音楽の限界がある。

そのため、イロニー皮肉が生まれる。

つまり、トーマスマンは、感動してない。音楽に対して。

音楽に対しても、カストルプノ立ち位置、中庸で傍観者を貫く。

そういうイロニーだ。


同じく、

教育に対しても、限界があり、感動しないトーマスマンは、教養にも、イロニー皮肉を示す。すなわち、ライトモチーフの繰り返しでお茶を濁す。

そういうイロニーだ。