母が顔面麻痺になったと思ったらまさかの外耳道ガン⁉︎ -70ページ目

母が顔面麻痺になったと思ったらまさかの外耳道ガン⁉︎

2014年2月、ある日地方に住む母が顔面麻痺に。
その後、ビックリの耳のガン、外耳道ガンだとわかり、
家族みんなが衝撃!
約1年半、頑張り抜いた記録です。

す再発してからの抗がん剤治療は、予定では6回行われる予定でした。

5FU+シスプラチン+アービタックスの3剤。


結局、母は4回しかこの3剤の抗がん剤治療はしなかったというか、できなかったガーン


8月6日
丁度夏休みを利用して実家に帰省していたので、東北大病院に母と父と3人で外来診察に行きました。

先生に私から質問がしたかったので。


その前の週に外来で血液検査をしたら、ヘモグロビンの数値が低くく、このままだと輸血すると言われ、腫瘍マーカーの数値が上昇してるから、入院治療をしたほうがいいと言われたらしい。


でも、ガリガリに痩せて、1日、家で座ってる母を見てたら、私には抗がん剤はもう無理!と思っ
てしまいました。


腫瘍内科の先生から

『やはり入院して抗がん剤したほうがいい』

と言われ、なんとも腑に落ちなくて。


私 
『こんなに体力もなくなり、副作用もなかなか抜けなくなってますが、抗がん剤を打てるんですか
?』



先生
『打てます。数値的にはやれます。薬剤を半分の量にしてやる方法もあります』


衝撃でしたダウン

だって、その時の母は153センチ、29.5kgしか体重もないぐらい、やせ細り、どう見たって抗がん剤に耐えれそうになかったからです。


大学側は最後まで諦めないで治療しましょう!って気持ちでいてくれたのかもしれないけど、娘の心情としては頭を捻る言葉でしたあせる


翌週の外来で一回、入院して半分に薬剤を減らし、シスプラチンをやめてカルボプラチンにして治療をするって話をされ、9月28日、沖縄から帰ってきたら入院する予定になってしまいました。

カルボプラチンはシスプラチンと同じプラチナ製剤の仲間で、シスプラチンよりは副作用がマイルドな薬みたいです。

でも、あの状態の母では耐えられなかっただろうなぁ。

入院しないで亡くなったのは、せめてもの救いだったかもなしょぼん


抗がん剤を再発してからやり続けたことにいろいろ考えちゃってますあせる