私は普段、介護の仕事をしている。
その中での光珠の煕活動です。
でも、そろそろ、本格的に一転集中していく必要があり、
限られた時間は長いのか短いのかわからないけれど、
先急ぐつもりはないけれど
今動けるときに動かないと・・
後できっと後悔する・・
その一心があるからこそ
前しか見ないでただただ歩くのです。
振り返る暇なんかない・・
すでに
志を共にする夫が私についていくと言ってくれたから・・
77の夫の体の事を考えると
本当は、静かにしていたほうが良いのは十分承知だが、
55の私は
もう、いまやらないと道は作れないという強い思いがあるので、
私は挑戦し続けることを選択した。
自分で選び
自分で選択したことの道は
私自身がそうなのだけれども、
絶対的な確信があるのは、
私を守るものすべてが「それでいい」と道を指示しているのだ。
突き動かされているのだ。
ともあれ、
自分の選択した道だからこそ
愛する人を巻き込んだからこそ
私は、最善の道を歩めるように前進あるのみだ。
左脳と右脳が交差しながら
その中間点で自分を維持し続けるという人生の醍醐味を
これから、出逢う縁に磨かれながら、
学びともに成長していきたいとの”希望”が十分にあるのです。
人は魅力あふれる人に惹かれるモノ・・
私はここからどう、磨きをかけられるかは
私の感性と
私の直感と
私の洞察力と
私の努力
私の忍耐
私の決意
私の信念
それなのです。
ところで、まじめくさった自分の信念を語っても仕方がないので・・
若しまだ、この記事をお読みくださった方々に
少しだけ
昨日会った経験を聴いていただきたく思います
私は最初に言いましたが、
在宅介護の仕事をしています。
私は28歳の時に始めてこの道に入りました。
その一番の理由は、食べていく為です。
でもいつしかそれが、内省内観としての自分の修行の場として
一つ一つの経験をさせて頂きながら、私は多くの魂から、
「人間」というものを学ばせていただいた気がします。
それは今もおなじなのですが・・、
で、昨日は、急遽お体の状態に変化が生じ、
年齢やご病気、それによる日々の症状の変化等・・の低下で
”死”と向き合う命の現場を体験させていただいております。
一生懸命介護をするご家族様
そして
”今この瞬間の生を精一杯生きる”ことで
様々な心の変化、心情をみせてくださるご利用者様
その方が
こうおっしゃっておりました。
「私は負けるもんか!ってね、何くそってね、やり抜くぞー!ってね」
「馬鹿にされたよ・・、貧乏だったから
本当に助けてはくれないよ・・」「だから私はあきらめなかったよ・・」
「何度も何度も逢いに行っては断られたけど・・」
「それでも負けないぞーって」
そのような会話をされ始めました。
もともと認知面もありはしますがそうではなく
過去この方がどのような思いで、どのような覚悟で、どのような人生を歩んでこられたのか
そういった”思い”を私にぶつけてきました・・。
こういう思いを聴く度に
訪問して本音を聴く度に
私は、
訪問している方々がどんどん好きになるのです。
可愛くて仕方がなくなるのです。
時々振られることもありますが・・
でも、
いろいろなことがあっても、そのつかの間の時間は
私にとってはかけがえのない時間なんですね・・。
だから、介護の世界から抜け出せないのかもしれません。
ただ、
やることが明確に決まった道を
一心に歩みたいと思っています。
沢山の魂に携わらせていただいていることを
天地ご先祖様に向かって、
ありがとうございます・・と、祈らずにはいられないのです。
まだまだ成長し続けて行くこの道を
私の魂にも感謝せずにはいられません。
反省も含めて・・
因みに・・・
昔から私は、
この仕事に携わると必ず”死”を見送る役目があるように感じています。
在宅のケアマネ時代においても、
何故か私の場合”死”を迎える方が多いいのです。
以前はそれがどう意味かは分からなかったのですが、
それがそうであると知った時に
すごく腑に落ちたのでした。
それは
自分の干支にはそれぞれお役目があるからです。
これはおそらくあまり知られていないように思いますが、
誰にも共通して言えるので、間違いないと思います。
そして私の干支は「とり」
西をおさめるのが「とり」
そして
”死”
”裁判官”そういうお役目です。
おそらく、
これをお聞きした人の中にもしかすると
納得する方も多いいのではないでしょうか?
不快に思われた方がいたら申し訳ないのですが、
スルーしてやってくださいね・・。