじは、ずっと1人の時間が長かったんです。
それもあり、
ここ数年、ボケてきたよねーって笑いながら母と話してたりして。でも、まだ体もしっかり、孫の抱っこもがっつり、孫たちからは大人気
そんなじーじ、10日くらい前から少し咳が出てたみたいで、ずっと熱はなくて、でも若くもないし、だんだん咳がひどくなってきたっていう母からのラインを見て、心配性な私は必死で、実家近くでPCRやってくれるクリニックを探して、何軒かピックアップして母に連絡しました。
『じーじ、コロナじゃなかった』
って、ラインきて、私はほんとにホッとしたのも束の間。
『あとでちょっと家行くね』
って母が言ってきて、孫の顔見たいのかなって、軽く返した。
そしたら、ばーば1人で来た。
コロナじゃなかった、でも、もっともっと大変なことになってた。
体。
じーじ。
ステージ4の肺がんだった。
肺以外にも転移がみられるとのこと。
もっても、半年だと言われた。
私たち家族は、全然、気づいてあげられなかった。
育休中は毎週会ってた。
復帰して、毎週は無理でも、毎月1回か2回は会ってた。
でも何もわかんなかった。
咳が出て、そういえばここのところ食欲が無かったってばあばが思い返しながら、自分が働いてて、じーじをひとりぼっちにしてたことをすごい責めてた。そんなこと今言っても仕方ない。
私が、このクリニックは?って言ったクリニックに行ったら、咳がひどいですね、薬1週間分出しますね、って診察終わらされそうになったみたいで、母親は納得いかず、大きい病院に紹介状を依頼した。
で、すんなり書いてもらって、そのまま大きい病院に行き、すぐ検査、即入院。
『その薬1週間飲んでたら、もしかしたら助からなかったかも』
と先生から言われたらしい。ばーばが、じーじの命を救ってくれた。ばーば、えらい!ばーば、ファインプレー!そこでおとなしく帰ってたら、もう最悪の事態が起きてたかもしれない。考えただけでゾッとする。
じーじ本人も、ちゃんと先生から説明されたみたい。
私は、泣き崩れて、母親も泣いて、娘は訳もわからず、でも、おとなしく、トントンしてくれた。3歳の娘には到底理解できる話ではないけど、でも、じーじが元気なくなっちゃったからママは悲しいということを伝えたら、一緒に泣いてた。1歳の息子は全くもちろんわからなくて、トントンじゃなく、私をバシバシ叩いてきた。。。

今こうやって書きながら、少し冷静になって、でもちょっとまだおとといの出来事なので、文章が読みにくかったらすみません。
入院した病院は、コロナ禍で面会禁止なんだけど、荷物をナースステーションまで届けることはできるから、私は夜な夜な色紙とシールを買いに行き、
子供達に桜のシールを🌸ペタペタ貼ってもらって、メッセージ書いた。パパと私はメッセージ書いて、いろんな写真切り抜いて貼ってみた。
スマホ見れないかもしれないから、近くに飾って置けるように、元気になるように、祈りながら色紙をつくった。我ながらすごいのが出来たな、と。お見せできなくてざんねん。絶対これ喜ぶ、絶対笑顔になると、私は思ってる。
看護師さんに聞いたら、面会はできないけど、遠目で顔見るくらいならいいですよって、数メートル?離れたところで待機。
ゆっくりだけど、自分の足でしっかり何歩か歩いてるじーじを見れた。もうそれだけでじゅうぶんだった。この辺までで、すいませーん、て看護師さんに止められてた。
ばーばのライン、入院してから一晩中既読にならなくて、もうどんな状態なんだよって不安で不安でしかたない夜を過ごしたけど、じーじが酸素のスタンド転がしながら歩いてた。車椅子じゃなかった。
病棟だから大きい声出さないけど、泣きながら手を思いっきり振ったら振り返してくれた。母と私と娘で行ってたから、娘の顔も見せることができた。
夫と息子は、駐車場で待機だった。
その後、病院から帰って夜、入院して初めて、じーじからばーばに電話が来たらしい。
私に、色紙、ありがとうって伝えてって。
ライン、今は返せないけど、嬉しかったって。
私は、嬉しくて、安心して、ほんとにほんとに、じーじ、辛いかもしれないけど頑張って生きてるんだ!って思った。応援するしかない。
じーじと、先生たちを信じて、応援するしかない。
あとは、見れないかもしれないけど、大好きな孫達の写真をいつでも見られるように、みてねにたくさん写真をアップしたいな。
たまに、手紙とか届けに行こうかなと。
いつ退院できるとか、今後のことは何もわからない。
でも、近日中に個室が空いたら移動させてくれることになった。
個室入ってから、本人の体調が落ち着いてて、医師が許可したら少しだけ会えることもあるらしい。個室=面会OKではないことを了承してくださいね、とは言われたけど、会えるのなら、仕事休んででも飛んでく。5分でもいいから、会いたい。
私ができることなら今後なんでもやる。
親孝行、できることならなんでもしたい。
親になってみて、今が一番親に感謝の気持ちが溢れすぎてて、ほんとに、迷惑かけたなぁとか、もっとあんなことやこんなことしてあげたい!って思う。
まだずっとずっと生きててほしい。
そんなことをこの2日でずーっと考えてる。
そんな時に、今朝スッキリを見てたら、あるコーナーで涙が止まらなくなってしまった。
『生きてやろうじゃないの』
『生きてるだけでよしとしよう』
こんな言葉を言ってた、武澤順子さん。
本買おうかなと、久しぶりに思った

今の私の生活に、本読む暇なんて、全くないけど。
生きてるだけでいい。
生きてさえいてくれれば、それでいい。
じーじにそう伝えたい。
ゆっくり話せてないから本人がどんなことを今考えてるかわかんないけど、私は本人の思いを尊重しながらとにかく応援したい。
さっき、神社にいってお願いしてきた。病気平癒の御守りも。
本人が一番つらい。
急に1人になってしまった母親もつらい。
わたしは、出来るだけ母親を支えたい。
そんな私は夫に支えられながら、なんとか2日間頑張ってます。
怖いからネットで病気のこととか、調べたりはしないけど、たまたまネットニュースでバレーボール選手の記事が目に入って、若い人もあるんだな、とか、ステージ4だって諦めずに頑張る、戦う、向き合う人がこの世の中にたくさんいるんだなと思った。
身近でこういうことがなかったから、動揺しまくってたけど、少し、冷静になってきました。
私も、頑張らなくちゃ

お読みいただいた方、
ありがとうございました。
また書きます。