韓国好きなら必ず一度は行くであろう
(とゆーかヘビーユーザーになるであろう笑)
お馴染み新大久保の「韓国広場」!
キムチから辛ラーメンやら豚バラブロックやらチャミスルやらを買いに
月1は行くし、新大久保行ったらとりあえず物色しに行くー
そんな韓国広場社長・金根熙(キムクンヒ)さんの講演会があるとゆーことで、
こりゃ面白そーだ!と仕事を放り出し立教大学へー
なんとなーく参加したケド、創業エピソードが、けっこー深イイ!
そもそも韓国広場って?
大久保にあるスーパーマーケット。
韓国食材手に入れるなら、とりあえずここに行こうってトコですねー
ネットショップもありまっせ
実は株式会社韓国広場はこのスーパーだけじゃなく、
料理教室(カナダラクッキング)や、韓国コスメのお店を展開したりと、
他の事業もやっています。
1993年に創業し、現在年商40億、従業員数 133名ですってー
すごーい
学者からキムチ屋に!?
そんな金根熙(キムクンヒ)社長の生い立ちはというと・・・
1956年韓国は木浦(モッポ)のご出身。
当時、韓国は朝鮮戦争休戦直後。日本で言う団塊世代的な世代だそうです。
当時の雰囲気について、金さん曰く、
夢を追いかけるというよりも、
南北の関係をどうするか、また生活を豊かにするにはどうするか、
といったミッションを考えさせられる感じだったと言います。
そんな中、金さんは学者の道を進み、南北関係の研究にあたっての資料を求めて、
80年代に来日したことから、日本とのつながりができ、
その後、旧通産省関連の研究等で、日本に住むことになります。
一方当時の世界情勢は、
ウルグアイラウンドに端を発した、経済ボーダーレス時代へ。
EU、NAFTAといったグループができる中、世界で生き残るためには、
アジアにおいても日韓友好・連携は不可欠!
と金さんは強く考えるようになりました。
しかし学者として論文を書いても影響力はたかが知れている。。。
そんなある日、お子さんに好きな国を聞いたところ、
1番は国籍を持つ韓国、2番は住んでいる日本、そして3番は中国だと。
1番2番は分かるが、3番目がなんで中国なのかと聞くと、
その理由たるや・・・中華料理がおいしいから笑
ちょー単純な理由笑
でもこれを聞いた金さんは、ハッとします。
「そうか!“キムチ”で日韓友好を目指そう!」
なんでそーなる!?笑
背景としては中華料理が好きだから中国好きになる、
という食の切り口と、
当時の韓国の紀行文でよくキムチは登場しており、
日本でもお馴染みの食べ物であったから、
ということのようです。
にしても。。笑
そこは創業者特有の「ひらめき」なんでしょーねー
(ちなみに、金さんはお子さんとの会話の中で、
自身も実は日本嫌いなところがあり、
それがお母さんの体験談や教科書教育の影響であり、
そのイメージからなかなか抜け出せていないことを再認識したそうです)
なぜ「韓国広場」って名前にしたの?
そりゃ、韓国食材扱うんだからそーでしょ・・・
と思ったら、実はそう単純な話でもない。
キムチで日韓をつなぐことを思い立った金さん。
持続可能なやり方で、ということでビジネスの形をとります。
まずは業界の先輩たちを調査すべく、
在日韓国・朝鮮人集住地域のお店にヒアリングを始めました。
そして30軒ほど回ったところで、気づきます。
どの店の屋号にも「韓国」「朝鮮」「コリア」が入っていない。。
つまりそういったキーワードを使えないほど、
当時の被差別意識があったという現実です。
そいうった背景から、金さんは屋号に
「韓国」を入れることになったのです。
キムチからスタートしたアイディアは膨らみ、
食や遊びを含めた韓国生活文化を広めるということから、「広場」に。
そして韓国食材に特化したスーパーマーケットが誕生します。
シャッター街だった新大久保を「聖地」に
ちなみにスタートは新大久保ではなく、
お知り合いの繋がりで、たまたま場所がとれた日暮里。
その後、多様性のある街ということで、大久保に居を構えます。
ところで外国人が商売をするとなると、なかなか入居が難しそうなもの。
しかも新宿から目と鼻の先の大久保。
さぞかし大変だっただろーなーと思いきや、実は物件はすぐ見つかったそうです。
なんで?
大久保エリアは今でこそ、韓流タウンで賑わっていますが、それは最近の話。
当時はシャッター街だったそうです。
ちなみに韓国料理店も数点しかなかったとのこと。
だから、入居は楽チン笑
韓国生活文化を伝えるというミッションを実現すべく、
既存のお店に加え、廃業する飲み屋さんには、韓国料理屋をやってみたら?と声をかけ、
自社の店舗だけでなく、地域すべての韓国関連店と連携。
「ここに小さな韓国があります」ということで、
「韓流の聖地・新大久保」が誕生します。
現在の街並みの火付け役が韓国広場だったことの驚きもさることながら、
まさに地域活性!
売上目標無いのに年商40億。2ケタ成長も。
そんな凄腕社長・金さんですが、語り口は非常に穏やか。
韓国系の創業社長ということで、勝手にピリピリイケイケな感じかと思ってたので意外。
尚、韓国生活文化を広めるということの他にも、
「売れるモノより売るべきモノを売る」というユニークな営業方針もあります。
また地域活動にも積極的で、町内会や商店会は勿論、
避難所運営委員会や、多文化共生関連団体等にも参加しています。
ちなみに韓国広場は、基本的に売上目標は無いそうです。
それでも直近は、2ケタ成長とのこと。
(これは前年の数字が分からないので、どのくらいスゴいか何とも分からないですが。。)
ただいずれにしても、それでも年商40億やれているのは、
明らかにミッションが浸透している!
韓流ブームは落ち着きましたが、それでもこれだけ商売続けていられるのは、
創業当初からの明確なミッションがあるからかと。。
「コリアンタウンじゃない」
ちなみに新大久保と言えば「コリアンタウン」と呼ばれますが、
金さん的には、そうは言いたくないそうです。
なぜならば、人口比率でも実は3割程度、
どちらかと言えば中国人の方が多い。
そして何より、自分達が入ってくる前は、
もともとの地元民はほとんど日本人はわけで、
地元の人の立場を尊重すべき、
「韓流の街」というならまだ分かるけれども、とのこと。
ホント地域に根差そうって感じだなー
他にも、日韓関係や、事業を進める中での壁など、
色々なお話ありましたが、とても興味深かったです。
僕が知っている新大久保は、せいぜい10年くらい前からで、
当時は既に今の状態でした。
そこそこ入れ替わりもある大久保のお店をみていると、大変失礼ながら、
なんだかブームに乗った海千山千のお店の集まりなのかなーと、
勝手なイメージを持ってしまってたけど、全然違う!
韓国広場のエピソードから、新大久保の知られざる一面を垣間見れたー
そしてミッションや営業方針の内容は、
自分の仕事を見つめなおす良い機会にもなりましたー
