似非専門というのがある。
要は、専門には決してならないのに、専門ヅラして大きく構え、青少年を惑わす領域のことだ。
例えば、
音楽などは、12種類の音階しかないので、狭い、つまらない専門分野と言える。
好きなことをやりなさい、とは、ものすごく聞こえは良くて、優しい親だと一見見えるが、それは、似非親で、放任主義の悪いところが出でいて、無責任だ。子供が可愛そうだ。
なぜなら、好きなことをさせると、試行錯誤ばかりで、無駄足を踏み、回り道をしすぎて、さて、本丸がわかった頃には、既に時遅し、となるからだ。ロックを50歳までして、真剣に専門というものをはたと考えたおじさんは、今から法学も医学もスタートできない、単なる玉手箱を開けた浦島太郎人生だと気付くだろう。
こんな悲劇はない、
子供が正しく世の中を見抜けるわけがない。狭い視野しか持ってないのに、王道の学問を選び取れるだろうか。王道とは、医学、法学以外には、ありえないのだ。あとは、サブカルチャーに毛が生えた程度のもので、追究しがいのない、つまらない世界だ。
よく、達人技の人が、この楽器が好きで、ずーっと生まれてからしてきました、と言う場面があるが、それも、よく考えると言い訳やおかしな話で。少し考えがあると、そんな音楽みたいな世界に生涯を捧げるのがいかに無駄か、ということになるのは、上で述べたとおりだ。
大の男が汗水たらし、世の中の大テーマとごにして取り組めるもの。それは、やはり、研究であっても、臨床であっても、医学か、
法学、そして、実践であっても、その2つになるはずだ。
どうして、そんな簡単な良識的な答えに気づかなかったのだろう、と、今にして思う。学成り難し、好きなことを、やりたいことをのうのうとしているだけのところには、本来の学問追究の喜びはないし、見返りも少ない。やはり、苦労しながらでないと、身につかないものにことこそ、大きな見返りがあると、思う。だから、少年は医学法学を目指すべきで、そのように大人は、誘導すべきはずだ。