ここ2週間ほど、風邪でけっこうしんどかったです。熱はなくて、仕事は休めないし!
最近、やっと風邪も抜けてきて、今日は毎月恒例、母の顔を見に行ってきました。
私は月末に1回は母に会いに行くことにしています。
母は1階で喫茶店を経営している女性、Kさんと住んでいるんです。
Kさんは私が自立を宣言して離れた男性を神様として慕っていて、長年その男性のお巫女さんのような立ち位置にいます。
母は1人暮らしを始めた私の部屋に来たことはありませんし、住所も聞いてきません。
会いに行っても、会話は1分もできません。
母はなにかビクビクしていて、今母と一緒に住んでいる女性、Kさんの顔色を伺ってばかりいます。
本当は母と2人きりで話がしたいけど、それもできません。
だから私は母と一緒に住んでいるKさんと5~10分くらいお話して帰ります。
母が私とそのKさんとの会話を耳をダンボにして聞いているのが分かるので、母と話すかわりにそのKさんと話します。
先月に母に会いに行った時は、Kさんは出かけていて、元私の親友で、私が自立を宣言した男性を信奉しているMちゃんが母と一緒にいました。
久しぶりに会ったMちゃんは、
「潤ちゃん、元気?」と私の近況を聞きたがったので、私は耳をダンボにしている母に話すつもりで、素直に話したいことを話しました。
「毎月月末にお母さんの顔を見にくるの。そして、またひと月がんばろ~ってね」
今日、私が喫茶店の中をのぞくと、Mちゃんが私に気が付いて、嬉しそうに笑顔で手を振ってくれました。
「今日、潤ちゃんのお父さんの誕生日だから来たの?」
「うん。お父さんね、昨年は喫茶店でKさんからケーキをご馳走になったって嬉しそうだったの思い出しながらね」
「あ~私もその話、Kさんから聞いてたよ!」
そこに、Kさんが自宅の2階からお店にきて、
「あ‼潤ちゃん!」と少し笑顔で言いました。
「昨年はお父さん、Kお姉さんからケーキご馳走になったって嬉しそうに話していたよ」
そこに母も2階から降りてきて、私の顔を見て、ふわっとした笑顔を浮かべていました。
KさんとMちゃんが2人で話していたので、お店の洗い物をしている母のそばに行き、久しぶりに5分くらい話せました。
私が母とKさんとMちゃんが神様と慕っている男性を、「暴力をふるったり、人の自由意思を奪うような人は神様じゃない!」と私が宣言して心身共に離れてからというもの、私は母と自由にコミュニケーションをとることができなくなりました。
同じ人を神様と慕っていた時はいつも一緒にいられたのに、喫茶店に行ったら、いつもお茶やケーキをご馳走してくれていたKお姉さんは私にお水いっぱい出してくれなくなりました。
一時はKお姉さんから、喫茶店に入るなと言われてしまい、母と会えない状態でした。
私の自宅から徒歩5分のところにその喫茶店はあるのに。
その状態で、父が昨年の10月から寝込み、膵臓がんで「あと半年」と余命宣告を受けたので、私は母にそれを伝えに喫茶店に行きました。
母はKお姉さんと一緒に1度父に会いに来ましたが、父の介護をしようとはしませんでした。
「家の気運が悪いから、家を出なさい、気運の悪い父と一緒にいるのはやめなさい」という母にとっては神様の言葉を信じてしまったからです。
人の信仰って、こじれると本当に恐ろしいです。
父は会いにこない母のこと、
「おかしいよな」と言いました。
私は父が本当は家族みんなと最後の時間を過ごしたい心をひしひしと感じていたので、父が亡くなった時、ひとしきり母をなじりました。
しばらくは母のことを許せなくて、母に変なことを吹き込んだ、自称神様の男性のこともなじり続けたので、母にもお巫女さんのKさんや信者のMちゃんからの不評を買いました。
でも、しばらくしてやっと気が付いたんです。
結局、私は母のこと許せない気持ちがあっても、それでも何より母を愛する気持ちに変わりはなくて、なんとしても母と繋がっていたいんです。
だったら、北風と太陽の北風になっていたけど、太陽になろうと決めました。
母やKお姉さん、Mちゃんの前で、決して彼女たちの神様を悪く言わないようにしました。
私はもう、神様とは思っていないけど、お母さんとKお姉さんとMちゃんとはこれからも仲良くしていきたいと伝えました。
ずっと、同じ人を神様と私が信じなくなったと宣言した時から、私は母の愛を失ったように感じていました。ずっと姉のように仲良くしてきたKお姉さんとの絆も切れてしまった。
親友のMちゃんとの友情も失った。
確かに、自由にコミュニケーションをとる機会は失いました。
でも、愛は失われていなかったんだと感じています。
今日、喫茶店でやっぱりお茶は出てこなくて、でも、母とMちゃんとKお姉さんとそれぞれ立ち話して、20分くらいはいて、私が
「じゃあ、私行くね。良いお年を!」と挨拶すると、3人が喫茶店の外まで出て、私を見送ってくれたんです。
その時、3人が私を愛おしく見ているのを感じました。
亡くなった父のコートを着て帰る私の後姿を見て、手を振ってくれている3人。
私もずっと手を振って帰りました。
お互いの信じているものは違ってしまったけれど、愛は失われていなかった。
帰り道、しばらく涙が止まりませんでした。
父の存在も感じていました。
父の誕生日にあたたかい気持ちになれたこと、本当によかったです。
