ちょうど2年前の今日、今は東京を拠点とする私も実は大阪を拠点としていました。当時、自分が2年後に東京で生活しているとは夢にも思いませんでした。今の私も、まだ大阪と東京をごちゃ混ぜにしてしまう。

例えば、ヨドバシカメラと来たら東京がご本家なのに、大阪・梅田店が先に脳裏に浮かんでしまうほどなのである。ところが、徐々にだが、私の軸足が段々と東京に移り変わってきたのをヒシヒシと感じている。

同じコトは広島から大阪へ転職した際も、体験したと思う。あそこへ行けばいつ、どんな生き物がゲットできるか見当がつくものだ。新しい土地へ移動すると、またゼロから居場所探しをしなければならない。

大阪の城北ワンドや十三干潟でしばしば遭遇した河合典彦先生が、淀川を離れたくないとして離れた土地にある水族館か水産試験場(だったかな?)の職を選ばなかった理由が解かる気がジワジワと感じます。

 


事前に一切の打ち合わせもなく、イキナリiPhoneで動画撮影を始め、つなぎ目で編集の手が加わったものの、三者とも四者とも役者たちが揃い過ぎました。奇跡デスな。

今を生きている人生そのものが、「実はドッキリでした」もあるような気がします。私たちは誠意や度胸を試されているんじゃないのかなぁ。私はホンキでそう思える。

皆さんのご意見は、どうなのでしょうか? 私は結構、真顔でそう捉えてますよ。