2012年3月。
大学4年が終わろうとしています。

4年次の活動を振り返りたいなーって思いながらー
なかなかできませんでした。

まず、就活中は無理だった。

別に時間がないとかじゃなくってー

何が正解か分からず、グチとか非合理的な批判とか考え方に頭が占拠されてる気がして―

なかなか整理できなかったカラ。

で、最近就活終わって、また振り返ろうとしたけどー

やっぱ1年分となるとなかなかまとまらない。

でも完璧にまとめようとすると一生書けないのでー

少しかいつまんで、今の段階で思い出深いイベントと経験を少し書きだそうかと。。

2011年年末。
10か月の留学から帰国し、韓国から戻りました。

2012年は帰国のその流れで就活開始。

就職する気ではいたものの、留学中は一切就活の準備をしてませんでした。

フツーに韓国の勉強がしたかったカラ。そのためにいったしね♪

ただ、僕の留学先は、社会運動とかの研究が盛んで学生もそーゆーのに興味があったりー

オレ自身も慰安婦ハルモニの集会とかに行く感じの人だったのでー

なんか資本主義とか企業や社会に対する不信感があった。

そこでの就活だったもんだから、少し気が重くはあったかも(でも基本的には、社会人とかビジネスの新しいフィールドには憧れてた。)

そして1月に初めて合同説明会に行くのですがー

そこで髪とか含めて若干チャラチャラしてたオレに人事の人がわざわざ丁寧に声をかけてくださりー

それがなんか嬉しくて、就活しようって思えました。

ただ就活の軸とか考え付かず、その後僕の就活は1年路頭に迷いますワラ

さて、就活はちょっと義務的なところもあったけどー

帰国後、僕にはやりたいことがありました。

①留学経験者コミュニティーを創る
②大学で韓国好きの集まるコミュニティを作る
③日韓交流パーティーをする
④日韓の歴史問題解決に関わるアクションをとる
です。

①はー
もともとそーゆーアクションを起こしていた、今オランダにいる留学仲間と連絡をとって動き出しました。

彼が一時帰国してる間に国際センターいったりしてね。
国際センターは非常に協力的でしたが、結論からいうと、この構想はとん挫しました。

まぁオレの弱さっすね。
半端にやってしまった就活のせいで、時間を割けなかったこともあります。

(ちなみに、半端にやってた就活は春~秋で中断しました。

面接で訪ねたベンチャー企業の社長に
「余裕がないように見える。ひとまず今やらなきゃいけないことから片づけて、その後また就活始めた方がいいよ」

という、どストライクなコメントをもらったことがキッカケです。)

ただ、このアクションは次の②③につながっていきます。

①で一緒に国際センターいった友達が創った外国語おしゃべりサークルを紹介してもらいました。

その名も「Lingua Franca」

もともとの潜入目的は、留学経験者のコミュニティーを作るための人脈創りですがー
結果的に、韓国好きを集める場になりましたワラ

ということで②の実現のための足がかりを、このサークルでつかみました。

ただ、このサークルも色んな意味でざっくりで。。

今後大丈夫かなという気もします。
てかオレはもう卒業だけど。

でも、韓国人留学生会も引っ張ってきたし、留学組にもアプローチできたし、基本的にメンバーは面白いので、イケると確信してます!

(留学組とのつながりは①で国際センターと仲良くなって、留学説明会などのイベントにちょくちょく顔を出せたお陰で、留学関係者との輪を広げることができたってのは大きいです♪)


そして、③もLiugua Francaで出会った人と一緒に企画しました。

パーティー自体は80人くらいのもので、反省点もありますがー
ひとまず出来たこと自体は勝手に評価してますワラ

このパーティーは1カ月前に開催しました。

そのイメージ作りの活動は春までさかのぼります。

何か面白いものを探してた僕は、経堂にあるソーシャルエナジーカフェを訪ねます。

社会起業家のお店で、いろんな交流会を開いてます。

そこでインターンしたいなーと思って、交流会に訪ねたら、

そこですでにインターンやってる人と出会います。

社会人だけどフリーで活動してる人。

話してるうちにー

「今度、社会起業家を集めて交流会をやるから、一緒にやらない?」

と言われ、即決。

もともとNGOや社会的企業には興味があったしー

日韓交流パーティーの件があったので、そーゆーのやってみたかった。

ということで、プロジェクトチームとして6月にこの交流会を行いました。

(ここでお世話になった社長さんには、就職決まったときに人生初のキャバクラに連れて行ってもらえましたワラ

というか、この社長さんともう一人の若手起業家の人には社会人としての振る舞いについて本当に勉強させてもらいました。)

このイベントでできた準備~開催までのイメージは、日韓交流パーティーをやる際も非常に役立ちました。

④は、年始までさかのぼりますワラ

2011年2月、日韓の歴史問題に関するのが何かないかなーっと思ってたところー

大学で、フィリピンと日本の平和を考えるというような一般向けのシンポジウムを発見。

韓国とは関係ないケド、戦争の話が関係していたので、行ってみました。

そこで出会ったのが、NPO法人ブリッジ・フォー・ピース。

(この団体の方に、就職先をご紹介いただきました)

ブリッジ・フォー・ピースの活動は、元日本兵の方の戦争体験や今の想いを記録したりー

平和や国際関係などを考えるワークショップを実施するのがメインです。

そんな中、今後韓国や朝鮮半島に目を向けていき、学生メンバーも募集中とのことでー

シンポジウム終了後、即声をかけました。

そして、朝鮮半島と日本の歴史について考えるワークショップを企画できました。

また、日本ではNPOというと、単なる慈善事業という考え方が多いですがー

それは正しいとは言えないです。

ワークショップの会場を借りるにも、戦争体験者の話を聞きにいくとき電車に乗るにも、HPを作るにもお金がいります。

また、ワークショップのようなイベントを開催するにあたっては、参加者にメリットのあるサービスを提供しなくてはいけません。

そういった意味では、良いことをやっているという独りよがりな考え方では成功しない。

社会において、価値やサービスを提供するということ。

そのために必要な準備や考え方を学びました。

また、団体の様々な活動を通して、それまででは出会えない人と出会えた。

大学の教授、ジャーナリスト、企業人、面白い学生など。

社会を知らない僕にとってはー

間違いなく刺激的な空間でした。

またどんなときでも笑顔で、マメに連絡を下さる代表の方の姿勢はー

リーダーとは何かについて考えさせられました。

ご縁があっての出会いですし、おそらく社会人になってからも、何かしらの形で関わっていくのではと思っています。


その他にも多くの出会いがありました。

高校時代から関わっている団体で、面白い高校生に出会ったりー

夏に棚ぼたで参加した日中韓の学生フォーラムでは、

美しい韓国人と、面白い中国人、意識の高い日本人学生たちと出会いました。

(東大生中心の学生団体の企画だったけど、東大生とまともに会ったのは初めてだった。やっぱみんな考え方がしっかりしてる。)

振り返ると、人とのつながりをすごく意識した1年でした。

僕は傲慢な人間でしたがー

留学中、友達に良くしてもらってキャラが変わったように想います。

韓国留学中は、図書館に閉じこもって、寝食を忘れて勉強してました。

自分のことしか考えない僕の体を本気で気遣ってくれる友達がいました。

それにすごく感動した。

ずっと感謝してます。

人と人とのつながりが全て。

だから出会いと友だち、人間関係は大切。

そのために謙虚に且つ、目の輝きを失わないよう、アグレッシブに生きなくちゃ。

そんなことを意識しながら、

卒業後も自分らしく、前向きに生きていきますっ!