先日産まれた初孫の「健太郎」

この名前にはエピソードがあります。

実は10年以上前にある夢を見ました。。。。。

...
そのシーンは私が台所で洗い物をしているところから

始まりました。。。。。

洗い物をしていると、台所の暗闇でガサガサ

と音がして、びっくりした私が恐る恐る

「誰?」

と言うとその暗闇から2~3才の男の子が

出てきて

「健太郎やんか!」

と言うのです。そのことを私も当然の様に

「な~んや、健太郎か。。。びっくりするやん!」

と返している夢でした。。。。。

余りにリアルな夢で、目覚めてからも何でそんな

夢を見たのか不思議に思っていました。

子供達もすでに大きくなっていたけど、もう一人生まれて

くるのか。。。。とか色々考えていましたが、もしそんな事が

あったら「健太郎」って名前にしようと思っていました。

そんな夢も忘れるくらい何年か経ったとき

息子が

「俺将来結婚することがあって、もし男の子生ま

れたら絶対健太郎って名前にすんねん!」

って言うので

「え~?それお母さんが昔見た夢に出てきた男

の子の名前やん!それ、もし〇〇〇と結婚して

子供出来たらつけようと思ってる名前やからあ

か~ん!」

「何でやねん!健太郎めっちゃカッコええから、

絶対俺が付ける!」

と当時付き合っていた人がいたので、息子と

「健太郎」の名前の取り合いになって、2人でか

なり盛り上がりました。

それからまたそのことも忘れ数年経ったとき息子から

「我が家に健太郎がやって来るで!」

とメールが来たのです。。。。。

あの夢に出てきたのは、孫の健太郎でした。。。

もうずっとずっと前に私に逢いに来てくれていたの

です♪

気になるのはあの台所のシーン♪

健太郎が2~3才になったら、デジャヴのように繰

り返されるのでしょうか。。。?

今から健太郎が2~3才になるのが楽しみです♪

(写真はその息子と健太郎と私。。。

息子が3世代やなぁ。。。。とポツリと呟きました♪)
 

 おとつい、しもやんのワンマンライブを聴きに京都まで

行って来ました。

そこに何と森源太さんがしもやんのライブの観客として

来ていたのに、音響のスタッフに代わり、そしてしもや

んとジョイントする出演者に代わり、コラボでサプライ

ズライブ♪ まさかそんなサプライズがあるなんて想像

してなかったからめっちゃらっき~♪

しもやんと源ちゃんの2人が、ロックバンドおかんの

「人として」を唄ってくれて、おかんDAIちゃんとはま

た違った「人として」を聴けて良かったです♪

なんせ源ちゃんの迫力ある声azitoさんの店内いっぱい

に響き渡っていました♪

そしてライブの最後は源ちゃんの「絆」で締めくくられ

ました♪ 

4年前くらいにてんつくマンの「天国はつくるもの」

の上映会を主催した時のことを思い出しました♪

アレからイベント主催にハマり、今の私がある。。。(笑)

今出逢っている人もアレが無かったら知らないまま。。。。

まさに「人として」やわ。。。感無量♪

そしてそして、ライブの最後にしもやんが来月神戸チキン

ジョージである、神戸のヒーロー率いるTHE HEROES と

おかんのライブの告知をしてくれて、私にも告知する時間

を下さいました。

ちょっと緊張しながら紹介させてもらって、チケットも数

名の方が買ってくださいました♪

その中の一人が源ちゃんでした♪

「おいは鳥取のライブがあるけん行けんやけど、誰かに

チケットあげるかけん1枚下さい!」

(こんな感じやったっけ?)

って買って下さったのです♪

ほんとにその源ちゃんの優しさが嬉しくて、泣きそうやっ

たのを必死でこらえました。。。。

ほんとに嬉しかった。。。。

仕事終わって三重から片道3時間近くかけて行った疲れが

吹っ飛んでしまいました。。。

それもこれも、しもやん、源ちゃんそしてもう一人私を応

援してくれているひらぽんのお陰様♪

本当に有難い♪

そのことヒーローに報告したら、めっちゃ喜んでくれました♪

ちょっと体調が悪くてしんどかったと思うけど、少し心が晴れ

たんじゃないかなと思います♪

ヒーローは今久留米やけど、チケット売るために頑張ってる。

神戸に帰って来たら、絶対無理をするの分かっているので、少

しでも売っておきたい!

