哲学論文は、

哲学をすることで、得た知見を、ものすごく簡略化、単純化しただけのしろものです。

そのため、哲学論文として、だけ、狭い論理の範囲でだけ、成立するエッセンスを小綺麗にまとめすぎて完成しただけ。


そのため、

その哲学論理を

作り出すために、思いつくために、どのような足場を組み

何を考え、どのようにアプローチしたかは、一切不親切にも書かれておらず。過去の偉大な哲学者の、創作過程日記やら、メモワールやらもないので。

そのため、

その哲学結論に至るまでの道筋は、つまり、日常のどんな些細な糸口、気づきから、起点して、大哲学結論に至ったのか?については、読者が、哲学論文の十倍ぐらい考え抜いて、読者自身がそれぞれ、埋めていくしかない。

しかし、それを考えるのこそが、やはり

敢えて楽しい!と言えるかもわからない。