東日本大震災から3年2ヶ月目の今日5月11日は母の日でした。
母の日が近づくとメンタルが弱くなるというか・・・
母に会いたい気持ちが募って堪える。
MISIAの『逢いたくていま』の歌詞そのまま、、、
母の日になると
【やっぱりカーネーションは赤がいいよね】という母の声がこだまする。
今年もやっぱり母が大好きだった赤いカーネーションを贈る。
いつも行く花屋さん、
『お母さんが大好きな赤いカーネーション、お母さんが長く楽しめるように蕾にしておくね』と。
すごく嬉しかった♡
そんな母の日はやっぱり雄勝へ・・・
母のお墓にもカーネーションを供えて、感謝を伝えた。
お母さんが生きている時に『ありがとう』が言えなくてごめんって事。
私はお母さんの娘で良かったよって事。
お母さんは私の理想である事。
何より私を産んでくれてありがとう、育ててくれてありがとうって事を伝えた。
何かを贈るとかじゃなく、直接『ありがとう』の言葉を届けることが何よりの贈り物だと思う。
私は出来なくてとっても後悔してる事だから、私に関わる大切な人たちには
私と同じ後悔してほしくないんだ。
だから伝えてほしい。
面と向かって伝える事は恥ずかしいんだけどね・・・
今日の雄勝の海も、とっても穏やかでキラキラに輝いてた。
面と向かって伝える事は恥ずかしいんだけどね・・・
今日の雄勝の海も、とっても穏やかでキラキラに輝いてた。
この穏やかな海が悪魔に変わったなんて信じられないくらい・・・
今日は雄勝でとっても懐かしい再会があった。
私が小学5・6年生の担任の先生で、バスケを教えてもらっていた渡邉先生との再会。
小学6年の時、授業で色紙にフリージアの花の絵を描いた。
卒業式の時、その色紙に先生が生徒一人ひとりにその人を表す言葉を添えてプレゼントしてくれた。
私の色紙に書かれていた言葉は 『優しさ』
忘れもしない、『クラスで一番優しい人物だと先生は思うよ』と言って渡してくれたんだ。
そして、20歳の自分に宛てた手紙を授業で書いたこともあった。
そんな手紙を書いた事も忘れていた私が20歳の時、当時小学生だった自分から手紙が届いた。
先生が保管していて、20歳になった年に発送してくれたんだよね。
10年先ではないけど、まさにLUVの『10年先の僕へ』みたいな出来事。
私、経験してました。
渡邉先生はアゴが出ていて、みんなに猪木って呼ばれてた。
今でもアゴは健在で(笑)
ちょっと頭のてっぺんが薄くなってたけど(笑)
話し方も全然変わってなかった。
先生ってこんなに小さかったっけ?
私が大きくなったんだ。。。
先生の知り合いが通ると、『俺の教え子なのー!何十年ぶりで会ったのー!』って
嬉しそうに皆に教えてた。
恥ずかしかったけど、私も嬉しかった。
名残惜しかったけど、今度皆で集まろうって話をして別れた。