そして頑張っているヒーローを少しでも沢山の人に魅てもらいたい♪

去年もライブでヒーローが言った言葉

「最高や!」って言ってもらいたい、私が応援するのはただそれだけ♪

「最高や!」って思ってもらいたい♪

三重の命の音楽祭「楽命風~らいふ~」のヒーローとおかんのライブ

も最高でした♪

沢山の人がヒーローに感動し、おかんに感動し泣いていました。。。。

「絆」ライブです♪是非魅に来てください♪ 

ヒーローのその一瞬一瞬、その瞬間瞬間をみんなで応援しに来てください♪

よろしくお願いします♪

そして自分は来れないのに、チケット買ってくれた源ちゃん本当に有難う♪


ヒーローの応援みなさん本当に有難う♪

  明日いよいよ命の音楽祭「楽命風~らいふ~」です。

実は明日音楽祭をさせてもらう伊賀市文化会館は、私にとって

思い出深い会場です。

4年前の2009年に、あるアーティストさんのライブに行かせて

もらいました。

それは沖縄西表出身の「池田卓」さん。。。。。

その池田卓を愛するミュージシャン、川上羊次さんが1200人

を招待して、この卓さんの唄を聴いてほしいという企画でした。

私は伊賀のタウン情報誌YOUでこの池田卓さんのライブの事

を知り、是非行きたいと載っていた番号に電話をかけました。

実は川上さん、10万人に1人とされる難病「ALS(筋萎縮性側

索硬化症)」と診断され、余命1年の宣告を受けている方で、

この池田卓さんのライブの情報以前に、川上さんの記事を観

ていたことを後で思い出しました。

電話に出た川上さんが

「ごめんな~実はチケットもう一枚もないねん。。。」

「そうなんですか。。。わかりました、ありがとう」と電話を

切ろうとした私に「あ、ちょっと待って、一応電話番号

聞いとくわ。もしあったら連絡します」と言ってくださいました。

すると次の日川上さんから電話があり、チケット2枚を確保

したので、店に取りに来てと言ってくださいました。

実はチケットは無かったのですが、問い合わせ第一号で、

せっかく問い合わせくれたからと、すでに人の手に渡って

いるチケットを戻してくださったそうです。

そのチケットをお店に頂に行ったとき、お店で卓さんの唄

を聴かせてくださいました。

ライブ当日は凄い人で、川上さんの人望の厚さに感動

しました。その時も(ブログ(命のチケット)を書いています)

ライブの後も、当時音楽を始めた長男を連れお店に遊び

に行かせてもらいました。車屋をされているお店には、ギ

ターやアンプが所狭しと置かれていて、まるでライブハウス

その時、川上さんが作った歌、愛する友と別れる辛さを歌

った音源を聴かせてもらいました。。。。。

私は聴きながら自然と涙が溢れてきました。。。。

泣いている私に川上さんが

「俺の作った歌で泣いてくれるなんて嬉しいわ。。。」

と言いました。

この言葉と全く同じ言葉を以前ヒーローが言った事があり

ます。癌になって感じた思いを綴った歌が出来たとき、

「歌できたから聴いて。。。」と音源を電話越しに聴かせて

くれました。終わったとき泣いている私に

「何や泣いてるんか?」と言いました。

「うん、泣けてきた。。。」と言うと

「俺の作った歌で泣いてくれるなんて嬉しいなぁ~。。。」

と川上さんと同じ言葉をヒーローが言いました。

川上さんの話はヒーローにもよく話していたので

「その言葉と全くおんなじ言葉を川上さんが言ったわ。。。」

と言いました。ヒーローと川上さんは沢山の共通点があり、

どこか似ているのです。ヒーローと居ると私は何度も川上さ

んを思い出します。

去年の音楽祭にも本当はご夫婦で来てもらおうと思ってい

たのですが、お店も無くなっていて連絡が取れずに実現し

ませんでした。

今年に入って、また音楽祭が近づいてきたのでやっぱり

川上さんに来てもらいたいと、友人を通して情報を探して

もらったところ、川上さんが亡くなられたと知りました。。。

私はとてもショックでした。。。。

奥様の恵子さんがどうしていらっしゃるか、気になりました

が、相変わらず連絡先がわかりませんでした。

私が川上さんのところにお邪魔したとき

「恵子~アレ持ってきて~」

「恵子おれどうしあた?」

と恵子、恵子と奥様の恵子さんを支えにされているの

が良く分かり、恵子さんの献身的なお姿にも感銘を受け

たのをよく覚えています。

私は恵子さんに命の音楽祭に何とか来て欲しいと願い、

友人を通して恵子さんの連絡先を調べてもらいました。

そして要約知っている方が見つかり、携帯番号を教えて

もらいました。でもすぐにはかけられませんでした。。。

恵子さんのお気持ちが落ち着いておられるのかなど、わから

無かったので、なんてお電話しようか迷っているうちに、音楽祭

まで後1週間と迫ってしまいました。。。。

もう今日かけないと。。。と思い切って電話しました。。。

すると恵子さんが私と、息子のことを覚えてくださっていて

ヒーローの話もさせてもらい、立場は違うけれど大切な旦那

さまの命の心配をしながら、川上さんを支え、卓さんのライブ

の準備を動けない川上さんの代わりに動いてこられた事、

今の自分と重なり恵子さんの凄さを改めて実感しました。

そして2人で泣きながら、いろいろお話をさせてもらいました。

恵子さんが「行けるかどうかちょっと考えてみます」

と言ってくださって、電話を切ろうとしたとき

「ちょっと待って。。。思い出してくれてありがとう。。。」

と言ってくださいました。

電話を切ってから私は号泣してしまいました。

川上さんが再び恵子さんと繋いで下さった気がしました。

取りあえずチラシを恵子さんに送らせてもらいました。

次の日恵子さんからメールが来ました。

「潤子さんへ

楽命風、届きました。チケットまで。。。

昨日は羊次さんの誕生日で潤子さんからの

あの様な電話をいただき不思議なものだと

感じていました。

行かせていただきます。」

と嬉しい知らせをいただきました。

私が思い切って電話した日が、川上さんのお誕生日

だったなんて、ほんとに不思議で驚きです。益々川上

さんが恵子さんと再会させてくださったんだなぁと思い

ました。当日はきっと川上さんも会場に来て、命の

音楽祭「楽命風」見守って下さっていると思います。

そしてこの「楽命風」家族を愛し、音楽を愛し、池田卓を

愛し、最後まで一生懸命生き抜いた川上羊次さんに捧げ

たいと思います。

命の音楽祭「楽命風~命ある限り僕らは生きる~」

いよいよ明日14時開幕です!