先週末、親父が精神科から一時的に出てきた。
頭の方は大分良くなったらしく、二日間の外泊許可を得て、今度は患った心ではなく体の方を専門の医者に診て貰う為だ。
出先から家に戻ると、親父はいつも座ってる長椅子に、いつもと同じようにかけていた。
「おう、久しぶり」
やけに明るく声をかけてきた。
さすがにちょっと痩せたな。
ただこう言ったらおかしいけど、何だか元気そうだった。
「色々迷惑かけちまって悪かったな、もう大丈夫だから」
改まったようにそう言われて、俺は返事がままならなかった。
うちの飼い犬も親父の傍に戻っていた。
母親も
「もう大丈夫だから」
と言った。
俺はそんなに気にしてないつもりだったけど、色々感じられるもんが出ていたのかな。
親父の心配をする母親に、さらに重ねて心配を掛けてしまっていた自分が情けなく不甲斐なかった。
飼い犬が寄ってくるんで、俺もその辺に座って、三人の空間になった。
沈黙が続いた。
なんか言わないとと思っても、何にも言葉が出てこない。
母親がそんな俺を見て、
「あんた辛かったよね」
と言ってきた。
「そんな事ねぇよ」
と言うつもりが、やっぱり言葉が出てこなかった。
誰とも目を合わせずに、何かと不甲斐ない近況を思ったら、何だか哀しい気持ちになってしまった。
そんな俺を見つめながら
「あんたが頑張ってくれたから、お父さんもう大丈夫だからね」
と母親が泣きながら言ってきた。
もう、俺もいい歳のオッサンなんだからよ。
そう思っても、目に涙が浮かんできてしまった。
「申し訳ない、情けない息子で」
俺はそう口にするのが精一杯だった。
「そんな事ないよ、あんたにはほんとに助けられたよ」
母親がそう言って
「大丈夫だよ、頑張れ」
と、病の親父に励まされた。
そんな連中にそんな事まで言わせて、心底情けない気持ちで一杯になった。
翌日、母親から車を出すよう頼まれた。
「どこ行くんだ」
と尋ねると
「家族みんなで晩御飯食べに行こう」
と母親が言ってきた。
まぁ、そういうもんか。
何年ぶりだろ。
すぐに思い出せないぐらい昔の事だった。
時間になったんで、車の発進の用意をしながら、
「飯食うってもどこ行きゃいいんだ?」
と俺が尋ねた。
「あそこでいいんじゃないか」
親父が街道沿いの和食チェーン店を指名し、そちらへ向かう事になった。
六時前だったが、休日なんで混んでいた。
待ち合いの席にみんな座った。
俺は外でタバコを吸っていた。
席に案内された。
喫煙席だった。
俺の手元に親父が灰皿を回した。
自分の病気が分かってんのか。
「いいよ、吸わねぇよ」
さすがに不肖の息子でもそんぐらいの節度はあった。
「いいよ、吸いなよ」
今度は母親が言ってきた。
「バカじゃねぇのか、吸わねぇよ」
言った台詞はそんなだが、割りと和やかだった。
妹と母親の注文は少なめで、俺と親父は割りとがっつり頼んだ。
卓で顔を合わせると、家族みんな頬が痩けていた。
この一月ぐらいの間で、結構な疲弊が祟っていたのが分かる。
何を話すでもなく、俺はずっと携帯で面白gifとかいうもんを見ていた。
「あんた何見てんの」
ニヤニヤしていたら母親から笑いながら尋ねられた。
「最近は携帯ゲームが流行ってるらしいな」
親父が急に語りだした。
別に俺はゲームやってたんじゃねぇけど、何も言わなかった。
頼んだもんが運ばれてきて、各々がそれに手をつけ始める。
母親と妹はスローペースだが、俺と親父は早速勢いが良かった。
俺は丼にうどんに寿司と、すぐに平らげた。
親父は定食を大盛りで頼んでいて、俺に負けじと、俺は元気だとアピールするように食事を進めていた。
母親と妹はそんな親父を見て、
「ゆっくり食べなよ」
と放っていた。
それでも勢い止まずで親父は完食した。
見事だった。
一月前を思うと、ちょっとした奇跡に見えた。
「まだ食べたいものあれば頼めば?」
母親が言ったが、空きっ腹にかきこんで、皆満腹だった。
「ごちそうさま」
車を出す前に、会計する母親に投げといた。
店を一番先に出ると、俺はタバコに火をつけていた。
月曜の朝、改めて入院する前の親父を見た。
飼い犬の散歩から戻ったとこだった。
親父は上階へ着替えに上がり、俺は出勤で下へ降りた。
すれ違った。
親父は俺の視界から消える時、
「じゃあ、またな」
と言った。
感慨が籠ったように聞こえてゾワッとした。
何考えてんだ、俺は。
また会えるさ。
そう思い直して
「ああ」
と振り向かずに答えた。
さっき仕事から帰ったら、当然だけど親父はいなくなっていた。
親父はまたしばらく入院する。
しばらく会えない友達がいるし、不意になっちまった想いもある。
そんなこんなで一即多に色んなものが俺の傍から離れていっちまうような気持ちになった。
何だかやたら寂しい。
「今度は明るい話が出来ると良いな」
と聞こえた。
俯瞰からの俺の声だった。
いい加減、たまにはな。