つい昨日の事のように


実家にて。


息子が、「そろそろ布団敷こうか」と、母の横で私が寝るためにマットレスを床に敷いてくれた。


どちらからとも無く、3年前、母の介護が始まった時の思い出話が始まった。


元々認知症を患っていた母がその年の6月に脳梗塞を発症。一時は摂食障害や誤嚥による肺炎もあり、命の危険も有ったが、持ち直し9月に退院。 それから、本格的な在宅介護が始まった。


「最初は酷かったよね。」「そうそう、マットレスなんて無くて、グランマの横で床に座布団並べて寝てたよね。」


母は昼夜の区別なく、夜中でも部屋を歩き回り、せん妄もあり、転倒の危険や時々床におそそうもしてしまう事も。そのため、息子と交替で毎晩寝ずの番をしていた。その頃は今のように週末のショートステイも入れてなかったため、連日連夜、休み無しだった。


「(朝の交替時間まで)寝てた和室には、エアコン無かったよね。」「そうだった!」


「コロナに二人ともかかったけれど、それでも介護してたよね。」

「あれは、地獄だった…」「本当に地獄だった…」

「我々、頑張ったよね。」


2022年の暮れに先に息子がコロナに。程なく大晦日から私も発症したが、正月は高熱を出しながらも母の介護を続けた。案の定、すぐに両親も罹患。自分もふらふらになりながら、高熱を出して咳き込んでいた両親を救急外来に連れて行った事を昨日のように思い出した。隔離期間などとは言ってられなかった。


 息子がいてくれたおかげ


「僕も、タイミング的に、良かったと言うか…。」


その頃、息子は会社勤めを辞めて自宅にいたため、実家の世話を一緒にやってくれていた。


その間に初任者研修にも通い、資格も取ってくれた。

息子がいなかったから、私はとっくに音を上げて母の介護を諦めていたに違いない。


あんな大変な時期を二人で乗り越えて来たのだから、これからだって、何とかなる!


寝息を立てている母を見ながら、父がリハビリを終えて退院したあとのことを考えた。


「ジイタンが帰ってきたら、ジイタンはベッド、グランマはソファに寝て、私は、その真ん中か…。」


「その時は、その時だね!」


そうだね、きっと、何とかなるよね!照れ



写真は2022年9月。脳梗塞後のリハビリを終え、母が老健から退院した日の時のもの。父が出迎えて母も一安心。