もちろん、父がでると思ったからです。
『もしもし。』
少し息の上がった感じで話すのは、母でした。
私はビックリして、
『母さんなの⁉︎しゃべれるの?』
と聞くと、母は
『母さんだよ。しゃべれるよ』
と返しました。
話さなくていいから父に代わってと頼み、電話は切りました。
ビックリしながらも、弱々しい声に心臓がギュッとなりながら、病室に向かいました。
そこには止血の為、包帯をグルグルまかれ、小さくなった顔で、心拍数が異常に高くてハァハァいってる母がいました。
母に大変だったねと声をかけると、うん と頷き、孫の問いかけには一言、二言、返してくれ、まだ大丈夫かな?と思わせてくれる感じでした。
運ばれた時のままの赤いTシャツは、大量出血で冷たく、血のりのようなものがいっぱい付着し、着替えさせたくても動かすと危ないそうで、ずっとそのTシャツのまま、寝かせられていました。
私の親友のMちゃん、母の親友のTさんとで赤いTシャツをハサミで切り、タオルを肩に敷いてやると、気持ちよさそうにしていました。
痰がからんだ呼吸をしていて、とっても聞いていて辛そうで、看護師さんに吸引を頼み、新幹線で駆けつけた弟家族を病院の玄関に迎えに私は行きました。
父が医者から渡されたCTの結果を手に、なにも出来ることがないと現状が記入された手紙を弟に見せながら、エレベーターで10階に上がると、
Tさんが
『急いで!意識がなくなったから!』
と私達を呼びに来ました。
急いで母のところに行くと、白目をむいて意識をなくし、
心電図がどんどん弱くなっている母が、最後の力を振り絞っていました。
孫達が母を呼ぶと、何度も心拍を戻し、全員が揃ったのを見届けるように、8月30日 11時58分 静かに息を引き取りました。